幕間 悪役令嬢の昔話 後
今日も今日とて、スパーダとエリーザは一緒に遊んでいた。そして今日は、スパーダが連れて行きたい所があると言ってエリーザを町の外まで連れてきたのだ。
「これがカラの木だ!」
そう言ってスパーダが指差すのは全長二十メートルはある巨木。高さはもちろんだが特筆すべきはその太さである。大地に張り巡らされた根が、しっかりと栄養を吸収していることが伺える。
こう言ってはなんだが、こういった巨木は冒険者にとってみれば腐るほど見ており、大したことは無い。
だがまだ冒険者のスタートラインにも立っていないスパーダにとって、この木は興味が引かれる対象に他ならなかった。
「大きいわね。これを見せたかったの?」
「それもそうだけど。今からすごいの見せてやるよ!」
スパーダはそう言うと、その木に足を掛け、登り出した。
「よっ! ほっ! とぅ!!」
子供ゆえの身軽さ、冒険者になるために鍛えているがゆえの軽快な身のこなし、まるで猿のように彼は木を駆ける。
「はっはぁ!!」
数秒後、木の頂上付近にある枝に足を乗せ、そこに立ったスパーダは下にいるエリーザに向けてVサインを送った。
「どうだ!! すげぇだろ!! ま、鍛えてる俺と違って、お前にはできねぇだろうがな!!」
「……」
はっはっは!! 高い場所から得意げに笑うスパーダ。
――――それが、エリーザの対抗心に火を着けた。
本来であれば、彼女は煽られたからと言ってどうこうするタイプの人間ではない。
しかし、この数日をスパーダと共に過ごしたことで……エリーザは少しばかりスパーダのことを気に掛けるようになっていた。
ゆえに煽られれば、対抗心を燃やすのも至極当然と言えるだろう。
「私もやる」
「はっはっは!! そうかそうか……ってえぇ!?」
唐突なエリーザの木登り宣言に、スパーダは目を見開いた。
「ちょ、やめとけって!! お前じゃ無理!! アブねぇから!!」
頂上から制止を促すスパーダだが、それは彼女の対抗心を余計に燃やすことに他ならない。
エリーザは木に足を掛けた。
「ふ……ん!!」
手と足の指に力を込め、ゆっくりだが確実に木に登るエリーザ。
一体いくらするんだという服や靴は樹皮や泥で薄汚れるが、それでも彼女は登ることを止めない。
「おいマジでアブねぇって!! 止めとけ止めとけ!!」
スパーダの立つ場所まで後半分程度といったところだが、スパーダは本気でエリーザの身を案じていた。
現在エリーザの位置は地上から十メートル以上離れている。もしここで彼女が落下すれば、ただでは済まないだろう。
だがそんなことを顧みることなく、エリーザは上に向かい手を伸ばしていた。
スパーダと同じ場所に立つために。彼に「どうだ」と言うために。
もう……少し……!!
腕や足に限界がきているエリーザ、気力を振り絞り、彼女は木の窪みに手を掛ける。
もうすぐでスパーダに届く。その思いが、彼女の身体を動かした。
――――だが、気力があっても……限界がある。
「え……?」
エリーザは、自分に身に何が起こったのか分からなかった。
何故自分がスパーダから離れていってるのか、理解できなかった。
謎の浮遊感、時が制止し、自分の身体が自分のものではないかのような感覚――――そして。
「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
樹皮によって足を滑らせたエリーザは、重力に従い落下した。
心臓が圧迫されるような恐怖感に彼女は大声を上げる。
このまま地面に落ちれば、重傷。最悪……死。
馬鹿なことをした。似合わないことをした。慣れないことをした。
自身の愚かさに悔いるエリーザだが、もう遅い。彼女の命は、終わりに向かい疾走する。
「バカヤロォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
「っ!?」
その時だった。スパーダがそう叫びながら、木から飛び降りたのである。
「手ぇ伸ばせ!!!!」
「っ!!」
エリーザと同じように、重力に従い落下するスパーダが彼女に向かって手を伸ばす。
反射的に、彼女もそれに応じるように手を伸ばした。
スパーダはその手をしっかりと握りしめると、エリーザを抱き寄せる。
そして空中で態勢を変え、足が地面側になるようにした。
「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!???」
叫ぶスパーダはその約一秒後、地面へと着地した。
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
スパーダの全身に痺れが走る。十メートル以上の高さから地面に二本の足で着地したのだ、無理も無い。
だがなぜ骨折すらしていないのだろう――――そう思ったスパーダが、自身の足に目を向けると。
「おぉ……!? ひょっとして俺、今強化魔法使えた!?」
魔力によって自身の足が強化されていたのを実感する。
「やったぁ!! マジかよ今まで魔力操作なんてできた試しが無かったのに!! いやぁやっぱ俺は追い込まれるとパってできるタイプだったんだなぁ!! ははははははは!! 結果的にお前のお陰だぜ、サンキューなエリーザ!!」
スパーダは、気付けば先程の切迫感や緊張感は忘れ、魔力が扱えたという喜びに満ちていた。
そして原因であるエリーザに感謝さえしている。
「ん? どした?」
しかし当のエリーザはポカンとした表情で、スパーダを見詰めていた。
「……」
「え、えぇ……っと」
彼女は未だに沈黙を続けたままスパーダを見続ける。無言で視線を送り続ける彼女に、スパーダはどうすればいいか分からず目を泳がせた。
その数秒後、エリーザの口がようやく開く。
「なんで、助けたの……?」
「は……?」
「……今回はこの前と違って、自分が死ぬ可能性だってあった。それに、完全に私の自業自得なのに……」
――――何を言っているんだコイツは?
それがエリーザの発言に対する、スパーダの率直な感想だった。そんなもの、決まっているのに。
「だって、俺が手を伸ばさなかったらお前が死ぬかもしれなかったんだぞ? 助ける理由なんて、それ以外に無いだろ」
「……」
「後まぁ、助けるのは慣れてんだ。泣き虫でよくいじめられてた幼馴染を助けてたからな。ま、もう王都に引っ越しちまっていねぇけど」
「……」
スパーダの言葉に、エリーザはまたもや無言。だが、その表情は困惑や動揺に類するものでは無く、何かを理解したような表情だった。
「決めたわ」
「へ……? 何が?」
初日、エリーザはスパーダを変な人間だと認識したが、そこに不快感は無かった。
その後日数を重ね、彼と関わる内に、不快感ではない別の何か……心が温かくなるような、そんな感覚を覚えた。
初めての同世代の友人、心を許せる者として。
――――そして今、自分の身を顧みずに手を伸ばしたスパーダに対し、彼女のその感覚が……否、思いが昇華した。
「スパーダ、私……あなたのことが好き」
「……あ?」
唐突に発されたエリーザの告白に、スパーダの目が点になる。
「さっきの木登りみたいに、今は届かないけれど……絶対にあなたをモノにするわ。だから、それまで待っていて?」
「え、お……おう」
この時、スパーダはエリーザの言っていることの意味が全く以て分かっていなかった。
そのため、この返答は……リンゼの「Sランク冒険者になったら結婚してくれ」に対する返答と同じで……特に何も考えていない。
「ふふ、約束よ?」
スパーダに抱きかかえられたままのエリーザは微笑むと、彼の胸に顔を埋めた。
そして、この時の感触を、温かさを……彼女は生涯忘れないと誓ったのだ。
その後、エリーザ・ヴァロナントは持ち前の知能の高さを駆使し、ヴァロナント家が携わる事業を大きく発展、利益を拡大し、その手腕を見せつけた。
あまりの有能っぷりに周囲からも一目置かれるようになり、その発言力は自身の父親をも凌駕することになる。まだ年端もいかない娘に全てを越えられた父親は精神的に追い詰められ、ヴァロナント家当主の座を娘のエリーザに明け渡した。
スパーダと別れてから八年後のことである。
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◇◇◇
小話:
これにてエリーザの過去編は終了! 彼女はスパーダを愛したことで元々持っていた才能を更に開花させ、父親を退くほどの人物に急成長しました。リンゼと似てますね。




