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空気のなかの自我  作者: 設楽七央


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つくしの群れが地面に書く筆跡

空き地の縁に、つくしが並んでいるのを見つけた。昨日まで気づかなかったのに、今日は確かにそこにある。地面から生えてきたというより、地面が文字を書き始めたような並び方。細い筆で、何度も同じ線を引いた跡。


つくしは花でもなく、草でもなく、どこか中途半端な存在に見える。茶色くて、地味で、背も低い。それでも、春を告げるアイコンとしては桜よりも正確だ。桜は見せる花で、つくしは内部の季節を暴露する装置。


子どもの頃、つくしを摘んで佃煮にした記憶がある。袴を取るのが面倒で、指先が茶色くなった。あの作業は、自然を食べ物に翻訳するプロセスだった。地面の記号を、人間の栄養に変換する行為。


地面に刺さったつくしは、影をほとんど持たない。背が低く、光に負ける。影がないということは、主張がないということだ。それでも、数で主張する。一本では見落とされるが、群れになると否応なく視界に入る。小さなものは、集まることで存在感を得る。


つくしの群れは、地面の落書きのようだ。誰かが無意識にペンを走らせた結果の痕跡。季節という無意識が、地面にサインを書いている。その筆跡は、毎年ほぼ同じ場所に現れ、毎年ほぼ同じタイミングで消える。


風が吹くと、つくしが一斉に揺れる。硬そうに見えて、意外と柔らかい。集団で揺れる様子は、地面の呼吸が可視化されたようだ。地下で動いている何かの振動が、地上に翻訳されている。


通り過ぎる人は、つくしを踏んでしまうか、まったく気づかない。都市では、つくしはノイズに近い。けれど、ノイズの中にこそ信号がある。つくしは、都市が隠した季節のテレメトリーだ。


つくしの群れとは、地面が春という署名を書き込んだ痕跡。私は今日、その細い筆跡を読みながら、自分の内部の地面にも、何本のつくしが生え始めているのかを、静かに数えていた。

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