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空気のなかの自我  作者: 設楽七央


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雛人形のまなざしに見送られて

部屋の隅に置かれた雛人形を、今年も遅れて飾った。段飾りではなく、男雛と女雛だけを並べた簡素なもの。それでも、畳の上に置いた途端、部屋の空気が少しだけ格式張る。人形はただの陶器と布の集合体なのに、視線のようなものをこちらに向けてくる。


男雛の視線は遠くを見ている。女雛は、どこか伏し目がちで、笑っているのか、沈黙しているのかわからない。人形の顔というのは不思議で、作られた表情なのに、見る側の感情をそのまま映し返してくる。今日は少し疲れているのか、女雛のまなざしがやけに物悲しく見えた。


子どもの頃、雛人形は少し怖かった。夜になると勝手に動き出すのではないかと、本気で心配していた。昼間は華やかな祭りの象徴なのに、暗闇では無言の観客に変わる。その二面性が、人形という存在の本質なのだと思う。祝福と監視の境目に立っている。


菱餅の緑、白、桃色が、低い机の上に並ぶ。色の順番には意味があると教えられたけれど、幼いころはただ「可愛い色の餅」として口に運んでいた。今は、その色が季節の階層図のように見える。冬の雪、春の芽、桃の花。ひとつの皿の上に、季節の移行が凝縮されている。


雛人形は、女の子の成長を願うためのものだと聞いて育った。けれど、何が「成長」なのかは誰も教えてくれなかった。大人になること、結婚すること、母になること。それらのモデルが、いつの間にか人形の後ろに重ねられていた。男雛と女雛が並んで座る姿は、幸福のテンプレートのようでもあり、静かな圧力の象徴のようでもある。


女雛の袖は長く、豪奢で、自由に動けそうにない。けれど、その顔は穏やかで、どこか諦観を含んでいる。もし彼女に意思があるなら、この段飾りの世界をどう思っているのだろう。祝福されるために座らされているのか、それとも自分の役割を理解しているのか。


夜になり、灯りを落とすと、雛人形の輪郭だけが浮かび上がる。昼とは違う顔をしている。祝祭の象徴から、沈黙の証人へと変わる瞬間。人形は動かないのに、意味だけが変わる。その変化が、季節の儀式というものの不思議さを教えてくれる。


雛人形のまなざしとは、祝われる側であることと、祝福の枠に収められることの境界線。私は今日、その視線の前に座りながら、自分がどんな雛で、どんな段に置かれてきたのかを、静かに数え直していた。

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