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空気のなかの自我  作者: 設楽七央


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ホワイトデーの余白に溶ける甘さ

街のショーウィンドウから、白い箱や銀色のリボンが消えはじめている。昨日までの「お返し」という名の演出は、まるで夢だったかのように撤収され、いつもの商品がいつもの顔で並んでいる。季節の行事は、終わった瞬間に現実に戻る速度が早すぎる。


ホワイトデーという言葉には、いつも少しだけ違和感がある。白という色が、清算や無垢や公平の象徴のように扱われている感じがして。誰かが差し出した感情に対して、別の誰かが甘さで応答する儀式。そこには計算も義務も混じっていて、甘さは必ずしも純粋ではない。


コンビニの棚に残ったホワイトチョコレートを手に取る。誰かに渡す予定はないけれど、なぜか自分のために買ってしまう。甘いものは、他人の感情の代理通貨であると同時に、自分の慰めでもある。溶ける甘さは、誰かの期待よりも、自分の体温に忠実だ。


子どもの頃、ホワイトデーはほとんど意識していなかった。バレンタインだけがイベントで、ホワイトデーは大人の世界の話だった。誰が誰に何を返すのか、その背後にどんな関係性があるのか。甘い包装の裏側には、見えない契約書があるように感じていた。


カフェでコーヒーに砂糖を入れる。白い砂糖が黒い液体に溶けていく様子を眺める。境界線が消え、色が均一になる。ホワイトデーの白も、きっとこうやって日常に溶けて消えていく。イベントとしての白は、数日で溶解し、ただの糖分として身体に吸収される。


窓の外では、春の光が強くなっている。白い雲、白い花、白い包装紙。世界は季節の変わり目に白を多用する。白はリセットの色であり、開始の色であり、何かを覆い隠す色でもある。


ホワイトチョコレートを一口かじると、口の中でゆっくり溶ける。舌の温度に従って形を失い、ただ甘さだけが残る。感情も、記念日も、こうして体温に溶けて、最後は感覚だけになる。


ホワイトデーの余白とは、贈答という劇が終わったあとの静かな後味。私は今日、その白い甘さを自分のためだけに溶かしながら、誰にも返さなくていい感情を、ゆっくりと舌の上でほどいていた。

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