大人の階段を登れ!
目が覚める。薄暗い、見慣れた天井。
俺は寝たままの格好――つまり上半身裸で、木刀を持って外に飛び出す。
俺が住む小さな家は、森のはずれにあって、あたりに人っ子一人いない。だから木刀持ってうろついてる不審者だと通報される心配はない。
日の出る前は森の冷たい空気が、寝ぼけた体にちょうどいい。
「1ッ! 2ッ! 3ッ!」
日課の素振りだ。今の俺は、七歳だというのに、生前の俺よりもパワフルだ。
素振り1000回。瞑想1時間。
暇があればさらに1セット。なおも時間があればもう1セット。
トレーニングが有効なのはちいさい時だろうからな。ザッツ成長期!
1000回の素振りで熱くなった体を、瞑想で冷ます。
瞑想は、とにかく、宇宙的なことを考える。そして体内のエネルギー。体内の魔力的なものを動かす訓練だ。
傍から見ると、「ぐ、ぐぎぎ」と、なにかを我慢しているのかな?と勘違いされそうだが、心配ない。森のはずれには誰もいないから。
いや、一人いるか。
「よく飽きもせず続けてるわね……」
全身入れ墨の耳長族。ハリア。
長寿だけあって、出会ったときから全然姿が変わってない――とは言えないな。
眉間のしわが、なくなった。でも怒らないわけではない。
少し太った。これを言うと殺される。
肌艶がよくなった。これは俺が毎日風呂に入るおかげかも知れない。なにせ、ほっとくと一ヶ月くらい水浴びもしないのだから。
「母さんが、魔法、おしえてくれないから。自分でやるしか無いよ」
「それで、なにか身についた?」
「『火炎球』」
俺は手のひらに魔力を込めて、放った。
「なにそれ?」
「なんでもないよ」
手のひらからは、なにも出ていない。
少なくともこの世界の魔法は、自己流ではどうにもならんらしい。
せめてとっかかりさえ教えてくれれば、そこからオリジナル魔法を発案したのに。でも、まあ、いい。それも今日までだ。
「今日七歳だよ。覚えてるよね」
「まあ、最後のおねだりだからね。仕方ない」
そういうと、ハリアは服を脱ぎだした。
「……え!?」
なんで脱いでるのこの人!!?
「私のできる最後の手ほどき、じっくり教えてあげないとね」
外に出る。母さんみたいに冒険者になる。
異世界の言葉を話せるようになった、三歳くらいから、ずっと言っている。
母さんは否定しない。けれど、いつも同じ言葉で返す。
――七歳になったらね。
この世界では、七歳になったら大人、ということなのだろうか。
確かに丁稚奉公くらいはできそうだけれど。
七歳になったら、冒険者の心得を教える。
七歳になったら、魔法の使い方を教える。
七歳になったら、世界の歩き方を教える。
何度か、そう約束してくれた。
七歳になったら冒険がはじまる……。
そう思っていたのに……。
「あ、あの……。母さん?」
「ん? なあに?」
母さんは上着を脱いだ、上半身裸だ。
もちろんブラジャーなんて高尚なものは、この世界にはない。いやあるかも知れないけど、母さんにはない。
母さんは耳長族だ。エルフだ。エルフといえば眉目秀麗が常識だ。その常識は大正解だ。
七年間育てて貰った恩がある。七年前、ダンジョンで見つかった俺を引き取り、言葉を教え、愛情を注ぎ、大切に育てられた恩がある。
母さんと呼んでいるけれど、実の母でないことは、お互い分かっている。
……血がつながっていないし、いいのか?
瞑想で冷ました体が、急に暖かくなる。
母さんの細い指が、俺の肩をなで、脇をくすぐり、背中で強く抱きしめる。
お互いの胸が、重なっている。俺の心臓がバクバク鳴って、張り裂けそう。
……なんだこれ! 義母のエルフが発情期か!? 新作ラノベか!? 設定崩壊してないか!?
現代知識とステータスで無双するはずが、まさかチーレム路線だったのか。
いやまだ俺は七歳。いくらでも進路変更はできる。
いや、しかし、だが、据え膳食わぬは……。
「あんた、いつまで固まってんの?」
ハッ、とする。
冷たい目で母さんが俺を見ていた。
「私の裸、興奮した?」
「七歳になんてこと聞くんだ母さん!」
「……フフッ、レガシィったら。見慣れてるでしょ?」
そう言って母さんは無邪気に笑った。
……確かに、言われてみれば、見慣れている。七歳児だもの。
冒険者で、一ヶ月に一回も風呂に入らない母さんが、毎日風呂に入るようになったのは、俺のつきそいのためだった。水回りでオレ一人は危ないからって。
裸なんて見慣れている、はずなのに今日だけは、なぜ?
心臓に胸を当ててみる。
落ち着きはしたが、まだ強く鼓動している。
心臓が痛い。
顔が熱い。
体中に熱い血が滾っているような……。
「レガシィ。これが私からの最後の贈り物だよ」
母さんが手のひらを俺に向ける。
「なんだっけ、さっき言ってたの。えっと、『火炎球』?」
クスクスいらずらっぽく笑って、母さんは手のひらに火の玉を作り出した。
そして火の玉は、まごうことなく、俺に向かって飛んできた。
「がっ!」
まさか謎抱きつきからの不意打ち。
なるほど、これが冒険者の心得か。
「油断するなって……こと……か……」
焼け付くような痛みを、教訓としながら、俺は意識を失った。
「いや魔術の訓練をしようと……。ごめん。もしかして私、やりすぎちゃった?」




