閑話 南大陸への意志
敵船団迎撃作戦の戦果は、一隻炎上、一隻沈没で終わりました。
炎上した方は龍炎灰燼咆が船体を掠めた形で、最大出力にした熱線の効果範囲を敵指揮官が読み違えた結果でしょう。こちらとしても、想定していたものではありませんでした。
「そうなると、ミノっちゃんの特攻で沈められたのは一隻だけですか。意外と命中しないものなんですね」
もっと華々しい報告が届くものだと期待していたらしいキャシーががっかりした様子でスープを口に運びます。
彼女のおかしな呼称については、今更誰も指摘しません。
「ヒエミ大陸の船と違って、エルフ船は航空戦力への対抗武器をしっかり搭載していますからね。機銃の弾に当たれば軌道が逸れますし、当たり所によっては一発で撃墜される事態もあり得ます。向こうも必死で抵抗している状況で、狙ってミノーを直撃させるのは難しかったみたいですね」
「ぱぺっ君の……、ぱぺっ君の視界の問題もあったのかもしれません。映写晶で取得した画像を魔力波で飛ばして操者へ伝えますが、本来の視界と比べて誤差が生じます。大きさが違いますから」
「そう言えば、少し違和感がありましたね」
メドゥ沃龍討伐に向かったレティを応援しようとぱぺっ君を操作した時の事を思い出して答えます。
「人形を……、人形を歩かせるだけならその程度で済みますが、高速で飛行しながらミノーをエルフ船へぶつけるには無視できない距離差となったとも考えられます。……勿論、有人突撃にするべきだったとは言いませんが」
僅か数ミリ、僅か一度、操縦者にとっての感覚としては微小でも、大空を飛ぶミノーからすると致命的なズレが生じていたと言うのは納得できます。銃弾飛び交う敵船団上空を飛ぶとなれば尚更でしょう。
作戦実行前に演習くらいは行なった筈ですが、実戦でなければ見えない欠陥と言うのもあるものです。
「映写晶と実映像のズレですか。魔力波で取得した映像に手を加えれば補正できそうな気もしますけど……」
「キャスリーン様、それはミノー操者一人ずつに合わせて調整するという事ではありませんか? 使い捨てが前提の作戦にそこまで手間をかけては、流石に採算が合いません」
「あ。……それもそうですね」
キャシーは咄嗟に対応策を思いついたようですが、ウォズの指摘であっさり考えを引っ込めます。また彼女が数字しか口にしなくなる未来しか見えませんから、実行に移そうとは思えませんでした。
もっとも、本人にあの状態の記憶はほとんど残っていないそうなので、あまり自覚もないようですが。
私達は一日の業務を終え、皆で夕食を摂っています。
私はエルフ船の動き次第でまた駆り出されるかもしれませんし、ウォズは出かけている場合も多く、最近はノーラも聖地へ入り浸りで出席率が下がっています。
それでも、こうして自発的に交流の機会を作っておかないとレティと一緒に私達の繋がりも消えてしまいそうで、夕食だけでも時間を調整していました。
報告会、と言う目的もありますけれど。
「キャシー、魔法で存在を偽装した物体を探せる魔道具って作れますか?」
「どんな魔法かにもよりますけど……もしかして、上陸したエルフの船を捜索する話ですか?」
「ええ、船自体はすぐに発見できました。魔法は視覚を誤魔化すだけのもので接近すれば解除も容易なのですが、今後も同じ方法を使って敵兵を送り込んでくる危険が考えられます。その監視のためにも、海上で姿を消している船を看破する手段が欲しいのです」
「それなら……、それなら私が担当します、オーレリア様。おそらく既存の魔道具を改造するだけで済みますから」
マーシャの申し出はありがたいものでした。今日も他へ目移りしていたキャシーには、弾丸列車の完成を急いでもらいたいと思います。
「弾丸列車はどのくらいで実用に漕ぎつけられそうですか?」
「人を乗せないなら今すぐでも発射可能ですが、安全確保のためにはもう二週間は欲しいところです」
本来の計画ではもっと試験運用を重ねる予定でした。レティが監督していた時点で海上への発射しか実施していませんでしたので、地上への着陸を想定した試験飛行が必要だったのです。
私達が乗るのに、安全面に不安があったのでは作戦を実行に移せません。
それでも東西の大陸からの情報が得られない以上、南大陸に希望を託すしかないでしょう。アルブウェルグ連合国は既に敵地、かなり危険な賭けではありますが。
「それまでに、かなり予定を詰め込んで五度の試験飛行を行う予定です。それ以上の短縮は無理だと思ってください。その代わり、試験期間の延長はないよう頑張りますから」
そのために睡眠時間を削っているキャシーです。これ以上急かそうとは思えませんでした。
今日のような目移りも、息抜きなのだと思っておきます。
本来なら試験ごとに問題点を洗い出して次の準備に反映させるところを、次回用の調整と洗い出し作業を並行して行なっています。それで作業員への指示出しのために、設計の変更や指示書の作成、概要のまとめと彼女の負担が増えているのでした。
いつもなら完成を心待ちにして気が急いていても、現場に無理はさせられないと避けている事です。
「それでは、次の飛来は二日後だと皇国側へ通達しておきますね」
「お願いします、ウォズ。やっぱり向こうの権威と面識があるのは助かりますね」
「バルト元侯爵も、貴重な実験に関わる機会が得られて喜んでおられましたよ。機会があるならキャスリーン様ともゆっくりお話ししてみたいそうです」
「え゛……、侯爵様があたしなんかと⁉」
子爵になって少しは上級貴族拒否症も解消されたかと思いましたが、苦手意識は相変わらずのようです。
「元、侯爵です。それに、随分前に爵位を放り出してお仲間と一緒に研究三昧のお爺さんですから、きっとキャスリーン様とも話が合うと思います。今すぐとは言いませんから、作戦が成功した後でお礼を伝えるついでにどうでしょう?」
「そ、それなら何とか……」
何故こうして皇国の話題が上がるかと言えば、弾丸列車の試験に協力してもらっているからです。
弾丸列車はその性質上、近い位置へ射出する事ができません。
四基もの追加推進装置を搭載させて遠方へ撃ち出すため、最低航行距離が発生します。一定以上に射出角度を上げてしまうと、大気圏を突破して帰還不能となるそうです。そのため、国内での試験はできませんでした。
かと言って東西の別大陸に協力を求められるほど根回しは浸透しておらず、南大陸への航行を実現しようと言うのに小国家群間の試験では距離が中途半端です。
そんな中、候補地として名乗りを上げてくれたのが元レゾナンス侯爵領に私設研究所を建設中のバルト老でした。
話を持ち掛けたのはレティの情報を収集していたウォズですが、この提案にディーデリック国王陛下の許諾が得られたのは異例の事でした。
何しろ、レティによる技術供与が終わっている皇国は、いつでも模倣が可能なのです。オリハルコンの精錬ができませんから安全面には不安が残るかもしれませんが、飛行列車とはまるで異なる着想から飛空艇を作り出した国です。弾丸列車も別の手法で実現に至る事態は十分に考えられます。
しかし、スカーレット・ノースマークの捜索が最優先であるとして、皇国へ協力を打診してくださいました。
レティの不在は技術漏洩の損益に勝る。連絡を迅速に行うためにと、魔力波通信機の譲渡まで決めたほどです。
皇国としても、レティがいなくなってしまっては現在断行中の意識改革が頓挫してしまうと、レティの教え子の技術者を中心とした支援隊を派遣して課題の洗い出しを助けてくれています。
「到達地点は南大陸の北西部でいいんですよね?」
「はい、キャスリーン様。そのあたりには比較的大人しい部族が暮らしているとの情報があります……三百年前のものですが」
「それ、本当に大丈夫なんでしょうか……」
不安に思うキャシーの気持ちも分かりますが、現在の国交がない以上、昔の資料に頼るしかないのは仕方がない事です。
西と東に期待できないと悟ったウォズは、南大陸に関する資料集めも頑張ってくれました。その結果、主にエルフとドワーフが暮らす首都の位置はおおよそ割り出せましたが、敵の主力のもとへ直接降下する訳にもいきません。過去の記録を頼って、比較的情報収集が容易そうな土地を目指すしかありませんでした。
およそ三百年前、エッケンシュタイン博士の発明に興味を示した部族だそうですから、エルフとは距離を置いているのではないかと推論を組み立てての目的地設定です。
「それから、これは今日になって判明した事ですが、クーロン帝国でミラーブ侯爵が姿を消したそうです」
「……ここでその話をするという事は、失踪や誘拐の類ではなく、彼女も光とともに消えたのですか?」
「すみません、オーレリア様。帝国東部に強い影響力を持つミラーブ侯爵の消息について暫定政府はなるべく伏せておきたいらしく、当時の状況については詳しい情報が得られませんでした。王国に滞在中のアモントン公爵も知らされていなかったそうですから」
「徹底していますね。まあ、東部復興で忙しい最中にその中心となっていた人物が消えたなどと知られれば、混乱を招くだけだとは思います」
「その通りです。おかげで今日まで情報が入りませんでしたが、既に数週間が経過しているとか」
そろそろ隠し通すのも限界で、ウォズのところまで情報が漏れてきたのでしょう。帝国の情勢不安は気になるところではありますが、喫緊の課題という訳ではありません。
それより引っ掛かるのは、ほとんど同時期に二人の人間が消えたと言う点です。
「レティと前後してミラーブ侯爵も神様に誘われた……そんな事、あると思いますか?」
「オーレリア様、それって……」
「神様が……、神様がお望みになる条件なんてわかりません。けれど、奇跡にも等しい“神様の誘い”が頻発した例などなかった筈です!」
「俺も気になって調べました。この最近で、名のある人物が消えた例はスカーレット様とミラーブ侯爵しかありません。そして、ミラーブ侯爵に関しては“神様の誘い”を疑うような声もないそうです。つまり、神様に招かれるような功績がないのだと思います!」
あれだけ突拍子の無い消え方を目の当たりにして、これまで私達は神様の関与を否定しきれませんでした。
そんな事、ある筈がない。
そんな事はあってほしくない。
そう思いながらも、否定する材料もなかったのです。
マーシャの言う通り、条件が不明である以上は絶対に違うと言い切れるほどのものではありません。それでも、違うかもしれないと思えた初めての瞬間でした。
神様が連れ去ってしまったのでは打つ手がない。
今日までずっとそんな不安を抱えていたのです。情報を集めて、南大陸へ行く準備を進めて、どうか帰ってきてほしいと願って……。
それが全部無駄かもしれないと不安で仕方ありませんでした。そのため、聖地へ通うノーラを止める言葉も持たなかったのです。
でも、やっと希望が見つかりました。
とにかく今は南大陸へ行くことだけを考えましょう。
それがどれだけ細い可能性だとしても、諦めるのはやるべき事を全てやった後でいい筈です。
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