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空気のなかの自我  作者: 設楽七央


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燕の帰還を待つ空の余白

電線の上に、まだ誰も座っていない空席が並んでいる。冬のあいだ、ただの線だったそれが、春になると急に椅子のように見えてくる。燕が戻ってくるために用意された、見えない客席。


空は高く、どこか間延びしている。雲が薄く引き伸ばされ、青が透けている。その広がりが、まだ使われていない空間のように感じられる。春の初めの空は、予定表の空白ページに似ている。何かが書き込まれるのを待ちながら、何も書かれていない。


子どもの頃、燕は春の公式キャラクターのような存在だった。巣を作り、雛が鳴き、家の軒先が少しだけ騒がしくなる。騒がしさは、生活に混じる季節の証明で、少しだけ迷惑で、少しだけ嬉しいものだった。


今年はまだ燕を見ていない。それでも電線を見るたびに、そこに黒い影が並ぶ未来を想像する。燕は暦よりも確実に季節を運んでくる存在だ。ニュースよりも、SNSよりも、ずっと正確な季節センサー。


空席の電線は、人間関係の余白にも似ている。誰かが来るかもしれない場所、来ないかもしれない場所。予定を入れるには早すぎ、忘れるには惜しい空間。春はいつも、そうした余白を増やす。


風が吹き、電線がわずかに揺れる。誰も座っていないのに、そこにはすでに重さがあるように見える。未来の重さ、記憶の予告編。燕が来る前から、季節は彼らの席を確保している。


夕方になると、空の青が少しだけ薄くなる。夕焼けにはまだ遠く、昼でも夜でもない時間。燕が帰ってくる前の空は、舞台が開演前の静けさに包まれているようだ。役者はまだ現れないが、照明はすでに点いている。


燕の帰還を待つ空とは、季節が具体化する直前の余白。私は今日、その誰も座らない電線を見上げながら、自分の予定表に空いたままの白紙の時間に、どんな燕が戻ってくるのかを、まだ決めずに眺めていた。

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