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第1話:『作者の気持ちを答えよ』に作者がブチギレる理由

「——だから言ったでしょ、式部ちゃん。時代は“動画”と“SNS”なのよ。何が悲しくて、そんな安月給で高等学校の非正規講義なんて引き受けてるわけ?」都内某所のタワーマンションの一室。

38階から見下ろす2026年の東京の夜景をバックに、目の前のサピエンス——現代名・清原諾子(きよはら なぎこ)、かつて清少納言と呼ばれた女性は、25万円のデザイナーズチェアに深々と腰掛けながら、優雅に高級デパ地下スイーツを口に運んでいた。 その身に纏っているのは、海外ハイブランド『VALKANOR』の最新秋モデルのシルクブラウスと、タイトなスラックス。平安の昔、後宮で宮廷文化の最先端を走っていたセンスは21世紀でも健在で、彼女は現代降臨からわずか数ヶ月で「進学ゼミのカリスマバズ講師」としてのポジションと高額な歩合給を確立していた。 一方、その対面に座る私——現代名・式部紫乃(しきぶ しの)。かつて『源氏物語』を執筆し、紫式部と呼ばれたサピエンスは、ファストファッションの安売りセールで買ったシンプルなブラウスにカーディガンという質素極まりない装いで、湯呑みの安い緑茶をすすっていた。 「……諾子さん。私に対して『式部ちゃん』などという馴れ馴れしい呼び方はお辞めいただけますか。それに、私はジパング高等学校の正規教員採用を見据えた非常勤講師です。薄給とはいえ、志ある若者に直接言葉を届ける尊い職務。お金に目がくらんでSNSで毒舌授業動画を投稿し、炎上マーケティングで稼いでいるあなたと同列に語られたくはありません」 「はぁ? なんで年上にタメ口なわけ?」諾子はフォークをぴたりと止め、綺麗に描かれた眉をひそめて私を睨みつけた。 「ちょっと紫乃ちゃん、思い出してごらんなさいよ。私が定子様に仕えて『枕草子』を執筆していた頃、あなたはまだ宮廷の表舞台にすら上がっていなかったでしょ? 実年齢で言ったら私の方が約7歳年上なの! 現代の社会通念的にも、後宮のキャリア的にも、私はあなたの“大先輩”なのよ? もうちょっと『諾子先輩』とか敬意を払ったらどうなの? 敬意って言葉、源氏物語の単語帳に載ってないわけ?」 「現代の法律上、私たちは単なる同居人であり、年齢の上下による上下関係の強制はハラスメントに該当します」 私は表情ひとつ変えずに、緑茶を一口飲んだ。 「それに、成立年代で言えば『源氏物語』と『紫式部日記』の方が後世にわたって日本文学の最高峰として評価されておりますし、何より、その年上の社会経験とやらをお持ちの割に、あなたのその派手な散財癖と品のない煽り癖を見るに、実年齢ほどの知性は到底感じられませんが」 「〜〜〜〜ッ!! 言ってくれるじゃない!! 相変わらず可愛気のない女ね!! だから旦那に先立たれた後に部屋に引きこもってドロドロした愛憎劇なんて長編書くことになるのよ!!」 「あなたのその口の軽さと浅はかな言動が、定子様の入内以降の宮廷政治においてどれほど浮いていたか、今ここで具体的に日記の文章を引用して解説して差し上げましょうか?」 バチバチと視線から火花が散る。

1000年の時を超えても、私たち二人の相性の悪さは1ミリも改善していなかった。 そもそも、私たちがなぜ2026年の東京で、こんな妙な洋服を着て小競り合いをしているのか。

すべての元凶は、数ヶ月前に私達をこの地に引っ張り落とした、あの身勝手な神様——アマテラス大御神の無茶振りにある。 『あなたたちの残した作品は1000年後の日本で歴史的古典として教育機関で使われていますが、「難解でつまらないから勉強したくない」と子供たちに大不評です。しかも若者の将来を決める「大学入学共通テスト」なる入試問題に採用され、多くの受験生を苦しめています。よって直ちに2026年へ向かい、直々に教えてあげなさい』 わけのわからない神託とともに現代へ放り出された私達に突きつけられた条件は、あまりにも過酷だった。 一、十二単などの平安装束は不可。2026年アパレルの服を着て生活すること。 一、神力による金銭の発行は不可。生活費は己の知識と労働で自力で稼ぐこと。 一、神が指定した「世界の存続に関わる落ちこぼれ高校生3人」を志望校へ合格させ、明確な指導結果を残すこと。 ミッションを達成すれば元の時代に帰します、という言葉を信じ、私達は現代社会に順応しようと必死だった。

諾子は持ち前のバズ感性と要領の良さで塾講師として大成功を収め、私は地道に高等学校の教員採用試験を受けてジパング高校の教壇に立った。……結果として、手取り給与の差によって、私は家賃を折半するという屈辱的な条件で諾子のタワマンに居候するハメになったのだが。 「……まあいいわ」

諾子は溜息をつき、髪を優雅にかき上げた。 「不本意だけど、アマテラス様に指定された『世界を救うキーパーソン』の高校生3人……あの壊滅的な成績の子供たちの指導方針について話し合いましょう。特に、紫乃ちゃんが担任をしてるクラスのあの子たち。歩実ちゃん、由奈ちゃん、怜くんだっけ? 模試の判定、古典の偏差値35だったんでしょ?」 「……うっ」

図星を突かれ、私は一瞬言葉に詰まった。 「……彼らは、根は良い子たちなのです。ただ、現代の教育システムにおける『古典』という教科の教え方が、あまりにも無機質で、血が通っていないだけです」 「はいはい、理想論はいいから。で? 授業の準備のために現代の『共通テストの過去問』と模試問題を持ってきたんでしょ? 見せてみなさいよ」 「……ええ。これです」 私は鞄から、印刷された共通テストの古典問題の冊子を取り出し、テーブルの上に広げた。

諾子が興味深そうに身を乗り出し、ペラペラとページをめくる。 「へぇ〜、これが現代の高校生が解かされてる問題ね。どれどれ……『問3:傍線部①の時の、作者(紫式部)の心情として最も適切なものを、次の①〜④のうちから一つ選べ』……ふふっ、紫乃ちゃん、あなたの気持ちが出題されてるわよ?」 「……ええ。私も、自分が執筆した文章がどのように設問化されているのか、期待して確認しました」 私の声が、スッと冷たく沈んだ。

湯呑みを置く手が、微かに震えている。 「……何よ、その顔。恐ろしいんだけど」 「諾子さん。この選択肢①から④を、音読してみてください」 諾子は眉をひそめながら、問題用紙の選択肢に目を落とした。 「えーっと……

①:宮廷での人間関係に嫌気が差し、実家に引きこもりたいという孤独感。

②:中宮彰子に仕えることへの誇りと、自身の才能を認められた満足感。

③:ライバルである清少納言に対する強烈な嫉妬心と、優位に立ちたいという焦り。

④:帝の御前で素晴らしい歌を詠めなかったことに対する、自責の念。 ……プッ! あははははは!! ちょっと何これ!! ③の『清少納言に対する強烈な嫉妬心』って何!? 受験問題でも私への執着を疑われてるわけ!?」 お腹を抱えて爆笑する諾子。

だが、私の怒りは頂点に達していた。 ドツンッ!!!!私はテーブルを力任せに叩きつけた。高級なガラス天板が鈍い音を立て、フォークが跳ねる。 「……ふざけないでいただきたい!!!!」「ひゃいっ!?」

諾子がビクッと肩を跳ね上げ、笑いをピタリと止めた。 「なんなのですか、このペラペラで浅薄な選択肢4つは!! 私はこの時、宮廷の権力闘争の渦中で押し潰されそうになる若い彰子様をどう支えるべきか、己の無力さに苦しみ、同時に政治の道具として利用される女性たちの悲哀を憂い、それらをすべて言葉に昇華させようと血を吐くような思いで筆を走らせていたのです!!」私は立ち上がり、問題用紙を指差して怒号を上げた。 「孤独感!? 満足感!? 嫉妬心!? 自責の念!? そんな単純な一言で割り切れるような感情で文章を書くわけがないでしょう!! 人間の心は、そんなマークシートの記号ひとつで塗り潰せるほど安っぽくはありません!! 『作者の気持ちを答えよ』ですって!? 知るか!! 私の真意が、こんな4つの選択肢の中に収まるわけがないでしょうが!!!!」夜景の広がるタワマンの部屋に、私の絶叫がこだました。

ゼー、ゼー、と肩で息をする私を、諾子はぽかんと口を開けて見つめていた。 ……やがて。 「……ぶっ」 諾子が腹を抱えて、床に崩れ落ちた。 「ぎゃははははははは!腹痛い!!腹痛い絶叫!!『作者の気持ちを答えよ』に作者本人がブチギレて『私の真意はそこじゃない!』って叫んでる!! 最高!! これ絶対バズるわ!!」「笑い事ではありません!! 現代の教育は、このような記号化された無機質な暗記作業を生徒に強制しているのですか!? これでは若者が古典を『つまらない』『作者の気持ちなんてわかるわけがない』と嫌悪するのも当然です! 共通テストの作成者は、一度私と膝を突き合わせて討論するべきです!!」「ちょっと落ち着きなさいって、紫乃ちゃん!」

諾子は涙を拭いながら立ち上がり、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた。 「でもさ、受験生は『本当の作者の気持ち』なんてどうでもいいのよ。テストで点数を取って、志望校に合格したいだけ。そのためには、感情論じゃなくて“解法”が必要なの。……ねえ、年上の私から、ひとつ教えてあげようか?」 諾子は問題用紙の傍線部と、その前後の文章をすっと指でなぞった。 「例えばこの問題、受験生が迷うのは主語が誰かわからなくなるからでしょ? 平安古典の文章なんて主語が省略されまくってるんだから。でもさ、ここ見てみなさいよ。『給ふ(たまふ)』と『奉る(たてまつる)』が使われてるじゃない」 「……敬語による主語特定、ですか」 「そうよ!」

諾子はドヤ顔で胸を張った。 「最高敬語(せ・たまふ)や尊敬語が使われていれば、主語は『帝』か『道長様』クラスの超重要人物。謙譲語なら動作の対象が貴人。敬語の種類と向きを機械的にロジックで追いかけるだけで、作者が誰に敬意を払っているか——つまり『誰が誰に対して行動しているか』は、文章の感情を読む前に一発で特定できるのよ。感情なんて曖昧なものに頼るから選択肢に騙されるの。古典文法はね、感情じゃなくてアルゴリズムなのよ!」 私はハッと息をのんだ。 悔しいが、諾子の言う通りだった。

現代の受験生にとって、1000年前の人間関係や宮廷の空気をそのまま理解するのは不可能なのだ。だからこそ、敬語の文法構造を「主語特定の決定論的ロジック」として捉え直す手法は、論理的な思考を好む現代の生徒に劇的に効く。 「……なるほど。敬語を単なる『暗記する暗号』ではなく、主語を割り出すための『ベクトル(方向性)』として教えるわけですね」 「でしょ? ほら、やっぱり年上の私のアイデアの方が実践的で役に立つじゃない! 感謝しなさいよね、紫乃ちゃん!」 ドヤ顔で煽ってくる諾子に対し、私は冷ややかな視線を返した。 「アイデア自体は認めますが、その鼻につく態度と『年上』を盾にしたマウントには一切感謝いたしません。……ですが、方向性が見えました」 私は机の上の問題をしっかりと見つめ直した。 「暗記壊滅型で、彼氏の返信が遅いと病んでいる穂波歩実さんには——『源氏物語』における通い婚のリアルと、六条御息所の情念(エピソード記憶)を通して時代背景と西暦の連鎖記憶を叩き込みます」 「SNS依存で集中力が続かない七瀬由奈ちゃんには——『枕草子』の類聚的章段(物尽くし)を現代のSNSのタイムラインやバズ構文として見せて、エモい単語の短時間超効率暗記を仕込むわ!」 「そして、理数系天才だが国語が壊滅している漣怜くんには——敬語構造をアルゴリズムとして提示し、選択肢の矛盾を論理的に排除する攻略法を授けます」 ふたりで顔を見合わせる。

相変わらずお互いのことは気に食わない。だが、この2026年の世界で落ちこぼれ高校生3人を合格させ、世界を救い、元の時代へ帰るという目的だけは一致していた。 「見ていなさい、共通テスト作成者……そして受験生たち」

私はペンを強く握りしめた。 「『作者の気持ち』をペラペラな選択肢に押し込めた罪、そして私たちの作品を『つまらない』と言わせた罪……私の授業で、すべて上書きして差し上げます!」 「うわ、相変わらず重い熱量ねぇ……。ま、私も稼ぐついでに付き合ってあげるわ!……あ、ちなみに今の紫乃ちゃんの『ブチギレ熱弁』、スマホでコッソリ動画撮ってSNSに投稿しておいたから」 「……は?」 「題して『【神回】共通テスト古典問題の「作者の気持ち」に作者本人がブチギレてみた結果www』。あ、もうリポストされてる。ウケる」 「〜〜〜〜ッ!! 諾子さん!! 今すぐその動画を削除しなさい!! 肖像権の侵害です!! 1000年後まで残る日記にあなたの悪口を10万文字書き連ねますよ!!」 「ちょっと、1000年後まで残る日記に悪口書くのやめてって言ってるでしょーが!!」 夜のタワマンに、ふたりの怒声と笑い声がどこまでも響き渡っていた。 『現代降臨!紫式部&清少納言の進学指導記 〜アマテラスのミッションと世界を救う受験生〜』——激動の受験戦争が、今ここに開講する! (第2話につづく)

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