絶望から這い上がるためにはきっかけが必要だ。彼女はそれを得られなかったのだ。
軍の会議室で二人の男が話し合っている。
「その女の処分の方法について何か案はあるか。」
一人の男が聞く。
「自然な形で死んでもらう必要がある。私たちを疑う人間が出てこないようにするためにもな。そこでなんだが、一つ提案がある。―」
もう一人が応える。
「…それではその手はずで、よろしく頼むよ。」
「了解した。」
提案した男が部屋を出ていくと、残った男が考える。
計画の為には仕方のないことだ。彼女は第108小隊の隊員、そんな彼女が消えなくてはならないのは軍にとってマイナスだが、計画が頓挫するよりはいいだろう。それにこの計画が上手くいけば、人類の勝利がかなり近づく。とにかく計画を進めなくては。
男は会議室を出、計画が進められている研究室へと向かっていった。
「緊急招集ですか。」
「あぁ。明日07:00に所定の場所に集合、車での移動のち第108小隊が駐在するベースキャンプへ合流しろ。何か質問はあるかね。」
「どのような理由で招集されなくてはならないのでしょうか。」
思い切って聞いてみる。
「ベースキャンプから北へ100km地点で大量のノームが確認された。参謀本部はすぐに対策を練り、第108小隊の隊員全員を戦闘に参加させることになった。もちろん君も例外なくね。」
かなり腑に落ちない点があったが軍人である私にノーという文字はない。
「了解しました。それでは失礼します。」
「あぁ。では通信を終える。」
アンナさんとデイビットさんの葬式が執り行われた夜、私は軍に呼び出され、一番近い通信基地で参謀本部と連絡を取っていた。
このタイミングで緊急招集なんて都合が良すぎる。本当にノームは出現しているのか?私の捜索を中断させたい、誰かの圧力によって私が首都から離されているのではないかと思えてならない。
私はあれ以上の成果を出せないままでいた。軍人と会っていたのは間違いないのだが、それが誰であるのか。なんの目的で会っていたのか。まだ確信を持ててはいない。
戻らなくてはならないとなった以上。気持ちを切り替えなくては。あそこは常に死と隣り合わせの戦場、余計な感情は自分だけでなく隊全体にも悪い影響を与えるだろう。とにかく今まで通り、彼とコミュニケーションをとるようにしよう。
次の日、私は軍の車でベースキャンプまで向かい、昼には小隊と合流することができた。
「ルーナ上等兵、帰還しました。」
「ご苦労。早速だが作戦を伝えても構わないか。他の奴らにはもう伝えてある。あとはお前だけだ。」
相変わらずの隊長だ。私を首都へ戻れたのは隊長がそう進言してくれたから、なにか少しでもそのことについて聞いてくるかなとも思ったが、そんなことは全くなく、いつもの隊長その人だった。
「構いません。お願いします。」
「作戦はシンプルだ。明日12:00ベースキャンプより出発し13:00目的地へ到着。我々第108小隊を含む中隊規模の兵士がノームを中央から受け止め、戦闘をしつつ、徐々にポイントへと後退。ポイントへと到着後、後方支援による爆撃を開始。さらに左右の側面に回り込んでいる中隊規模の兵士たちがノームを挟み撃ちにして殲滅する。大まかにはこのようになっている。特に我々第108小隊は他よりも戦力がある分、より多くのノームを引き付ける役回りになるだろう。以上だ。」
説明が終わり、私はあの2人について聞いてみることにした。
「隊長、前回の任務で回収した2人の死体についてなのですが、なにか思い出したことなどはありませんか?その、昔のことで。」
彼は顔色一つ変えずに答える。
「いや、そういったことは無い。あの二人のことについて私は何も知らない。」
「そう…ですか。そういえばあの二人の苗字「ジョンソン」って、隊長と同じ苗字ですね。」
少しでもいい、何か思い出して欲しい。
そう期待していると、彼が言った。
「同じだな、だが俺は彼らのことを知らない。だが、そうだな、もしかしたら、何か関係があるのかもしれないな。だが作戦には関係ないことだ。俺と二人に何かしらの関係が会ったところで、俺がノームを殺すことに変わりはないのだから。」
胸が締め付けられるような思いだった。お姉ちゃんの妹であり、ソフィーおばさまの思いを知り、アンナさんとデイビットさんの葬式に出席した私には、彼の発言を受け入れることができなかった。
「そんなことって!隊長はただノームを殺せればそれでいいんですか?あなたのことを思っている人間が一人もいないとでもお考えですか!記憶が無いなんて関係ない。あなたには、あなたにだって、死んでほしくないと思っている人が確かにいるんです。あの二人はあなたの両親だったのですよ!!」
感情が吐露が止まらない。目の前の人の顔が歪んで見える。私が泣いているからなのだろう。彼の表情がわからない。分からないが、彼の声で表情を想像することができた。
「なるほど、2人は私の父であり、母であったのか。それは残念だ。私も首都に戻って2人の最後を見るべきだったかもしれないな。だが代わりに君があの二人を供養してくれたのだろう。それなら問題ないだろう。それと私に死んでほしくない人間がいる、ということだったが、もし仮にそんな人がいたとしても、私はこれからもノームを殺すために戦場に立ち続ける。それが私の、軍人である私の役目なのだから。」
私の思いは、彼には届かない。真実を告げても、情で訴えても、彼には響かないのだ。
心の中で思う。
これからも同じように彼の傍にいて、彼が記憶を取り戻すようなことってあるのかな。
もう無駄なんじゃないかな。お姉ちゃん。私だめかもしれない。幸せな未来が来るように、って頑張ってきたけど、こんなに変わらない現実を見せつけてしまったら。
彼は誰に何を言われようが止まらない。どこまで行ってもただの殺戮者なのだと理解し
てしまった。彼は過去も持たず、未来を思い描かず、ただ現在ノームを殺すことだけが彼を生きる理由だった。
「失礼します!!」
その場にいられなくなり、私はキャンプを飛び出す。そのあとも気持ちが落ち着くことは無く、一睡もできないまま、次の日の朝が来てしまった。
任務から逃げてしまおうかな。もうここにいる理由がなくなったんだから。ここで逃げ出してもいいんじゃないか。きっと逃亡後見つかれば、裁判にかけられて、最悪投獄かもしれいけど、もうなんだっていいや。もう未来なんてどうでもよくなってきた。
そう考えいたが、結局時間通りに作戦開始地点に集合してしまうのは、私がまだ彼のことを諦めていないからなのか、それとも軍人としての誇りがまだ残っているからなのか、それとも…
いっそのこと死のうとしているのか。
最後に浮かんだその「死ぬ」という思いが私の心から離れることは無かった。
「作戦開始。第108小隊、奴らを引き付けつつ殺せ。」
「「了解。」」
戦闘が開始された。皆がノームをまさに殺そうとしている中、私は戦う気になれず、ただ突っ立ていた。
「スラウト16。何をしている。はやく戦闘に参加しろ。お前が何を考えてそうしているかは知らないが、中途半端に怪我をして俺たちに迷惑をかけることだけは止めろ。そんなことをするくらいなら、死んでくれた方がましだ。」
スラウト04が声をかけてきた。そしてその言葉を聞いて、私の中で何かが切れた。
そうだな。せめて死ぬなら迷惑をかけないようにしないと。私のせいで作戦が失敗し、首都が攻撃され、みんなが死ぬことは避けなければ。
私は戦闘中のポイントへ向かった。そして銃を構えることなくノームに突っ込み、
グシャ。
ノームの尖った腕で、腹を貫かれた。
「グッ!」
そしてノームのもう一つの腕が私の胸に向かってきた。
お姉ちゃん、今会いに行くね。
ノームの腕は私の胸を貫くことは無かった。
「なっ、どうして…」
隊長が、彼が私をかばうように間に立ち、彼の胸からはノームの腕が出てきていた。
「わからない、ただ守らなければならないと思ったんだ。今度は、必ず守るって。どうしてなんだろう。昔の記憶なのかもしれない。君に似た子を守りたくて、でも守ることができなかった記憶。だから、今度こそって。……君は生き…て……」
「ローガン!!!」
「装備者の死亡を確認。これより、残りの生命力を使い、ノームを殲滅する。」
声が聞こえてきた。機械の声だった。そして
ズシャ。
彼の義手が、ノームの腕を引きちぎり、ノームの懐で衝撃波を発生させ殺す。そのあとも近くのノームに近づいては殺していく。
そしてそれを最後まで見ることができないまま、私の意識は途絶えた。