閑話 動かないエルフ
私がエルフ達を拘束していると、従士隊とキャシーが追い付いてきました。
そう言えば、と援護を指示した事を思い出しました。ほとんど真っ直ぐ駆け抜けて、援護の隙を与えなかった事は反省しておきます。彼女達はカロネイアの出身。領地ではよくある事ですから然程気にしていないでしょう。
それより、興味津々で不思議樹木へ近付こうとするキャシーを止めておきます。
「まだ木の中から気配が伝わってきます。抵抗を諦めていないかもしれませんから、危険ですよ」
「うぇ。あれで全部じゃないんですか?」
「残念ながら。油断したところを襲おうと待ち構えているのか、抵抗しても無駄だと膝を抱えているのかは分かりませんが」
危機は去っていないと聞いて、キャシーは従士隊の後ろへさっと隠れました。彼女には戦闘力がありませんから、ああして安全な場所にいてくれた方が助かります。
危険な場所へ来ないように伝えるのが一番かもしれませんが、それでは好奇心を抑えろと言っているのと同義です。きっと言うだけ無駄でしょう。
隠れた気配はおそらく四人。
動いている様子も殺気も感じられないので待ち伏せの可能性は低いとは思いますが、不思議樹木を従士隊に囲んでもらったうえで、こっそり内部を窺います。
自然に発生したとは考えにくい広々とした空洞の中で、最初に視認したのは特徴的な金髪でした。エルフには金と銀とその濃淡くらいしか色差がないようなので、見間違えようもありません。薄暗い空洞の中でも映えました。
そして、頭頂部が見えるという事は顔を俯かせている証明でもあります。こちらへ関心を向けている様子がない以上、迎撃態勢をとっている可能性は一気に低くなりました。
けれどそうなると、味方が制圧されている状況でどうして何もしなかったのか、と言う問題が出てきます。
「オーレリア様ぁー、大丈夫そうですかー」
…………。
緊張感のないキャシーの声を聞いて、過度に警戒しているのが馬鹿馬鹿しくなってきました。あの様子だと、私の心配より樹木の調査の事しか頭にないのでしょう。
心配するだけ無駄……それは私への信頼という事にしておきます。
私も、レティに対しては似た心象を持っていますから。
僅かに四人、多少の抵抗があったところで捻じ伏せてあげればいいのです。
覚悟を決めた私は、キャシーの期待に応えるべく警戒だけは解かないまま大木の空洞へ堂々踏み込みました。
……結果は拍子抜けで終わりましたが。
「オーレリア様、何かありました? 中はどんなふうになっているんです?」
「入ってきてもいいですよ。危険はありませんから」
「やった!」
私の沈黙を、何か発見したからのものと勘違いしたキャシーに調査の許可を出します。多分、直接見るまで口を閉じる気はなさそうなので。
それに、彼女の意見も聞いておきたいところでした。
「えーと、……これ、生きてます?」
その感想は順当なものだと思います。
空洞から出てこようとしなかったエルフは、四人ともほとんど動こうとしません。蹲った状態で死んでいるでも気を失っているでもなく、器用に飛行ボードを操って飛び込んできたキャシーに反応して顔を上げただけで、何の関心も抱かずそのまま顔を伏せてしまいました。
私の時と完全に同じ動作です。
木の内部とは思えないほど滑らかな壁面であるとか、成長の過程で発生したのでは有り得ない直方体の空洞であるとか、キャシーが楽しみにしていたであろう大木の特性より目を引いてしまいます。
「どの時点でこうだったかは分かりませんが、抵抗がなかった訳ですね」
「こんな状態の同胞を上陸作戦に同行させたとも思えませんから、ここに来てから心を失ったと見ていいと思います」
「心を……、なるほど的確な表現かもしれません」
命や意識を失ったのでないなら、キャシーの言う通り心を失ったと言っていいでしょう。何故、と言う問題は付きまといますが。
「これ、最初に捕らえた兵士と同じ状態ですよね?」
「観察は必要ですけど、そう考えていいんじゃないですか。と言うか、こんな状態になる要因がいくつもあるとか考えたくないです」
確かに……。
実は、この症状のエルフを見るのは初めてではありません。レティの失踪前、尋問のために捕らえていた第一陣のエルフ達もこうなっていったのでした。拷問してでも情報を吐かせるつもりでしたのに、ある時点から叩いても揺さぶっても反応しなくなりました。
そのまま死ぬのかと思えば、水や食事を近付けると口に入れるのです。お世辞にもお行儀がいいとは言えない振る舞いで食べ物を口にして、ある程度を食べるとピタリと動きを止めてしまいます。
まるで、生存に必要な分を摂取できればいいとでも言うように。
長い航海中に未確認の伝染病にでも罹患していたのではないかと一時は隔離も考えましたが、幸いその点はノーラが否定してくれました。
ただし、この状態で健康体なのだと意味の分からない鑑定結果を添えて。
「機密漏洩防止のために特殊な毒でも飲んだんじゃないかって思ってたんですけどね……」
キャシーが挙げた可能性は、未知の毒物はノーラでも鑑定できないからのものです。命を奪う、人体に有害な影響を与えると言った毒として当然の作用が見られない以上、鑑定魔法で薬物の関与は特定できません。
先ほどのキャシーの表現は本質を突いている気がしましたが、心の定義が曖昧なものとなりますから再鑑定しても成果は上げられないでしょう。
「それに、敗北前の時点で毒を飲むと言うのもおかしな話です。自害するよりは苦しまなくて済むのかもしれませんが」
「オーレリア様の特攻を見た時点で諦めた……とも考えられなくもありませんけど、とりあえずは動いているエルフの観察でしょうか。あっちも動かなくなるなら、別要因の可能性が高くなります」
上陸後に拠点まで作って襲撃体制を整えておきながら、遅効性の毒を飲んでいるとも考えられません。異常が見られた者を上陸作戦に組み込むとも思えませんから、エルフにとってもこの顛末は想定外という事なのでしょうか……?
そのあたりも、尋問してみるしかなさそうですね。比較対象が少ない状況で、追加の捕虜を得られたのは不幸中の幸いだったかもしれません。
「他に拠点を作っていないか吐かせる必要がありますから、尋問は通常通りに行いますよ?」
「ええ、記録を残しておいてもらえれば十分です」
「毒だとしたら、攻撃手段として使ってくる懸念を捨てられません。調査はしっかりとお願いしますね」
「はーい」
返事に覇気がないのは、いまいち興味が湧いてこないからでしょう。ああいったところは本当にレティと似ています。
危機感がない訳ではありませんから、等閑にする事はないでしょうけれど。
「ところでオーレリア様、エルフ達がここへ上陸したとして、その船はどこでしょう?」
「それは……、あれ?」
改めて見渡してみましたが、それらしい船影は見つけられません。捕らえたエルフの装備から見て、泳いできた可能性はないと思います。報告の時点でも、上陸手段に関する情報はありませんでした。
上陸したのはここからもっと離れた場所なのか、死角となるような場所を発見されたのか、船自体を隠す技術が存在しているのか……。
「……尋問と同時に、海岸線を捜索する必要がありそうですね」
「お願いします。見つかったら教えてくださいね!」
声が弾んでいる様子から、答えが簡単に見つかりそうにないエルフの状態より、余程関心を寄せているのが丸分かりです。どちらにせよ、何か特殊な技術が使われていたなら彼女の助力は必須な訳ですけれど。
これから龍炎灰燼咆を使った迎撃作戦に参加して、エルフを尋問して、上陸の痕跡捜索を指示して、海岸線の監視網を強化して、上陸阻止の方法について協議して……、今日もまだまだ長くなりそうでした。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価をいただけるとやる気が漲ってきます。是非、応援いただければと思います。




