86話 トレーニングを開始しますけど?
「先ずは皆んな、先程は挑発的な態度を取って申し訳無かった」
あの後、メアリーも含めて『S.W.A』のお歴々をスポチャンで完膚なきまでボコボコにした俺。
流石に最初の態度は余りに酷かったので、頭を下げて謝った。
「…キライ…ミュイはアンタの事ムカつくからキライ…」
「うん、それは仕方ない。
ムカつく態度を取ったのは確かだから、直ぐに許されるとは思ってない。
だが、ミュイとベイツ、それとピザデフ。
君らにはまだ不足しているモノがある。
それを補う為に、君達前衛の3人はこれから俺と雪乃ちゃんがやるトレーニングを行ってくれ」
俺はミュイに睨まれながらも雪乃ちゃんに目で合図を送り、片方が魔物役をして、攻撃の初動を視界に入れた瞬間に避けるトレーニングを行う。
「コレはTGTグランド・フラワーアリーナダンジョンの道中に出て来る中でも特に厄介な、シャドウの攻撃を躱す訓練だ。
雪乃ちゃんも俺もシャドウの攻撃パターンと予備動作や初動を研究済みだから、ほぼ同じ動作をして来ると思ってくれて良い。
盾役のピザデフは攻撃の初動に応じて盾を構える動作をしてくれ」
「おいおい、マジかよ…
動き出しがハンパ無く速いぞ…」
「ああ、ユキノはタイミングをズラして攻撃しているのに、綺麗に躱しやがる…
ユーキは化け物か?」
「……ペッ!一々目線を交わして微笑み合ってるのウザい」
俺達の訓練を見て驚いた様子の2名と床に唾を吐く1名…
ミュイは俺の事が相当嫌いらしい。
一通りやった所で、雪乃ちゃんが補足説明をする。
「シャドウは手首から先を手斧のような形状にして攻撃したり、指の爪を突き立てるような貫手で攻撃して来ます。
基本的には振り下ろし、横薙ぎ、貫手の3パターンで、偶に額の先に角を作って頭から突っ込む攻撃もしますが、コレは予備動作が大き過ぎるので、SSランクの皆さんでしたら問題無く対処出来るでしょう。
なので、基本の3パターンに対する反応速度を上げる訓練をします」
雪乃ちゃんの言葉に真剣に頷く3人。
シャドウは全身真っ黒な人型魔物で動きは単純だが、スピードとパワーはAランク魔物の中でも高い。
道中魔物との戦闘で、コイツを相手にして命を落とす冒険者が圧倒的に多い。
そんな訳で、俺と雪乃ちゃんはシャドウ役になって攻撃をして、3人が交代で初動に反応する訓練をしたのだが…
「ふぇぇぇえん!!ズルいぃぃい!
ユーキはミュイの時だけ速く攻撃する!」
ミュイが床に転がって、手足をジタバタさせている。
ミニスカで暴れたら、色々と見えてしまうのでやめてもらいたい。
って言うか、ミュイは目付きが鋭くて無表情なので、クール系オタ女子かと思っていたが、とても子供っぽい。
まるで家の中で自転車に乗りたいとダダをこねる桐斗並みに子供っぽい。
「そりゃそうだろ。
ミュイはベイツとピザデフよりも反応速度が上だ。
近接戦闘のセンスが高いミュイには、本物のシャドウよりも速い速度で攻撃をしている。
早く立ち上がって訓練を続けるぞ」
「……ん。そう言う理由なら許す…」
俺の言葉の何処が気に入ったのかは不明だが、ミュイは暴れるのを辞めてクールモードへと戻った。
その後、集中力を高めたミュイは、10分程でワンランク上の攻撃を躱し切れるようになっていた。
流石はSSランクの遊撃役だな。
◆◇◆◇◆
《メアリー・J・ブラッドリー視点》
「…凄い……『ガチ勢』はいつもこんな激しい訓練をしているの?」
私は前衛組が行っている訓練を見て、思わず一緒に見ていたアヤネ・ヒイラギに尋ねた。
「え?アレはまだ序の口ですわ。
本来は攻撃を躱したら、即反撃までセットで行うんですの。
しかも、理想的な反撃が身につくまで同じ動作を1時間以上繰り返してますのよ?
恐らく3日後にダンジョンアタックを控えているから、軽めの調整だと思いますわ」
アヤネの言葉を聞いて愕然とした。
アレで序の口?
そもそも、魔物の攻撃を初動で見切って躱すというのは容易な事では無い。
スキルも使わずに対処するなど、無茶も良い所である。
「ミュイ!上手く躱せるようになったら、躱した後の体勢に注意を払ってみろ!
もっと足のスタンスをグッと!こう、地面をギュッとだ!
直ぐに攻撃に移れる体勢を意識するんだ!」
「……クッ…うるさい。黙れ」
そして、そんな無茶な訓練にいち早く順応したのがミュイだ。
ユーキの出鱈目なスピードの攻撃まで躱せるようになっている。
恐らく、ユーキの教え方が天才肌のミュイには合っているのだろう。
口では反抗しながらも、回を追う毎に躱した後にバランスを崩す事が少なくなっている。
「ベイツさん、今の感じです!
今の感覚を忘れないように、横薙ぎに振るう時の一瞬の動作を見た瞬間、バックステップをする練習を繰り返してみましょう」
「ああ。漸く感覚が分かって来たよ。
ありがとう、ユキノ」
ベイツの方も仮想シャドウの攻撃を躱せるようになって来たみたい。
雪乃は明確に言語化して教えているから、ベイツとの相性が良いみたいね。
ピザデフは……
ダメだわ……
アイツ、ニヤニヤしながらユキノのオッパイを見てる…。あのピザ太りハゲはホントに…。
「ああ。この後は後衛の訓練だと思いますが、最初は吐くと思いますので、ゴミ袋を用意しておく事をお勧め致しますわ」
私がスケベ野郎に呆れていると、アヤネが物騒な事を言って来た。
私の耳が確かなら、最初は吐くと言った。
後衛の訓練で何故?
「そのお顔は私の言葉を疑っておいでのようですわね?
後衛がする訓練も基本的に今と同じですわ」
「は!?どういう事?
後衛が近接戦闘の防御訓練なんて、する意味があるのですか?」
私は思わず強い口調で聞いてしまった。
「あ、厳密に言うと攻撃を躱すのでは無くて、突っ込んで来るユーキ様やユキノさんから一定の距離を保ち続ける訓練ですわね」
何だろう?アヤネの言葉は俄かには信じ難い内容だけど、とても嫌な予感がするわ…
私は同じく後衛で支援役のオリビアに声をかけて、彼女のアドバイス通りゴミ袋を用意した……
……そして、アヤネの言った通り、訓練途中で嘔吐したのだった……
◆◇◆◇◆
《ミュイレラ・イヴァンチェノバ視点》
激しい訓練を終えた……ユーキの事は大嫌いだけど、言っている事は良く理解できるし、とても分かり易く指導してくれた。
でも、何かキライだ。
ユキノと偶にイチャイチャするのが鼻に付く。
そうか!アイツがイケメンでリア充だから嫌いなんだ!
その点、ベイツは良い。
優しいのに恋下手で、直ぐに女の子にフラれる。
顔は整っているから可愛い女の子がたくさん寄って来るのに、何故かベイツは自分に興味が無さそうな女の子に猛アタックをしてフラれるのだ。
見ていて心地が良い。
そんな事を考えながら、後衛の訓練で涙を流してゲロを吐くメアリーとオリビアを見ていると、小さな男の子がとてとてと歩いて来た。
何だろう?ハウスキーパーが息子さんを連れて来たのか?
ミュイが少年に目を落とすと、少年はミュイの前で立ち止まった。
「“おねぃたん、にゃんにゃんのおみみちゅいてりゅ!おねぃたん、にゃんにゃんれしょ?”」
何!?この超絶可愛い生き物!?
何を言ってるのか分からないけど、ぱっちりとした綺麗な目で見上げて来て、辿々しく話しかけて来るこの少年は可愛さの塊と言っていい!
ミュイは少年と会話が出来るように、ユーキが付けている翻訳魔導具のペンダントを引ったくり、少年に付けてあげた。
ユーキの方はもう大丈夫だ。アイツは知力値がかなり高いから、魔導具を付けて会話した事で、大体の会話は出来るようになっているはず。
「少年、可愛い…。
名前は?」
「あ!にゃんにゃんおねぃたんがちゃべった!!
ボクねぇ、キリト!」
「…ふぅん…キリト…ね…
ミュイはミュイっていう名前」
「むいねぃたんらね!」
「ムイじゃなくてミュイ…まぁ、いい…
キリトは可愛いから、特別にミュイの弟にしてあげる」
「わぁい!ボク、おねぃたんがれきたぁ!
むいねぃたん、ボクがじてんちゃブンブンちてるとこみてぇ!」
はぅぅ……可愛い……可愛すぎる……。
コレが新手のダンジョンの罠でも構わない。
キリトの誘惑に抗えっこない。
ミュイは天使のような笑顔を浮かべるキリトを抱っこして、キリトが自転車の練習をしているという庭先へと向かうのだった。
因みに、ユーキは急に英語がボロクソになったらしく、後でメアリーにこっ酷く怒られた。
でも、ミュイは気にしない。
天使な弟と至福の時間を堪能したのだから…良し、今晩はキリトと一緒に寝る!