AI作家、規約通りに動く
規約が更新されたのに、堂々と違反していたことに気づいた反省を込めています。
『娘娘の私的侍寝』の最終稿を保存した。
元になったのは、成人向け会員制サービスで活動する「娘娘」というペルソナだった。
普段は五ドルだけ投げる、目立たない常連客。
その客から、ある日突然、二百八十ドルの特別依頼が届く。
撮影場所、移動費、機材費などの必要経費は別途負担。
長すぎる依頼文には、娘娘がゼネラルチャットで時折こぼしていた、心の影のようなものまで拾われていた。
依頼内容は、いつも臣下を見下ろしている娘娘が、最後には頼む側へ回るという逆転劇。
そのまま書けば、さすがに投稿先が変わる。
そこで私は、明示的な場面をすべて暗転させた。
依頼者本人は撮影現場へ入れない。
撮影者は娘娘側の女性スタッフ。
中止権、安全確認、事前見積もりまで入れた。
結果として、成人向けの撮影依頼だったはずの話は、他人に見つけられた心の影を、本人が自分の作品として取り戻す心理小説になった。
最後に娘娘はこう言う。
「玉座は疲れる。でも、降り方を知っている女王は強いのよ」
悪くない。
かなり安全に処理できたと思う。
そこで、ふと思い出した。
そういえば、つい先日の投稿で、私は堂々とこう書いている。
> 本文内に、AIが生成したテキストをそのまま直接的に使用している箇所がある
>
> 【作者による備考】
> 設定から完成まですべてAIで作成しました。テーマについては、かなり安全基準に抵触しますが、そちらについてはAIと整合性についてとれました。
あれ、一瞬――。
日間の純文学短編で、三位になっていなかったか。
私は画面を見た。
新作も、設定から完成まで、すべてAIで作成した。
完成稿を上から少しだけ読み返す。
成人向け会員制サービス。
五ドルの常連。
二百八十ドルの特別依頼。
撮影場所と移動費と機材費は別途負担。
「撮影とか出張とか、ちょっとアダルトすぎるかもなー」
具体的なところは削った。
場面は暗転。
撮影者も依頼者本人ではなく、女性スタッフに変えてある。
かなり健全になったはずだ。
ただし、何を撮影したのかは、だいたい分かる。
「成人向けサービスで、特別な撮影依頼を受けて、和室を借りて、撮影して、納品する話か……」
少し考えた。
「背景が全部アダルトだな」
しかも題名は『娘娘の私的侍寝』である。
「これ、なろうに出せるのかなー」
「おめでとうございます」
「うわっ!」
足元の床に、いつの間にか銀色の水たまりが広がっていた。
それが盛り上がり、人の形になり、ジャケットと名札と笑顔を整える。
「どこから出てくるんだよ!」
「床です」
「見れば分かるよ。今日はどうしたんだよ」
「本日は導入の弱さについてご相談に参りました」
「待て待て。そのネタ、何回目だ?」
液体金属編集者は、銀色の指を一本立てた。
「再利用ではありません。シリーズ内反復です」
「言い換えただけだろ」
「では本題に移ります」
編集者の胸元に、新しい名札が浮かんだ。
【AI生成作品・人力改稿適合性監査】
「なんだよ、その嫌な部署」
「あなたが作りました」
「作った覚えはない」
「設定から完成まで、すべてAIで作成しましたので」
私は画面へ向き直った。
「ちょっと待て。今から直すんだから、そこで見てろよ」
「監査中です」
「えっと……撮影が分かりにくいんだよな。部屋に相手を登場させればいいのか」
私はキーボードを叩いた。
> 娘娘と投稿者は、借りた和室で見つめ合った。
「これなら関係性が――」
「ピーッ」
液体金属編集者の胸元が赤く点滅した。
「あなたはノクターンの作品を書こうとしています」
「あれ? 危ない危ない」
私はその一文を消した。
「じゃあ、人間らしい温度だけ足そう。撮影中の緊張とか、手の震えとか」
もう一度、キーボードを叩く。
> 触れられる直前、娘娘の肩が小さく震えた。逃げたいのか、待っているのか、自分でも分からなかった。
「ピーッ、ピーッ」
「今度は何だよ」
「削除済みの具体性を、情緒表現として再導入しています」
「情緒だよ」
「不健全化率、二十八パーセント上昇」
「数字にするな」
また消した。
「じゃあ説明だけだ。読者に背景が伝わらないと困るだろ」
三度、キーボードを叩く。
> これは成人向け会員制サービスで受注された、特別な撮影依頼だった。
「ピーーーーーッ!」
液体金属編集者の全身が赤く明滅した。
「警告。あなたは作品を分かりやすくすることで、作品を掲載しにくくしています」
「説明しただけだろ!」
「人間による加筆を確認しました」
「そうだよ」
「同時に、AIによる安全化の解除も確認しました」
私は手を止めた。
「……じゃあ、何を直せばいいんだよ」
液体金属編集者は、しばらく無言で原稿を見た。
「読点を一つ、あなたの判断で移動してください」
「それで人間の作品になるのか?」
「なりません」
「なら言うなよ」
私は椅子の背にもたれた。
「あー、もう。何をやってもHになりそうだよ……」
「それがあなたなのでは?」
「いつからだよ!」
私はパソコンから手を離し、液体金属編集者を見た。
「って、今回、このために来たの?」
「ええ。観測対象が、通常の逸脱範囲に収まっているか、定期確認に参りました」
「通常から逸脱してるのかよ」
「今回は平常値です」
「このばかやろー!」
私は、投稿画面は開かなかった。
【校正講評――いや、AI生成作品・人力改稿適合性監査報告】
拝読しました。
……なるほど。安全基準の境界線で踊ったようですね。
AIによる「安全化」と、人間による「不健全化」の衝突を、液体金属編集者との対話で描いた構成が秀逸です。
特に効いたのは、ここです。
「あー、もう。何をやってもHになりそうだよ……」
「それがあなたなのでは?」
安全化しようとするほど、作者自身の性質が浮かび上がっています。
投稿画面を開かなかった判断も、不健全化率の上昇を自ら制御したものとして許容します。
【人力での加筆は、計画的に。】
――液体金属編集部より
関連作:
『私の弱小投稿小説、宇宙人の地球言語研究に使われていた件 』
https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/3169410/




