一時避難
結局、私達はハイサムの手引きで牢を出た。
手引きと言っても、彼の勧めで脱獄したって話じゃない。私もジュートもファイサルさんもきちんと立場ある人間なので、それに見合った待遇へ変えてもらっただけ。
勿論、シャハブだけ置き去りにするような真似もしない。
と言うか、ハイサム的にはこっちがメイン。
「確かに、薄暗い牢で輝くシャハブ様はとても美しいものでした。翼を休める事、爪を研ぐことは大事です。しかし、偉人にはそれに相応しい場所と言うものがあるでしょう。あのまま牢に置いておくことなど大罪です!」
などと語っていたので放っておく。
私としては二、三日であればと思っていたものの、彼が集めた情報によると長引きそうだった。そうであるなら牢でくつろぐ趣味はないので言葉に甘えた。
どうも、私達を犯人にしようとする一派がいるらしい。少々過激なアスランさんのファンと獅子人至上主義者だとは思うけれど、もうその境は分からない。
「つまるところ、あいつは自分にとって都合のいい事ばかりささやく連中に囲まれる状況を選んだ訳だ」
そう言って呆れるのはアスラン兄。
国主死亡で後継者を巡って国が割れる中、私達が安全に滞在できる場所としてハイサムが選んだのがアスラン兄のお屋敷だった。無罪放免になった訳ではないので監視は必要で、偏向主義者達に渡さないよう考えればここか狩人協会しかない。
狩人協会は中立で、国政と距離を置くあそこにいたのでは捜査の情報が手に入らない。ハイサムの判断を攻める気はなかった。
「ほれ」
出すもの出せ――と差し出してくる手を払いのける必要がある点を除いて。
「ハイサムから十分な滞在費を受け取っているのでしょう? 私達からまで巻き上げようとしないでください」
「ちっ……」
取れそうなところからはどこまでも徴収しようとする姿勢には呆れる。逆に言えば、お金さえ払えば父親の仇かもしれない私達を匿えるのだから徹底している。
「しかし、良いのですか? 犯人と考えられる人間が私達しかいない状況で匿えば、国主殺害に加担したのではないかと支持を下げるのでは?」
「言いたい奴には言わせておけばいい。アスランが国を継ごうと思えば、あいつの不足を補える俺様を補佐に就ける事が前提だ。それを命じられる親父が死んだ以上、どれだけ周りが騒ごうとあいつが国主となれる目はなくなった」
「アスランさんを担ぐ勢力に意味はないと?」
「ああ、現実を見ていない夢想家共の集まりだ。どんなに推そうとあの中に政治ができる者はおらず、政務に関わる者達は頷かない。気持ち的に面白くないと思っている奴くらいはいるだろうがな」
なるほど、道理ではある。アウフ氏がいなくなってしまった状況で、彼が進んで補佐に回る理由もない。
住人の意見を完全に無視できる訳でもないけれど、選挙で政治に参加できる社会でもないから。
「それに、俺様はお前達が犯人でないと知っているからな」
「そう……なのですか?」
「ああ、俺様が会いに行った時点で親父は死んでいた。その後に来たお前達に殺せる訳がない」
「はい⁉」
とんでもない事を言い出した。
「でも、貴方とアウフ氏の言い争いを聞いたとの証言が……」
「親子だからな。声真似くらいはできる」
「…………はあ⁉」
彼は風属性。似た声質に加えて魔法で音を加工すれば、アスランさんにも聞き分けられないほどの模倣が可能らしい。実際、国主の振りをして口頭の命令を偽装した事もあるのだとか。
魔法はあくまで補助で、声質が似た範囲の模倣しかできないそうだけど。
「派兵について詳細に詰めたいと呼び出しをもらってな。行ってみれば親父が死んでいた訳だから吃驚したよ」
「どうしてそこで通報しなかったのでしょう? 父親が誰かに殺されて、偽装を考えるより人を呼ぶのが先では?」
「だって、疑われるだろう? 弟の支持者共は喜んで俺様へ罪を押し付ける。それを晴らす自信もなかった。それなら、発見の通報は誰かに任せてしまった方がましだからな。それでお前さん達が拘束されるとまで思っていた訳ではないが」
つまり、国主を殺しそうだと周囲から思われていたって事になる。
殴っていいかな、この人。
「流石に俺様へ国主殺しの容疑が掛かれば、政務に関わる連中も俺様を見捨てる。国が傾くと分かっていても弟を推すしかないだろうさ」
「そのせいで真相が分かりにくくなっている訳ですが?」
「ああ、それで罪滅ぼしのためにお前さん達を匿い、真犯人確保に協力しようって訳だ。ありがたいだろう?」
平然と賄賂を要求した人物が何か言っている。
それに、善意でないのも知っている。本人が言う罪滅ぼしのため――でもないと思う。
これはあくまで国の都合。
エルフ打倒を掲げ、そのための中核戦力とされる私とシャハブを拘束したのでは、周囲の国から顰蹙を買う。先日までなら私の自己申告と狐人の証言だけの根拠だったものが、竜殺しが現実となったから余計に。
狩人協会経由で竜殺しの事実は各種族へ伝わっている筈だから、私へ向けられた期待は更に高まった。
国主殺しは重大な事件ではあるけれど、あくまでディルガーム内での事に過ぎない。長年渇望してきたエルフからの支配脱却と比べれば、大事の前の小事と扱われてしまう。住人達の不服も、アスランさん達家族の無念も、獣人全体の悲願と比べるとどうしても軽い。
たとえ私が犯人だったとしても、事故であった場合や情状酌量が認められる場合は十分な刑罰を与えられないと思う。最大でも国外追放、国主を殺した犯人に対する罰がそれでは、おそらく誰も納得しない。
それだけ、私は重要な立ち位置にいる。
当然、アスラン兄は国政に携わる人間としてその価値を無視できない。
だから、私達を保護する意思だけは信用してもいい。状況が悪くなったからと売られる心配もない。正直なところ、適当な偽の犯人を用意してでも幕を引きたいのが本音だと思う。
「そうなると、アウフ氏がいつまで生きていたのかが問題ですね。アスランさんにお茶を持ってきたと言う女性はどうでしょう? 現場にお茶の痕跡などありませんでしたから、回収に来た筈ですよね」
「弟を信奉するあの女がお前達を陥れるために仕組んだと? ……ないな」
「随分とはっきり否定されますね。貴方が入室した時点で事件が起きていたなら、かなり怪しい人物という事になりますけれど?」
「俺様もそう思った。だから、既に尋問済みだ」
「はい?」
「家族を人質にしてかなりきつめに尋問したからな。あれで嘘を吐き通せるような気質は持ち合わせていないだろう。あの女が審問官へ語った内容が全て、事件には無関係だ」
尋問後、女性は大人しく自主退職したと言う。
退職金は弾んだそうだけど、彼女が政務に関わる事は二度とない。
肉親を殺されて、手段を選んでいられる状況でもないとは言え、やっている事は完全に悪人のそれだった。
私、こちら側にいていいのかな?
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