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空気のなかの自我  作者: 設楽七央


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桃の花の影に隠れて

昨日まで飾られていた雛人形を片づけた部屋は、どこか急に現実的になった。祝祭の布を剥がされた日常の輪郭が、妙にくっきりしている。机の上に残された桃の枝だけが、まだ祭りの余韻を留めていた。


桃の花は、桜よりも濃く、梅よりも柔らかい色をしている。子どものころはただ「女の子の花」だと思っていたけれど、今は少し違う印象を持つ。あの色は、無垢でも成熟でもない、中間の時間の色だ。何かが始まり、まだ形になりきっていない段階の、危うい色。


窓から差し込む光が、花弁を通して床に影を落とす。淡い影は、花の形を正確には写さず、ただ「花だった痕跡」のように揺れている。影は本体よりも控えめで、存在よりも記憶に近い。人はいつも、現実よりも影や記憶のほうを長く抱えて生きるのかもしれない。


子どもの頃、桃の花の下で写真を撮った。母は「女の子らしく」と言って、薄いピンクの服を着せた。あの写真の中の私は、花よりも花らしい色をしている。誰かの期待に合わせて塗られた色。それが自分の本当の色なのかどうか、考える余裕もなかった。


桃の花はすぐに散る。豪奢でもなく、誇示するわけでもなく、ただ季節の中間地点でひっそりと役割を終える。けれど、その影はしばらく部屋に残る。枯れてもなお、花だったことを主張するかのように、床に淡い模様を落とし続ける。


影を見つめていると、花そのものよりも影のほうが現実的に思えてくる。形だけが残り、色も香りも消えた状態。人の記憶も、似たようなものだ。出来事そのものよりも、影だけが長く残り、その影に意味を与えながら生きていく。


桃の花の影とは、祝祭のあとに残る感情の輪郭。私は今日、その淡い影を踏まないように歩きながら、誰かに与えられた色ではなく、自分の影の形を、静かに確かめていた。

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