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未来を描く絶望  作者: alice
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過去の記憶なんてものは生命活動には必要ないのかもしれない。彼は過去も未来も失ってるが生きているのだ。

 あの人に最初に会ったとき、もしかしたら私のことを覚えているのではないかと多少の期待もあった。しかし彼は私のことを覚えていないどころか、私の苗字を聞いても何の反応を示さなかった。


 大切な人の名前の一部を忘れるなんてことがありえるのか。


 それからも空いた時間で彼に会いに行っては、それとなく昔の話や地名を出してみたりした。しかし彼は「それがどうした?」といったような表情しか私に示さなかった。


 どうして覚えていないんだろう。あの出来事が彼の記憶に蓋をしてしまい、過去を辛い過去を思い出せないようにしてしまったのだろうか。


 彼の主治医に話を聞きに行ったりもした。そこで聞いた話では、人間には酷く辛い出来事が起こり精神が壊れる可能性が生まれると、自己防衛本能が働き、その辛い出来事を忘却しようとする能力がある、とのことだった。今回もそのケースではないか、と考えられるため、昔の話をすることで彼を刺激するのは避けてほしいというのだ、とも言われた。


 でも私には信じられない話だった。少なくとも主治医よりは彼のことを知っている。彼は本当に姉を愛していた。そんな彼が自ら記憶を消してしまうということがあっていいのか。

私は主治医の忠告を無視し、彼に何度も接触し、昔話だけではなくて普通のコミュニケーションも取ろうとした。しかし結果は芳しくない。彼は任務のことだけ考える機械のまま、聞く耳を持たない。


 でもあきらめない。そんなことで諦めてはここまで来た努力が無駄になる。





「これより作戦内容を説明する。」


 彼の号令で第108小隊は小隊長の方へ注目する。


「今回の任務は、ベースキャンプより東へ10km進んだ場所で発見された人間の死体の身元確認、可能であれば回収だ。区域はイエローだが、1km進むとレッドに変わる区域のためノームとの戦闘になる可能性が高い。そこで隊を二つに分け、前衛の部隊が偵察及び後衛部隊の防衛、後衛部隊は死体の確認と回収に当たる。」


 隊員たちが一瞬ざわめく。おそらく前衛か後衛かどちらの部隊に割り当てられるか、それを気にしているのだろう。そして自分は前衛に割り当てられますようにと願っているに違いない。


「それでは部隊の組み分けだが、1、4,5,8,9,11,12,14,15は前衛、2,3,6,7,10,13,16は後衛を担当してもらう。いいな。」


 後衛か。


 正直なところ私も前衛を任せてほしかった。小隊最強である隊長が前衛を担当することは予想できたから、彼の傍にいるためにも前衛を、と考えていたのだ。


 彼は任務において自分で決めたことを決して覆したりしない。私が何度意見しても聞き入れてくれなかったように。今回もちらほら不平不満の声は聞こえてきたが、隊長に直接意見する隊員は一人もいなかった。


「それでは本日12:00より任務を開始する、以上。」

 

作戦会議が終わり、皆が準備を始める中、私はあることを考えていた。


 そもそも、どうしてレッド寄りのイエローなんかに人間の死体が発見されたんだろう。ノームが運んだ?いや、奴らがそんな行動をしたことなんて一度もないはずだ、ただ目の前の人間を殺す侵略者、それが「ノーム」なのだから。



 作戦開始時間となり、第108小隊は目的地までの移動を開始した。移動中の会話などはほとんどなく、あったとしても隊長にすぐ注意された。そうして目的地の2km手前まで接近すると、


「それではこれより作戦通り前衛と後衛に分かれて異動する。前衛はノームを確認しだい、北側へ引き付けつつこれを殲滅、後衛はノームが我々に引き付けられている内に移動、速やかに死体の確認、回収に当たれ。」


「「了解。」」


 彼を含む前衛が移動を開始する。万が一にも彼らが殺されるということはないと思われるが、警戒態勢は怠らない。もし彼らが窮地に立たされても、すぐに助けに行けるように。


そうして前衛が目的地100mにまで近づいた頃、


「敵確認。作戦通りに行動せよ。」


 彼の気迫のない声が無線を通じて届く。私から確認できるだけでもノームの数は30匹ほど、彼らなら問題なく処理できる数だ。


「前衛部隊が引き付けている間に、我々も急ぐぞ。」


 スラウト02の呼びかけ従い、後衛部隊は目的地へ向かう。そして死体がある地点まで辿り着き腐敗臭のするその現場を見た。


 見てはいけない。見たくないものを見せられた。


 死体に見覚えがあった。腐敗は進んでいたが、それでもそれが誰かは私にはわかった。私だからわかることができた。


「アンナさん、デイビットさん…。」


 それは彼の、隊長の両親の変わり果てた姿だった。


 嘘だ。だって彼の両親。なんで?どうして?


 頭の中が疑問と焦燥で満たされていく。


 こんな状態の両親を彼が見たら、もしかしたらもっと心を閉ざしてしまう。そんなことになったら、今まで以上に彼を絶望から救い出すことは難しくなるかもしれない。でもこの状況、どうしたらいいのかわからない。すぐそこには彼がいる。彼が両親の変わり果てた姿を見るのは時間の問題だ。いったいどうしたら。


「スラウト16。この死体の身元が分かるのか?」


 スラウト02が聞いてきた。内心かなり混乱していたが、それでもなんとか受け答えをした。


「はい。女性はアンナ・ジョンソン、男性はデイビット・ジョンソンという夫婦です。」


 私が応えると、後衛部隊全員が反応を示した。そう、ジョンソンと言うのは隊長の苗字だ。皆がもしかしたらと考えたのだろう。


 しばらく沈黙が続くと、無線から声がした。


「こちらスラウト01、前衛部隊がノームを殲滅、これよりそちらへ向かう。そちらの状況はどうだ。」


 無線を通じて彼の声が届く。どうやら問題なく片付けたようだ。


 スラウト02は冷静に嘘偽りない事実を述べる。


「こちらスラウト02、死体を2体確認。スラウト16が身元を知っていたので名前が判明した。女がアンナ・ジョンソン、男がデイビット・ジョンソンと言うらしい。現在敵影は確認できないことから、死体をベースキャンプに持ち帰る準備を始めている。」


 スラウト02の声が隊長の元へ届く。


「了解した。合流後、準備ができ次第帰還する。」


 えっ?


 隊長の反応が信じられなかった。自分の両親の名前を聞いてもいつも通りの反応を示したのだ。


 そんな、まさか、両親のことすら忘れてしまっているなんて。どうして…


 その後、前衛部隊が合流し、隊長が実際に死体を確認したときも、いつもの感情の無い反応を示した。


 そんなことって、愛する人だけではなく、両親のことまで忘れているなんて。彼の心の傷はそれほど深いということなのか。


 そのあと任務が完了し死体の引き渡しが終わるその時まで、彼の顔を見ていたが、そこにはいつもと変わらない表情があるだけだった。




「隊長。回収した死体についてなのですが。」


ベースキャンプに戻った後、私は質問せずにはいられった。


「どうした、スラウト16。」


 いつも通りの反応。


「あの、隊長は彼らを見て何か思いませんでしたか?例えば軍人になる前のことだったり。」


「彼らを見て? ― いいや、何も思い出さないな。彼らがどうかしたのか?」


 やはり全く覚えていないようだった。


 ここは真実を伝えるべきなのか?でもそのせいで辛い記憶を思い出してしまったらどうしよう。


 そう考えているうちに隊長が話し出した。


「スラウト16は彼らを知っているようだったな。なぜ彼らがあんな場所に放置されていたか心当たりはあるか?もしあるようであれば共に報告するが。」


 そうだ。彼が両親について覚えていないことについてもこれから考えていかなければならないことだが、なぜ彼らがあんな場所に遺棄されていたのかも考える必要がある。


いったい誰が死体を遺棄したのか。なぜあんな安全地帯から離れた場所であったのか。遺棄された死体が隊長の両親であったことの関係性は?


「スラウト16。」


「…はい!あっ、いえ特にありません。申し訳ありません。」


 反射的に答えてしまった。


「そうか、それでは失礼するよ。」


 彼が歩きだす。


 少し調べてみる必要があるのかもしれない。とても嫌な感じがする。


 そう考え、私は急いで彼を追いかけ、引き止めた。


「隊長!ありました、心当たり。あの死体の息子は軍の関係者だったはずです。そして今は参謀本部にいたと記憶しています。」


「そうか。報告ありがとう。」


 すかさず畳みかける。


「隊長。私に彼らの親族への死亡報告を任せてはくれませんか?親族の中には知り合いもいます。せめて私の口から報告がしたいのです。どうか、お願いします。」


 隊長はしばらく考え込んだ後、


「わかった、上にはそれも含めて報告する。」


 と、私の意見を聞き入れてくれた。


「ありがとうございます。」


 これで調査ができる。まずは知り合いに彼らの動向を聞いてみよう、それから、それから…




 後日、私の願いが聞き届けられ、親族へ死亡報告をするために首都へ向かうことになった。


 きっと調べたところで気持ちのいい結果は得られないだろう。それでも私は知りたい。あの死体の意味を。それを知ることができれば、彼を取り巻く環境を知ることができるかもしれないのだから。


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