表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空気のなかの自我  作者: 設楽七央


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

249/291

濡れた土の呼吸に耳を澄ませて

雨上がりの午後、空気がいつもより深く感じられた。吸い込むたびに、肺が地面とつながっているような錯覚がある。アスファルトの隙間から立ち上る、濡れた土の匂い。都市の下に隠れていた大地が、ほんの少しだけ顔を出した気配。


雨が降ったあとの土は、生き物のように呼吸をする。水を含み、温度を変え、匂いを放つ。その変化は視覚では捉えられないのに、嗅覚だけが正確に報告してくる。地面が、今ここにあると主張している。


子どもの頃、雨上がりに長靴で水たまりを踏み抜くのが好きだった。跳ね返る水、ぬかるむ泥、靴底に絡みつく重さ。それらすべてが、地面が柔らかくなった証拠だった。乾いた地面は拒絶するが、濡れた地面は受け入れる。足跡が残るという事実が、世界に触れた実感をくれた。


街路樹の根元を見ると、土が少し盛り上がっている。雨を吸って膨らんだ大地が、木の根と会話しているようだ。根は地面の内部にあり、幹は空に伸びる。その接続点である土は、空と地下の仲介者。濡れた土は、その仲介者が活動を再開した合図でもある。


通り過ぎる車が、まだ濡れた道路を走り、微細な水しぶきを上げる。その音が、遠くで小さく鳴る。乾いた道では決して生まれない音。濡れることで初めて発生する現象は、どこか祝祭的だ。


濡れた土の匂いは、なぜか安心感を伴う。大地が機能しているという証明だからだろうか。乾燥した世界は、どこか死んでいるように感じられる。水を含み、匂いを放つ地面は、まだ世界が循環していると教えてくれる。


雨上がりの雲は低く、空が近い。雲の裏側に太陽があることを想像しながら歩く。地面が濡れ、空が低く、間に挟まれた人間は、上下から包囲されている。それでも息ができるという事実が、不思議でならない。


濡れた土の呼吸とは、世界がまだ生きているという微かな証明。私は今日、その匂いに包まれながら、自分の内部の土壌もまた、雨を受けて柔らかくなり、新しい根を伸ばす準備をしていることを、言葉にせずに確かめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ