第二十話 妹
決闘が行われた訓練場の中心部の広場から退場した俺は、そのまま訓練場そのものから出るべく出口へと繋がる通路を歩いていた。
『スパーダ』
「……あぁ」
俺とゼノは、何者かに見られている気配を察知する。
この感じ……敵意があるってワケじゃなさそうだな。
振り返り、誰もいない通路の虚空を見詰める。
「おい、いることは分かってる。出て来いよ」
「……」
俺の言葉に、その何者は特に抵抗すること無く薄暗い通路の闇から姿を現した。
「って、お前は……」
現れたその人に俺は少しばかり動揺する。
何故ならそれは、
「ど、どうも……」
俺の隣席に座っていた女子生徒だったからだ。
「え、えーっと。俺に……何の用だ?」
隣席という身近さ、加えて彼女の小動物のような雰囲気にやられた俺は恐る恐るそう聞く。
「あ、は、はい! そうですよね! いきなり何だって感じですよねすみません!!」
隣席の彼女は噛みながら口早に言い、地面に頭が付くのではないかというくらいに頭を下げた。
「ちょ、ちょっと謝らなくていいって! え、えーっと……」
うわ……俺隣の席なのに名前知らねぇ……。
「あ、サラーサ!! サラーサ・フラグメントです!!」
俺の意図を察した彼女は自身の名を名乗る。
「サ、サラーサさん。それで、俺に何の用?」
改めて、俺は聞きたかったことを口に出す。
「えっと!! そのですね……!! た、大したことじゃないんですが……た、単刀直入に言うとですね……私、変わりたいんです!!」
「か、変わりたい……?」
要領を得ない発言に、思わず聞き返してしまった。
「わ、私……! 昔から臆病で自分を前に出すとか……そういうの、凄い苦手で……。だから、本当の自分の気持ち……全部ここに押し込んで生きてきました。こんな私に、自分の意思なんて必要ないって……」
サラーサさんは自身の胸に手をやりながら悲しそうな目をする。
だがそれも束の間。
次に彼女が俺に目を向けた時、その目には確かな意思が灯っていた。
「けど、スパーダさんを見て……思ったんです! 私も、自分の意思で生きてみたいって!!」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってくれ!」
俺は手で制するようにして、サラーサさんの発言を中断させる。
「俺は別にそんな大層なモンじゃないし、それにいきなりそんなこと言われてもどう反応していいのか分からねぇよ!?」
隣席と言ってもそれだけだ。
俺とサラーサさんとの間にそれ以上の関りは無い。
そんな彼女が急に距離を詰めようとしているのだ。
困惑の方が先に来るのは自明の理であろう。
――――それに、疑問もある。
「ていうか、アンタ俺の何を見てそう思ったんだ……?」
そう、彼女の言っていることにはおかしさがある。
騎士候補生でも無い俺が、任命式で三大貴族であるエリーザに騎士として選定された。そしてそれによって恨みを買ったロズとの決闘での勝利。
ここまでは誰もが知っている、もしくは知ることのできる情報だ。
だが……それを見て、何故彼女が感化されたのか。それが分からない。
自分を押し込んでいたという彼女が自分の意思で生きてみたいという心境にまで発展するのは、明らかに度が過ぎている。
何かあるはずだ。そこまで感化されるには……別の理由が。
「は、はい!」
探りを入れようと、掛けた俺の言葉に彼女は特に抵抗することも無く答えた。
「見てた……?」
「そ、そうでした! まず先に私のことについて言わないと! 私!!」
次の瞬間、彼女から放たれた言葉は俺の予想を遥かに上回るものだった。
「エリーザ様の妹です!」
「……」
その場に沈黙が流れた。
無言のまま俺はサラーサさんの肩を掴む。
「お、おおおおおお前エリーザの妹なのか!?」
「は、はい! 正確には異母姉妹ですけど!」
補足するように彼女は言う。
そして俺は任命式でエリーザを見た時の謎の既視感の合点がいった。
微かだが、エリーザからサラーサさんの面影を感じたのだ。
「多分、エリーザ様のこと……他の人よりは知っています。スパーダさん、エリーザ様があなたを欲していることも。だから、あの方騎士にしがっている人がどんな人なのか……私見てたんです」
そうか……エリーザが姉と言うのなら、彼女やその周辺事情に関心が向いているのは納得だ。
俺が騎士にならないと抵抗している旨も、その一環で把握しているのだろう。
三大貴族であるエリーザの誘いを断るというのは、普通では有り得ない。俺はそれをこの数日で理解した。
たとえ冒険者でも、彼女が騎士に任命すれば否応なく騎士となるのだろう。
だがそれに抗う俺の姿が……彼女の心を突き動かした……ということか。
――――冷静に分析するとメチャクチャ恥ずかしいな。
自分に苦笑いをする。
「理由は分かった。けど、それを俺に言って……どうしたいんだ?」
「は、はい! そ、その……スパーダさんのお手伝いをさせていただけないでしょうか……!?」
「お手伝い……?」
「は、はい! さっき言った通り、私自分の意思で動けるようになりたい……だからスパーダさんといれば、何か変われると思ったんです!」
サラーサさんの申し出、これはつまり俺の目的に協力してくれるということだ。
だが……懸念点がある。
本当に、彼女に何か邪な思いが無いのか……ということだ。
俺をここに招いた張本人、エリーザの異母姉妹……今まで学園内で会ったどの人物よりもエリーザに近い人物。
これもエリーザの策略で、二人で共謀して俺を陥れようとしているのではない。
――――その疑念が拭えない。
「……」
だが、彼女の眼は依然として確かな意思が灯っている。
その眼が偽りであると、俺を騙すための演技であると……俺は思いたくない。
「……分かった。確かに、エリーザに近しいアンタが協力してくれるってんなら、有難い」
そう考え、サラーサの申し出を了承する。
「はい! 私の全力で、スパーダさんを手伝わせていただきます!」
顔を晴れやかにした彼女は、そう言って俺の手を握った。
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小話:
自信の無いサラーサですがそばかすを含め顔立ちはかなり整っている方です。




