竜殺しの英雄
アスラン兄との会見から三日。その日、ディルガームの町は騒然としていた。
門衛の驚愕から始まって、サーリア支部長が協会の前で凍り付き、大勢の狩人達が驚嘆の声を上げ、それを呼び水として話題が広がる。一人、一人と野次馬は増えていく。
人波が引く事はない。
誰もが初めて見る威容に興奮し、快挙を讃えた。
彼等の視線の先、魔法で浮かせた大きな架台の上には凶悪な竜の巨体が載る。
岩よりも硬い威光茶色の鱗、鉄をも噛み砕く鋭い牙、どんな防護も容易く引き裂く強靭な爪、あらゆる存在を薙ぎ払う剛強な四肢、純銀のように輝く見事なたてがみ、大地の支配者と呼ばれるのに相応しい重量感と風格。
しかし、その大地竜は息絶えていた。
南大陸において無敵の代名詞である筈の竜が、頑強である筈の爪を欠けさせ、鱗のあちこちを炭化させて失い、胸部に大きな穴を穿たれ、憤怒の形相のまま命を落としていた。
竜殺し。
南大陸では御伽噺にしか登場しない筈の偉業を一目見ようと、見物の獅子人は絶えることなく数を増やしていく。
ある者は無邪気に討伐を喜び、ある者は想像を超える威容に慄き、ある者はその素材が生み出すであろう価値へ期待し、ある者は鱗の一枚でも手に入れられないかと画策し、多くの者が現実となった伝説を驚きとともに迎えた。
実はこれ、私達にとって策略の一環。
異様に英雄視されるアスランさんの影響力を削ぎ、アスラン兄へ無駄なお金を支払わず、なるべく穏便にディルガーム軍の協力を得ようと練った作戦の一過程。
まず、予定を前倒しして竜を狩るべく私達はフィルママンで南へ飛んだ。
狩りつくす勢いで討伐するつもりはまだない。そこまでじっくり滞在の体制を整えて、選帝競儀の点数稼ぎをするほどの時間的余裕もない。あくまで交渉の下地作り、討伐済みの竜が一匹手に入ればいい。
そのための強行軍だった。
休憩も宿泊も全て省いて移動のみに時間を費やす事一日。
竜の捜索と討伐に一日。
……ジュートも挑戦してみたいと大地竜に挑んで、大地崩壊を引き起こす大咆哮を避けられず撤退した分の時間も含む。
そして帰路にもう一日。
かなり過密なスケジュールだった。マジックハンド魔法で架台ごと竜を持ち運びながら、そのまま意識を失ってしまいそうなほどに眠い。この巨体の運搬手段が他にあるなら、全てをお任せして宿に戻りたいほど疲れていた。
シャハブと警戒を交代しながら、それなりに寝ていたジュートが恨めしい。流石に、シャハブへ理不尽な私怨を向けるほど狭量ではないつもりだけれど。
それに、シャハブは既に活躍してくれている。
私が竜を討伐してみせても、この国では効果が薄い。この作戦は、彼がいなければ成立しなかったと言ってもいい。
だから、この大地竜を討伐したのもシャハブ一人の偉業。
そのくらいのポテンシャルはあるだろうと思っていたけれど、実際に任せてみると想定以上に危なげがなかった。火炎獅子状態で竜の巨体を翻弄し、振るわれる凶爪を弾き返し、大地を揺るがして岩盤をも砕く咆哮へ立ち向かい、堅牢な鱗と魔力の鎧で守られた竜の急所を撃ち貫いている。
私の知る限りでも、単独での竜討伐は四人目。ディルガーム中から称賛されるだけの奮闘だった。
そうして人目を集めた私達の計略は単純。
アスランさんの評判を落とせないなら、別の誰かを上げればいい。
幸いな事に、私達のパーティーにも獅子人がいた。私が討伐した竜をシャハブの成果として偽る必要もない。実力を疑うなら燃やしてあげられる。
「サーリア支部長、宣言した通りに竜を仕留めてまいりました。買い取ってもらえますか?」
「ええ、ええ……! 大変驚かせていただきました。前代未聞の高級素材、是非とも買い取らせてください。その角は、勇者の証として支部に飾らせていただきたいと思います!」
こんな事を言っているけれど、実のところ彼女とは出発前に打ち合わせ済み。だから協会支部へ立ち寄らず、街中で竜討伐を喧伝する事もできた。
一方で、驚いているのも本当だと思う。
本当に討伐できるのか?
実物を見るまで半信半疑だったに違いない。疑いが現実になった今だからこそ、シャハブを英雄として祭り上げる計画に迷いなく協力してくれている。台本に本物の驚嘆を加える事で、シャハブを讃える様子に真実味が増していた。
改めて狩りに行く予定があるので、今回は魔道具の素材として消費するより全てを売り払ってしまうつもりだった。牙に爪に鱗に骨、全てが一級品で、少し加工するだけでも腐食防止、耐性向上、硬度上昇効果を発揮する。ヒエミ大陸では、“竜が討伐できたなら、竜の襲撃に耐えられる街作りが可能になる”って慣用句があるくらい。意味としては、無い物ねだりに近い表現だけど。
ディルガーム中が素材の恩恵を受けるなら、竜討伐が事実であると嫌でも知る事になる。
それと私は好きではないけれど、この国では大蜥蜴や亜竜を食べる文化もあった。竜ともなればその上位食材として人気を集めるに違いない。買取金額の上乗せも期待できた。
「それならば、今回の獲物は全て狩人協会に売却しましょう。鱗一枚、血の一滴に至るまでこの国のために役立ててほしい」
「お任せください、シャハブ殿。伝説級の素材全てを活用してみせます。強靭な剣や堅固な鎧を仕立て、竜の生命力を建材の耐久力向上に、魔物の突撃にも揺らがない外壁に生かして、多くの住民に恩恵を届けましょう。シャハブ殿の活躍を皆が忘れないようにと!」
サーリアさんとのやり取りも、シャハブに任せていた。
折角竜殺しの威光を示しているのに、私が保護者面して出張ったのでは格好がつかない。シャハブは少し緊張しながらも堂々と、サーリア支部長はどこまで本気か分からない様子でシャハブを英雄視しながら人々の関心を掻き立てていた。
実は未成年で、狩人として登録できていない……なんて事実を公開するつもりはない。シャハブが精悍で才能豊かな若者であると言う事実だけがあればいい。
規定で狩人にはなれなくても、英雄となるのに年齢制限なんてないのだから。
こうしてシャハブを華々しく披露する一方で、ディルガームに残ったファイサルさんにとある噂を蒔いてもらっていた。
「知ってるか? もうすぐエルフと獣人の間で大きな激突があるらしい」
「勝利は間違いないぞ。何しろ、とんでもない助っ人がいるからな」
「エルフ共を追い出して、我等の時代が来るって訳だ。合戦で活躍すれば、新しい国の要人として向かい入れてもらえるかもしれないぜ」
「逆に言えば、ここで日和見に徹するなら新政府からは爪弾きにされるって訳だ」
この国で熊人だけでは説得力に欠けるので、サーリアさんが信頼する狩人達にも吹聴に協力してもらった。
特に嘘は言っていない。戦闘参加者だけで国づくりをする気がないだけで、活躍した獣人達を厚遇する用意はあった。決死で挑む以上、その覚悟には褒賞で応える。
これによって、軍や有志を参加させるべきだって機運は高まったと思う。
アスランさんを推す勢力は彼が連合国の王になる時が来たのだと期待したかもしれない。自分達の英雄が、戦地で最高の成果を上げると疑わない。
けれど、竜殺しを成し遂げたシャハブの登場で序列が塗り替わった。
竜討伐達成者と同じ戦場に立って、それでもアスランさんの方が戦果を挙げられる筈だと信じられる勢力は一部だけだと思う。獅子人の英雄が、南大陸全体の英雄となれる日は来ない。
アスラン兄が強気でいられたのは、派兵の対価で経済的に有利な立場が得られる事を前提にしている。
でも、私達は世論を塗り替えた。
私達に協力しなければ、ディルガームは名誉を失う。下手をすると今の立場すら怪しくなる。少なくとも、次の世代交代まで獅子人達の隆盛はない――と一般市民に植え付けた。
私達が頼み込んでディルガーム軍の協力を得る訳じゃない。獅子人の国の影響力を衰えさせないために、彼等が進んで兵を出す。
獅子人至上主義なんて歪んだ思想も、国益の前には考慮する価値もない。
無償で軍を派遣させようとまでは言わないまでも、少なくとも強気に交渉できる立場は崩した。
「ふふふふふ。これで、賄賂を積み上げろなんて寝言はもう言わせないよ」
「スカーレット……、相当腹に据えかねていたのですのね」
「当然! できるなら、あの丸い身体を転がしてやりたいくらいだったんだから」
「随分と毛嫌いしていらっしゃる事」
「あの人がきちんと為政者でもあったから尚更ね」
「ああ、なるほど……」
ジュートにも伝わっていたらしい。
これは私のプライドの問題ではなく、王国貴族ノースマーク伯爵としての面目の話。
全てが終わった後、私は戦勝国の人間として連合国の舵取りに関わる事となる。その時、一地方の後継者候補なんかに言い負かされた事実が残ってはいけない。貴族って立場を軽んじられたまま交渉のテーブルには着けない。
暴力に訴えたくらいで挽回できる不利でもない。だから、あの日は言われるままに耐えた。
「状況は変わったとせいぜい頭を抱えるといいよ、ふっふふー」
「余裕を見せてスカーレットに考える時間を与えたのが失敗だったのでしょうね。それはそれとして、自分達の英雄が否定されたと意固地になる者もいるのではなくて? 人の心は理性的にばかり働く訳ではありませんわ」
「うん、それは分かってる。どうせ後二日でハイサムとの約束の日だし、それで反応がないなら協力は諦めるかな。国の名声より英雄を選んだとしても、それは彼等の選択だろうから」
見限るとも言う。
自分達こそが優れている。アスランさんだけが英雄だと狭い世界で言い張り続けるのなら、新しい国には必要ない勢力だとも思う。
どちらにしても果報は寝て待て。できる限りの事はやった。
とにかく今はホントに寝たいです……。
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