第三十五話 二本目の魔剣
「うぅぅぅぅぅむ」
ゼノは難儀していた。
今彼女がいるのは漆黒の空間、精神世界……この前スパーダが囚われていたのと似た場所であった。
何の物体も無いその空間で、彼女は空に手を伸ばし、魔力を発している。
全てはここを掌握し、我がものとするために。
「むむむむむ……」
だが事態は芳しくない。
この空間に魔力を流して空間を支配する……その作業自体は進んでいるが非常に進みが遅いのである。
「うぅぅぅぅぅおーーーーい!!! いい加減にしろ!! 何で儂のものにならんのじゃあ!!」
腕を上げ、駄々をこねるゼノ。
「そもそも儂魔王じゃぞ!! 何で所有権が無いんじゃ!! おかしいじゃろうがぁ!! 何でこんなことせんといけんのじゃあ!!」
――――その時だった。
『うるさい』
「……む?」
ゼノの耳に、声が届く。非常に無機質な声だが、それには言いようのない不気味さを孕んでいた。
「おい誰じゃ!! 顔を見せろ!!」
『無理』
「何……!?」
断られるとは思っていなかったのか、無機質なその返答にゼノは驚く。
だがすぐに気を取り直し、コホンと咳払いし虚空に向かい問いかけた。
「ま、まぁ良い。お前、何者じゃ? 何故この空間にいる?」
『答える義理は無い』
「……」
無言になるゼノだが、頬をピクつかせ額に青筋を立てている。
「ふ、ふはははははは!! まぁ分かったことはある。お前じゃな? お前が抵抗するせいで所有権書き換えが進まんのじゃな?」
『さぁ、どうだろう』
「……ふ、ふふふはははははは!! 落ち着け儂、冷静になれ……!! あのような奴に怒るなど無意味なことよ……!!」
何とか自身を宥めようとするゼノ。再び踏み留まれたと思われたそれは、
『なんか、お前アホそう』
「殺ぉす!!!」
いとも容易く決壊した。
「すぐ殺す今殺す疾く殺す!! 出て来ぉい!!!」
ギャーギャーと喚き、ゼノはその場で地団駄を踏んだ。
『出て行くのは無理……自分は、長期間主の元を離れたことで、魔剣に付着していた魔力の残滓が意思となったもの過ぎない……実体は、存在しない』
「……ほう……つまり、お前が今のこの魔剣の所有権を掌握しているというわけじゃな」
『そうなる』
「所有権を寄こせ」
『……』
あまりの簡潔すぎる物言いに、所有権を持つ残滓は開いた口が塞がらないといった様子だった。実体が存在しないため口は無いのだが。
やがて気を取り直したのか、残滓は淡々と話を再開する。
『無理』
「けっ、流れるように話を進めれば所有権を手放すと思ったのじゃが……ダメか」
一体何を言っているんだコイツは、と残滓は思った。
「第一、お前は長期間主の元を離れたことで生み出された意思の残滓なのだろう? なればお前には義務も無ければ義理も無いじゃろう」
『……』
「肯定、と受け取って良いみたいじゃな」
『確かに……義理も義務も無い。そしてそれを司る正義感も倫理観も持ち合わせてはいない。けど……お前に、この空間を明け渡すことは……将来、大きな災いをもたらす……そんな、気がする』
「災い? 何訳の分からんことを言うとる。いいからさっさと所有権を寄こせ」
『話、聞いてたか?』
「当たり前じゃ。そんなこと知るか」
『文章の繋がりがおかしい』
「些細なことよ。話を続けるぞ。お前、大きな災いなどと抜かしておるがどうでも良いと思っているだろう?」
『何を……』
「正義感も倫理観も持ち合わせていないのなら……お前が魔剣の所有権に固執する理由は無いはずじゃ。強情になるな。黙って魔剣を明け渡せ。魔王の儂にな」
『魔王……その名は、知っている。この剣……本来の所有者』
「おうおう♪ 知っているなら話は早いではないか! さぁ寄こせ!」
『自分は、魔王というモノに会ったこともなければ、見たことも無い。だが……お前のようなモノでは無いと、それだけは何故か確信を持って……言える』
「おぉい!? 自惚れるなよ!! 偶発的に生み出された薄弱な意思程度が儂の覇道に立ちふさがるなど恥を知れぇい!!」
『何か……泣いてないか?』
「な、泣いとらんわ!! ぇっく……」
嘘である。あまりにも馬鹿にされ否定されたことで、ゼノの心は摩耗していた。
『……分かった。所有権、お前に渡す』
「うぇっく……しくしく……泣いとらんからな……って?」
唐突に出されたオーケーに、ゼノの涙は引っ込んだ。
「あれ、くれるのか?」
『いらないのか?』
「い、いる!! いるに決まっている!! は、はははは!! 儂の凄みが伝わったのじゃな!! はははははは!!」
動揺を見せながら、ゼノ笑う。疑問は消えないが、とにかく自分を大きく見せるために彼女は笑ったのだ。
残滓が何故所有権を明け渡す気になったのか……それは残滓自身にも分からないことだった。
渡せば災いが起きると言っておきながら何故渡したのか、先程述べたように正義感も倫理観も無い奴にとって災いが起ころうと起こるまいとどうでもよいこと……言ってしまえばそれだけで片のつく詮無きことではある。
だがそれ以上の何か……突き動かされる何かが、残滓にその選択を強いたのだった。
そしてその理由を追求する時間は、残滓に残されてはいないのだ。
『……役目を失った自分は、消える……』
「む、そうか。今までご苦労じゃったな」
『……あぁ。せいぜい、突き進んで…‥死』
そこまで言いかけ、残滓は既に完全消滅した。
◇
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「くぅ……」
「あぁ……キッツい……」
剣を地面へと突き立て、俺たちは息を切らしていた。
「ハハハハハハハ!! 一分ト少シト言ッタ所カ。凡庸ナ人間ノ分際デ、ヨク耐エタ。ダガ、ココマデダ。モウオ前タチニハ満足ニ動ケルダケノ力ハ残ッテイナイ!!」
ジオルドの言う通り、俺たちはもう十分なパフォーマンスを発揮できない程に疲弊していた。それこそ、次に奴に向かっていけば間違いなく死ぬ……そう断言できるほどに。
もう、限界だ……!! まだか、ゼノ……!!
俺は呼ぶ、相棒の名を。そして、
「……スパーダ!!」
「っ!!」
相棒が俺の名を呼び、全てを理解した。
「……よし!!」
二本目の魔剣、その柄と鞘を掴み……力を籠める。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
――――そして、力任せに抜刀した。
■■■■■■■■■■
情報が連鎖する。俺の脳に、肉体に刻み込まれるように、新たな波が胎動を始める。
濁流のように流れ来るソレは激しい苦痛を伴った。
「ぐうぅぅぅぅぅ!!!!」
「何ダ……? イヤ、アレハ……マズイ気、ガスル!!」
苦し悶える俺の様子に、危機的な何かを察知したジオルドはこちらへ向かって駆け出した。
「フライト、カレン……!! 離れろぉ……!!!!」
「「っ!!」」
俺の言葉に二人は素直に従い、出せる全力を以てその場を離脱する。彼らにも俺の意図が伝わったのだ。
「オオォォォォォォォォ!!!!」
「……!!」
瞬間、その場で凄まじい爆発と突風が発生する。土煙によって周辺の視界は取れず、強靭な肉体と刃との何とも言えぬ激突音だけがその場に響き渡った。
やがて爆音は鳴り止み、風は収まる。周囲の景色が……徐々に鮮明に景色を形作る。
「ム……!?」
ジオルドの驚愕を秘めた声を放った。目の前に立つ、俺を目にして。
「はは……間に、合ったぜ……!!」
抜かれた剣で、奴の拳を受け止めることに成功した俺は苦し紛れに笑う。
「ゼノエリュシオン……これが、俺たちの新しい力だ!!」
光沢の帯びた魔剣……その二本目が薄く光り輝いた。
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◇◇◇
小話:
出ました二本目




