表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空気のなかの自我  作者: 設楽七央


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

260/283

薄曇りの空に置き去りにされた月

昼間の空に、まだ消えきらない月が浮かんでいる。白く、淡く、雲に溶けかけながらも、確かにそこにある。夜の象徴が、昼の領域に取り残されたような不思議な存在感。


昼の月は、誰にも注目されない。夜なら写真を撮られ、詩にされ、願い事を託されるのに、昼の空ではただのノイズに近い。太陽という巨大な光源に負けて、存在を主張する術を失っている。それでも、消えずに残っているという事実だけが、奇妙な強さを帯びる。


子どもの頃、昼間の月を見つけると少し得をした気分になった。夜の秘密を昼に持ち出したような感覚。みんなが見ていないものを自分だけが見つけたという、小さな特権意識。昼の月は、孤独な観測者にだけ許されるボーナスコンテンツだった。


雲がゆっくり流れ、月の輪郭をぼかす。輪郭がはっきりすると現実に近づき、ぼやけると記憶に近づく。昼の月は、現実と記憶の中間に浮かぶ存在だ。夜に見た月の記憶が、昼の空に貼り付けられているようでもある。


街の騒音、車の音、人の声。そのすべてが昼の主役なのに、空の上では夜の遺物が静かに残留している。昼と夜が完全に切り替わるわけではなく、境界が重なり合う時間帯。昼は夜の完全な否定ではなく、夜の上書き保存にすぎない。


月は地球の影響で満ち欠けを繰り返す。存在そのものよりも、変化のパターンのほうが重要視される天体。人もまた、変化の履歴によって語られる。昼の月は、変化の途中経過が露出している瞬間だ。


薄曇りの空に浮かぶ昼の月を見ながら、自分の中にも同じような「置き去りにされた夜」があることに気づく。夜に考えたこと、夜に感じたこと、朝になると現実に薄められ、昼の雑音に溶けていく。それでも、完全には消えずに残っている。


薄曇りの空に置き去りにされた月とは、時間の境界に残る余剰データ。私は今日、その昼の空に浮かぶ白い残像を見上げながら、夜の自分が昼の世界に残した微かなログに、静かに目を通していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ