第二十九話 悪魔激突
「ゥゥゥゥゥゥ……」
そのあまりの禍々しさに、サラーサは胃の中の物体が逆流するのを何とか堪える。
まるで邪悪を体現したかのようなその姿は……今までサラーサが遭遇したどんなモンスターよりも異なっていた。
ここから先は一言も発することを許されない。できれば呼吸すらしたくないくらいである。
足音を立てないよう、サラーサは慎重に歩き……そして結界内へと侵入した。
「……」
結界内への侵入成功。だが未だ悪魔はそれに気付いていないようだ。
同じ体勢のままびくりとも体を動かす事をしていない。
今サラーサは悪魔を中心として右前方にいる。
まず彼女は、数メートル歩きその場に界創端末を置いた。
『私の景色』は指定した物体を景色と同化する……この能力は複数の物体に適応可能だ。これだけ聞けば万能のように感じるが実際はそうではない。
複数の物体に『私の景色』を発動した場合、その分サラーサの魔力消費は増加する。加えてその物体が大きさによっても同様のことが言える。
サラーサが身に着けているものに関しては同じ物体としてカウントされ魔力消費はそこまで大きくないのだが、サラーサの元から身に着けている物体が離れた場合……たちまち先程挙げたデメリットが発動する。
つまり、最終的にサラーサは自分自身と四つの魔具に同時に『私の景色』を発動させなければならないのだ。
魔力消費や、魔法精度の観点から見て……サラーサはバレずに、それも素早く自身の役割を遂行しなければならない。
よし、二つ目……!
左前方に移動したサラーサはその場に二つ目の界創端末を設置する。
ここまででも大分精神的負担が掛かるのだが、更なる問題はここからだ。
悪魔を回り込むようにして後方にいかなければならない。
右前方から左前方へのいどうより、前方から後方への移動距離のほうが長く、位置関係的に悪魔と接近せざるを得ないのだ。
大丈夫……!! 大丈夫大丈夫大丈夫……!! 私はできる、頑張れ私!!
自分を鼓舞するように、サラーサは再びゆっくりと足を動かした。
はぁ……はぁ……はぁ……。
心臓の鼓動が更に加速する。その音が外部に漏れ出ているのではないかと言う不安感にサラーサは更に圧し潰されそうになる。
三つ目、設置……。
悪魔の左後方に三つ目の魔具をセットした。後一つではあるのだが、最早今のサラーサにはそれを材料に気張る気力は無い……。
今すぐ逃げ出したい、今すぐこの場から立ち去りたい。
そんな思いがサラーサの胸中を埋め尽くす。
っ……!!
だが、その負の感情をサラーサは唇を噛み締めることで圧し潰した。
堪えるように、歩みを進める。
普段よりも圧倒的に重みを感じる足を上げ、地面を踏み……遂に最後の場所に到達した。
四つ目、設置完了……!! 後はこの場から離れて、魔具を作動させるだけ……!!
そう思い、少しばかりサラーサの不安が払しょくされた。
――――そして同時に、それが問題だった。
「っ……!?」
緊迫した環境下の中で、全身の筋肉は緊張し硬化していた。
だが今魔具を四つ設置できたことでその緊張がほぐれたのだろう。
体が言うことを聞かず、重心が横にずれるように……彼女は倒れそうになった。
即座に倒れないよう体を持ち直すサラーサだが、そのために足で強く地面を踏みつけてしまう。
「ァ……」
響き渡った彼女の足音に、悪魔は首を曲げその発生源に目をやった。
だが今もサラーサは『私の景色』によって周囲の景色と同化している。悪魔は視認することができなかった。
「っ!?」
しかし、それも束の間。
悪魔に見詰められたことでサラーサの緊張は限界に達した。
それは当然魔法にも作用し、彼女の姿は鮮明に露呈してしまう。
「ウゥゥゥゥゥアァァァァァァ!!!」
瞬間、悪魔は吠えた。
「……!! 結界作動!!」
悪魔に気付かれてしまった。自分の不甲斐なさが嫌になるサラーサだが、そんな悔いをしている場合ではない。
それを自覚しているから、彼女は自身が引き起こしてしまった状況の中で、最善の選択をした。
悪魔が襲い掛かる前に、界創端末四つから結界が張られ悪魔を覆う。
「スパーダさん!!」
そしてサラーサは彼の名を呼んだ。
「っ!!」
本来ならばサラーサが離脱し、合図を待ってから突撃する予定だったスパーダ。
今、彼は『大堂円』から四十メートル離れている。そのため目視でサラーサの状況を確認することは叶わない。
また魔剣による結界によって結界内で発された音は直接耳には届かない。
――――しかし魔水晶片からの音声ならば、届く。
サラーサの切迫した声と、悪魔の咆哮に事態をすぐさま把握したスパーダは魔剣を抜き通路の床を蹴る。
そして四十メートルという距離を一秒にも満たぬ速度で通過し、『大堂円』に突入。
そのまま二層になっている結果に侵入した。
だが、本来結界に入ったスパーダがすべきことは魔剣を引き抜くことだ。
当然……今の彼にその選択肢は取ることができない。
今スパーダがすべきことは、サラーサに襲い掛かろうとする悪魔を攻撃し、意識をこちらへ向けることだ。
「らあぁ!!」
通路から勢いよく飛び出したことによるエネルギーを利用し、スパーダは悪魔の腕目掛けて魔剣を振るう。
「アァ……?」
――――え?
何が起きたのか、スパーダは理解できなかった。
悪魔の意識は間違いなくサラーサに向かっている。
スパーダが向かっていった速度であれば、こちらに反応する間もなくその腕を斬り落とせると……柄を握りしめ刹那の思考の中でスパーダは確信していた。
だが、現実はどうだろう。
何故かスパーダの目の前には悪魔の拳が存在しており、当の悪魔はスパーダの方を見てすらいなかった。
このままではその拳と激突し、体がぐしゃぐしゃになる。
それを肌で直感した彼は即座に剣を構え直し防御姿勢を取った。
「ぐぅあ……!!」
しかしダメージはある。
痛みに歯を食いしばりながら、スパーダは叩きつけられるように地面へと転がった。
「がぁ……!! っつぅ……!!」
『おいスパーダ』
「あぁ……? 何だよ……!!」
損傷した肉体を回復させながら立ち上がると、ゼノはスパーダに声を掛けた。
そして、次に彼女が発したのはスパーダが聞きたくない言葉だった。
『アレ、この前の魔人より強いぞ』
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◇◇◇
小話:
魔水晶片は一つ一千五百万ネイスくらいです。




