竜の討伐後に待つものは……
竜は大きい。
とにかく大きい。前世の大型トレーラーでも運搬が難しいくらい。
一般的なトレーラーの最大積載量はおおよそ二十二トン程度。車軸を増やせばもう少し載せられるものの、重い=大きい……だから安定して運転できることを条件に厳しい制限があった。
対して竜の重量は四十トン前後、前世の陸上生物に比較対象となる存在はいない。竜の中でも大地竜は特に大きく、比べられるのは鯨くらい。シロナガスクジラとまでは言わないまでも、かなり大きめのザトウクジラ程度の重量がある。
そんな巨体が届けば何が起きるかと言うと、大掛かりな解体作業だった。
竜を郊外へ運び出し、大勢の狩人達が専門の道具で巨体を分割していく。鱗は一枚一枚剥がし、丁寧に皮を剥ぎ取り、関節を断ち切り、慎重に骨を抜き取り、ブロック状にした肉を水属性の術師が入念に凍らせ、爪や眼球、角と言った希少な部位を切り離し、原型はほとんど失われていった。
血も全て抜き取って特殊なインクや付与魔法の触媒に、骨は魔力を抜かないと砕けないからしばらく野晒しで乾燥させ、本当に余すところなく素材へ姿を変える。
狩人協会には専門の解体士がいるのだけれど、彼等に任せられるのはせいぜい大蜥蜴まで。
亜竜と比べても規模が違う巨体の解体には力自慢の狩人を結集させる他なかった。
あらゆる部位が硬くて作業は捗らない。内臓を傷つけないよう気を付けているのに、体皮に反して脆い臓器は自重で裂けて内容物を撒き散らす。大き過ぎると言うのはそれだけで難易度を跳ね上げるのだと知った。
相当大変そうな作業に、彼等に支給する剣と鎧は私が作ろうと決める。竜の素材に加えて魔導織の技術を使えば性能を大きく向上させられる。そのくらいでないと申し訳が立たない。
なお、サーリア支部長によると窃盗の心配は要らないとの事。
大型の魔物も討伐可能な実績ある人間だけを集めてある。もしも盗みを働こうものなら協会から除籍になって国からも追い出されるそうなのでそんな愚か者はいないとの話だった。
しかも――
「おーい、シャハブ君。足の筋肉を断ち切るのを手伝ってくれ。ボクの強化魔法ではまるで歯が立たない」
「はーい。血の入った容器を台車に乗せたら手伝いますね」
率先して働く中にはアスランさんとシャハブの姿もあった。
力量差を明確にしたからと、誰にも分け隔てなく接する好青年を見下すような性根をシャハブは持ち合わせていない。出会ったとき同様、正義感あふれるお兄さんとして慕って見える。
獅子人のNo.1とNo.2が揃った状況で、犯罪に走る馬鹿がいるとは思えない。逃げる前に足を凍らされるか、決死の全力疾走をジョギング感覚で回り込まれる未来しか見えなかった。
「シャハブに嫉妬したアスラン氏が自分の支持者を引き連れて排斥する……などと言った様子は見受けられませんでしたわね」
「うん、彼の性格なら新しい英雄を歓迎こそしても、追い出そうって発想にはならないと思っていたよ」
「こちらの思惑があったなどと考えようともせず進んで解体の協力を申し出てくれて、多少は思うところがありそうな狩人達との間に立ってくれて、シャハブの偉業が詐欺だと叫ぶ勢力からは庇ってくれて……、そんな人物を陥れたと心は痛みませんか?」
「…………若干」
悪意があった訳じゃない。それでも、私の都合で彼の圧倒的支持へ亀裂を入れた。盲目的な一部勢力は残っているにしても、狩猟が肉類中心の生活を支えている事から武力を重んじる傾向があるこの国で、最強の称号を取り払った。
貧民のために亜竜へ立ち向かった彼の献身的行動や、長年狩人として脅威を取り除いてきた実績、自主的に巡回を繰り返して悪党共から恐れられるようになった成果、そうして積み上げてきた英雄像を竜の一体で上書きした。
町で情報収集と世論操作を続けてくれているファイサルさんによると、僅か一日で彼を英雄と呼ぶ声が下火になっているらしい。
決して信頼が失われた訳ではない。
彼の国への献身、住人達の生活を守るための尽力は消えない。
それでも、いざと言う時に守ってもらえる。彼がいるなら魔物の脅威を殊更に恐れる必要はない……って期待は揺らいでしまった。
この国まで竜が迷い込む事はないにしても、亜竜なら?
それが大きな群れなら?
今その不安が現実になってしまったなら、住民達は間違いなくシャハブを頼ると思う。アスランさんのこれまでの実績を忘れる訳ではないだろうけれど、死んでなお凶悪だった竜の威容とそれを屠ったシャハブの雄姿には抗えない。
「もしかすると、国主となる未来も彼から奪ってしまったかもしれませんわ」
「熱狂的な支持も、一度冷静になればいろいろと足りない点も見えてくるだろうからね。お兄さんがアレだからそのまま支持が移るとは思えないけど」
「改めて判断される事になりますのね」
「うん。それでどちらを選ばれるかはこれからの彼次第かな」
シャハブは竜殺しの勇者と認められただけで、英雄の称号で呼ばれるようになった訳じゃない。そうした期待もあるかもだけど、あの子は国主の一族じゃないし、この国に残るつもりもない。
「一時的に興奮しているだけで、私達が去ってしばらくしたなら英雄への依存体制へ戻るかもね」
「あのアスアード氏なら竜の素材を使った都市機能向上を前面に押し出して、自分へ支持を集めるかもしれませんわよ?」
「かもね。人間性に難はあっても無能って訳じゃなさそうだし」
「どちらにしてもここから先は彼等の問題。派兵の言質さえ得られたなら、もう私達が関知するところではありませんわ」
ジュートが突き放すように冷たく言う。
これは彼女が冷酷なのではなく、ジュートなりの切り換え。
おそらく、アスランさんが連合国の指導者にまで推される未来はもう存在しない。戦功でシャハブを超える事態は決してなく、獅子英雄だからと盲信する環境は取り払った。
少なくとも、彼にあった可能性の一部は私達が潰した。
必要だったから。
一方的な都合の押し付けだとしても、私達にはそれをする必要があった。
だからって、私もジュートも良心へ何の痛痒も伝わっていない訳じゃない。それでも、そんな感情を表には出さない。きっとそんな資格もない。
もしも同じ状況にまた巡り合ったとしても、きっと私達は躊躇わない。
後悔だってしていないのに、申し訳ない事をしたと詫びる気持ちなんて湧いてくる筈もなかった。
「アスランさんがもう少し政治に前向きでいてくれたなら良かったのに……」
「あら? なかなか難しい事を言いますわね、スカーレット。文武両道なんて言葉と縁のない貴族が私達の国にどれほどいまして?」
「……そうだった」
それどころか、権利だけは主張するのに政治とすら無縁の貴族が珍しくない。
武力特化でありながら未来の侯爵夫人として社交も頑張るオーレリアや、侯爵として周辺領地に多大な影響力を持ちながら暴力癖の抜けないジュートの方がレアなだけだね。
「王国討つべしと唱えながら、帝都から出る気のない貴族にどれだけ苦労させられたか……」
「領地の危機には戦場へ立つのが義務の筈なのに、指揮を執られる方が迷惑な貴族ってやたらと多いよね」
「そんな前提を忘れているのですもの。それなのに自尊心と口先だけは一人前で」
「それを思えば、あれだけ持ち上げられても尊大にならないアスランさんって貴重かも」
「違いありませんわ。民の信用を集められるだけでも素晴らしい才能ですもの。帝国の貴族何人かと交換できないかしら……?」
日頃のジュートの苦労が窺えた。
アスランさんの台頭は今の私達にとって不都合だっただけなので、得難い人材である事は否定しない。そのせいか、交換のレートは一対一じゃなかった。
いち貴族の暴走で東部地方が大打撃を受けたばかりだしね。
「ところでジュート、貴女は解体を手伝いに行かないの?」
「……私、お肉を見るのは調理できる状態まで整えた後で十分ですわ」
オークを殴ってお腹を破裂させる事に躊躇いはなくても、皮を剝いだりお腹を割いたりは嫌らしい。原形を留めていないなら平気で、内臓そのままを受け付けないのかな?
彼女も貴族、お肉は調理した後でと言わなかっただけましだと思っておく。
「私よりスカーレットはどうですの? 魔道具の製作で魔物素材に慣れているのでは?」
「私も、素材は血や体液を洗い流してきちんと整形した後でいいかな。専門家の仕事を奪うのもよくないし」
「……なら、仕方ありませんわね」
「うん。血生臭い作業に不慣れなお嬢様が邪魔をしても悪いからね」
王国には大型種専門の解体業者が存在しているから、討伐、素材の活用は得意な私も、その中間は丸投げしている。竜どころか墳炎龍だってきちんと加工してくれたほどなので、私が手を出す余地自体残っていない。
そのおかげで、牙猪の心臓を見せられて食欲が減衰したのにスライスした後ならお肉としか思えなかった身勝手な私は、大変な解体作業と無縁でいられた。
領地へ戻れたなら彼等にもボーナスを出そうと決める。
そもそも私は、討伐も遠距離から魔法を撃つだけだからジュートと違ってスプラッタにも慣れていない。加えて元は日本の出身で、今世は良家のお嬢様。内臓を見るとしても魚まででいい。転生してからはその機会すらほとんどないし。
そんな訳で、私とジュートは離れた場所から解体を見学していた。竜の巨体をここまで運ぶって役目があったから無関係ではいられなかったけど、既に私の仕事は終えた。
血も内臓も枝肉すら苦手な私は燻製茶を飲みながら終わるのを待つ。ここまでは生臭さも届かず、距離があるならグロテスクさで吐き気を催す事もない。桜チップの燻香を楽しみながら現実から目を逸らす。
別に手伝えと言われた訳じゃない。小綺麗な格好をした私達に気を使って、狩人達は近付いても来ない。
それでも、私達が狩ってきた竜を解体しようと彼等が血塗れ、消化物塗れになっている状況には、アスランさんを陥れた件以上に良心の呵責を感じていた……。
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