85話 神城雄貴を嫌いなヤツ
《ミュイレラ・イヴァンチェノバ視点》
ミュイの本名はミュイレラ・イヴァンチェノバ。
ママと妹からはミュイと呼ばれている。
今はLAのビバリーヒルズの豪邸に、『S.W.A』のメンバーと一緒に住んでいて、かなり優雅な生活を送っている。
カリフォルニアのコンプトンという治安の悪い街に産まれたミュイは、今の暮らしからは想像もつかない程貧困に喘いでいた。
パパはミュイが7歳の頃に地元のギャングからドラッグをくすねたとかで、ママとミュイと3歳下の妹・ターニャを置いて何処かへ逃げてしまった……
ママはパパがくすねたドラッグのお金をギャングに返す為、コールガールのような事をしていたらしい。
当然、ママが体を売って稼いだお金は上前と借金でギャング共に毟り取られて、ミュイ達の暮らしは日々の食事もままならなかった。
コンプトンは貧困層が多く、子供が犯罪に手を染める事は珍しくない。
ミュイはママとターニャと一緒に毎日お腹いっぱいご飯が食べたかった。
特にママは自分の食事を抜いてまでミュイとターニャを食べさせていたので、日に日に痩せ細っていた。
だから、ミュイは盗みを働く事に何の躊躇いも無かった。
ミュイは走るのが得意で、近所の子供達の中でもかけっこはダントツに速かった。
誰かから鞄を引ったくって逃げれば、大人でも追いつけない。
そんな馬鹿な事を当時のミュイは思っていたのだ。
最初に盗んだのは、しっかりとした仕立てのスーツを着た中年男のビジネスバッグ。
中年男が地面に鞄を置いてメモを取りながら誰かと話しているのを見て、置いてあった鞄を抱えて猛ダッシュした。
地元の人間じゃないと迷うであろう、入り組んだ路地裏を夢中で駆け抜けた。
タチの悪い事に、最初の盗みは成功した……
大成功だった……
鞄には長財布が入っていて、100ドル紙幣が20枚も入っていたのだ。
最初に美味しい思いをして、盗みを辞められる訳がない。
その後もミュイはママとターニャにご飯を食べさせたくて、引ったくりを続けた。
7回目の盗みで、その時は訪れた。
鞄を抱えて逃亡している時に、横道から現れたギャングに捕まってしまったのだ。
ギャングの男はまだ子供だったミュイを地面に押さえ込んで、犯そうと服を剥ぎ取り始めた。
「俺らの縄張りを荒らしたお前にお仕置きだ」
いやらしい笑みを浮かべた黒人の男は、そのままミュイにいやらしい事をしようとして…
ゴンッ!
鈍い音がしたと思ったら、男が白眼を剥いて覆い被さってきた。
ミュイが恐怖でパニックになっていると、白眼を剥いた男の体が引き剥がされた。
「ったく!ガキに手を出すとか頭イカれてんのか!?」
苛立ったように言葉を吐き捨てたのは、高校生くらいの男の人。
彼こそが後に『S.W.A』の剣士となる、ベイツ・ストラドリンだった。
「怖かったよな……もう大丈夫だから……
おっと、俺の汚いジャケットで悪いが我慢してくれ」
優しく微笑んだベイツは、着ていたレザーのジャケットを脱いで、服がビリビリに破れているミュイの肩にかけてくれた。
家族以外の人から初めて優しくされて戸惑ったけれど、何故だかとても嬉しい気分になった。
それ以来、ベイツはミュイの家族を気にかけてくれて、食べ物を差し入れしてくれたり、ミュイとターニャに読み書きを教えてくれるようになった。
あの時からミュイは盗みをしなくなった。
別にベイツに止められた訳じゃない。
自分でも良く分からないけど、困った人を放っておけないベイツのような人になりたかったんだと思う。
その翌年、世界にダンジョンが出現した。
ベイツは働いていたバーガーショップを辞めて、危険な探索者になった。
何故そんな危ない仕事をするのか理由を聞くと……
「ダンジョンから魔物が溢れて民間人を襲ったニュースを見たからな。
このコンプトンにもダンジョンがある。皆んなの為に体を張りたいんだ」
……何とも彼らしい答えが返って来た。
そして、ミュイもいつの間にかベイツのような探索者になりたいと思うようになった。
12歳の誕生日に探索者登録に行って、無事に探索者になると、ベイツが自分達のパーティーに入らないかとミュイを誘って来た。
そう、それが『S.W.A』だったのだ。
ベイツはミュイに、人として正しく生きるという事を教えてくれた。
探索者として大事な事を幾つも教えてくれた。
大金を稼げるようになったので、ママとターニャの為にマイアミに大きなお家を建ててあげる事が出来た。
これもベイツのおかげ。
いつか、ベイツにこれ迄の恩を返したい……
そんな思いを秘めながら、ミュイは精一杯探索者として努力を重ねて来たのだ……が……
ーーーーーーーーーーーー
「……!!」
目の前でベイツが日本人に脚を払われて転倒した。
しかも2回も!
あの日本人……ふざけた真似をしてくれる……
ミュイはクソったれ日本人を殺そうと、ジャージの内側に仕込んでいるナイフを力一杯投げ付けた。
パシリ!
日本人はいつの間にかナイフを掴んでいた。しかも、持ち手を握っている。
「君、今のが不意打ちのつもりなら、相当ぬるいぞ?
予備動作、初動、スローイングの動作の全てが大きい。
投げる時に足を踏み出すのも頂けない。
不意打ちならこうしないと」
ヤツがムカつく言葉を吐いた瞬間、何かが恐ろしい速さで飛んで来て、ミュイのおでこにぶつかった。
床を跳ねているピンポン球を見て、それがミュイのおでこを弾いたモノだった事に気付いた。
いつ投げた!?全く見えなかった!
今や探索者のトップのSSランクに登り詰めたこのミュイが!!
この男…ユーキ・カミシロの事は先日のBランクダンジョン完全攻略の配信を見て知っている。
ユーキは恐らくレベル180代だろう。
あの配信での全体的な動きからステータスはレベル182〜186と同等程度だと思う。
ただ、所々レベルでは測れないようなイカサマみたいな動きがあったので絶対では無いが。
レベル319のミュイよりも絶対に低いし、トップスピードだけ切り取ったらミュイの方が絶対に速い。
なのに、戦闘時のユーキの動きがまるで分からなかった。
気付いたら、魔物の攻撃を躱して反撃を終えている。
ユーキの迷言に、『探索者はどいつもこいつも体捌きがど素人』という言葉がある。
ミュイは今までその言葉を馬鹿の戯言だと思っていたし、偶に見せるイカサマ的な戦闘も何か特殊なスキルを持っていて、その効果で目にも止まらない速さで動けるのだと思っていた。
でもそれらは間違いだった。
この男は動作に全く無駄が無い……
成る程、口先だけのハンパな男では無いらしい………でもムカつく!
ミュイは動作が大きくならないように気をつけて、2投目のナイフを投げた。
勿論、ユーキを殺すつもりで……
……そしてまたキャッチされた……
「ハイ遅いぃいい!動作も見え見えぇぇえ!
小学生でもキャッチ出来るぅぅう!
ザコ!お前、マジでザコ!」
グググッ…こ、このクソ日本人…今何て言った?
このミュイを…先月初めてベイツに強いと認めて貰えたこのミュイを……ザ、ザコだと……?
腹が立ち過ぎて涙が出て来た。
殺すつもりで投げたナイフを軽々と掴まれては、ヤツの言葉に反論する事が出来ない。
ミュイは遂に感情が抑えられなくなって泣いた…周りが引くほどギャン泣きしたのだった……
ダメだ……ミュイはこの日本人がキライだ……




