表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空気のなかの自我  作者: 設楽七央


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

259/284

朝露の粒に映る未編集の空

朝、玄関を出ると、庭の草に細かな露が残っていた。夜のあいだに世界が吐き出した微細な水分。雨ほど劇的ではなく、霧ほど曖昧でもない、ただ「夜が終わった」という事実だけを物質化したような粒。


露は、光を待っている。太陽が出ると同時に、無数の小さなレンズになる。空、雲、家の壁、通り過ぎる鳥。あらゆるものが、直径数ミリの球体に反転して収まっている。世界は広大なのに、露の中ではすべてが可搬サイズになる。


子どもの頃、露に触れるのが好きだった。指で弾くと、粒は簡単に壊れ、地面に吸い込まれる。壊すことに罪悪感はなかった。露は一時的なものだと、身体が知っていたからだ。永久ではないものは、壊してもいいという直感的な倫理。


露の中の空は、まだ編集されていない。昼のニュースも、人の視線も、計画も入っていない、純粋な空のデータ。朝という時間帯は、世界がまだ他人の文脈に書き換えられていない希少な状態だ。露は、その未編集状態のバックアップファイル。


歩くと、靴先で草が揺れ、露が落ちる。世界が少しずつ起動していくにつれ、露は消えていく。太陽というプロセスが走り、気温という変数が変わり、露という一時ファイルが削除される。朝は、常に削除の時間だ。


空を見上げると、薄い雲が高く流れている。露の中の空と、頭上の空が同時に存在している二重構造。ミクロとマクロが同時に開いている時間帯に立っていると、人間のサイズ感覚が一度リセットされる。自分は大きいのか小さいのか、どちらでもなくなる。


露は、誰にも注目されない。写真に撮られるのは花や朝焼けで、露そのものは背景に回る。けれど、露がなければ朝は成立しない。夜の名残を物質として残し、昼への橋渡しをする役割。


朝露の粒に映る未編集の空とは、世界がまだ誰のものでもない瞬間の記録。私は今日、その小さな球体に閉じ込められた逆さまの空を覗き込みながら、まだ誰にも読まれていない自分の朝のページを、静かにめくっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ