閑話 オーレリアとキャシー
私が南入り口に着いた時、海岸に伸びる大木が視界に入りました。本当に大きく、これが短時間で生えたとは少し信じられません。
しかし、あの場所にあんなものがなかったのも事実です。
「植物を健康に、そして成長を促進させる緑の魔法と言うのがあるとレティ様が言っていましたが、あれもそう言った魔法の結果でしょうか? エルフには植物を急成長させる手段があるのかもしれません」
遠目に不思議植物を観察しながら推論を述べるキャシーは、飛行ボードで私についてきました。危機感を抱いたからではなく、好奇心を刺激されての行動みたいですが。
「南大陸原産の植物とも考えられますよ。エルフが隠れるのに都合がいい洞が複数確認できますから、植物を改造したのかもしれません」
「それが本当なら、面白い技術ですね。オーレリア様、あの木を無傷で手に入れられませんか?」
「残念ですが、エルフの排除が最優先です。エルフがあそこに隠れ続けるようなら、煌剣で叩き斬ってでも全滅させますから」
「それは仕方ありませんけど、なるべく傷つけない方向でお願いします」
強過ぎる好奇心に呆れる部分もありますが、彼女を叱るような真似はしません。それはレティを否定するようでもありますし、彼女達の思い付きは時にとんでもないものを生み出します。
「私のような凡人の良識で量らない方がいいのでしょう……」
「誰が凡人ですか! 考えが口から洩れてますよ」
「うっかりしていました……と言うか、え? 否定するのはそこですか」
「決まってます! 吃驚するくらい自己評価が見当外れですね。魔物の中でも最硬とされる岩石竜の特殊個体を両断して、無数に現れるメドゥ沃龍の頭部を草刈りみたいに手早く殲滅させた人を、取り柄の少ない普通の人間とは呼ばないんです」
これが私への評価だと言われるのは、ちょっと心外に思えました。
「煌剣の切れ味は作ったレティの成果ですし、鍛えて手に入れた身体能力を天性か何かのように言われても……」
「はい、オーレリア様が努力の人だという事は知っています。けれど、そこまで自分に厳しく鍛え上げる。足りないと思ったならどこまでも課題を積み上げて結果につなげる。望む結果が出るまで諦めない人を、世間では超人と呼ぶんです。煌剣を託された時点から手足の延長か何かのように使いこなしている点も含めて!」
「……キャシーには私がそう見えているのですか?」
「むしろ、他にどう見ろって感じですよ? オーレリア様の自己評価が低いのは知っていますが、あたしから見ても出会った頃と別人です。あの時点で人間離れして見えましたけど、強化魔法を極めて空間跳法を使いこなして、ダンジョン探索やラミナ領での反乱の時だって危なげなく魔物の山を積み上げていたじゃないですか。騎士団では、レティ様と同じくらいに関わってはいけない人物として恐れられているくらいですよ?」
「それはレティに切っ掛けをもらったと言いますか、次々偉業を成し遂げる貴方達に負けていられなかったと言いますか……」
強化魔法練習着を貸してもらって、煌剣を作ってもらって、そうして差し伸べられた手助けに恥じない自分でいたかっただけです。
「そうして目標を高く掲げるのが、普通の人と大きく違う点です。貴族としての振る舞いだって、羨ましくなるくらいに次々と身に付けているのに、それで謙遜されたらあたしの立場がないじゃないですか!」
「その点は今でも苦手ですよ。婦人方の集まりでも、上手く馴染めなくて笑って誤魔化す方が多いのですから」
「でも、騎士学校設立を認めさせましたよね? 大勢の貴族と会う事を躊躇わないで、きちんと相手と向き合って、誠意を見せる形で交渉して、安易に反対するより協力体制を敷いて利用するだけの価値があると認めてもらった訳じゃないですか。しっかり勝ち取った成果を自分で褒めてあげないと、折角学校に集まった候補生達も胸を張れませんよ?」
騎士学校設立に関して頑張った自覚はあります。けれど、それが私の成果と言われるとピンと来ていなかった気がします。
でも、候補生達が私の背を追って集まったと言うなら、あの苦労も誇らしい事に思えました。
「そもそもですね、オーレリア様。レティ様と友達を続けられている時点で、普通の貴族からは大きくかけ離れているんです! 今更凡人に混じれる訳がないじゃないですか」
「……それは、はい」
凄い説得力でした。反論の余地もありません。
レティにはあれで、普通にお友達になりたいと近付いてきたご令嬢も多くいたのです。顔を合わせた際に親しくお話しするだけの間柄でしたらもっとでしょうか。
けれど、お洒落や流行について語るお嬢様達とは話が合わず、突拍子もない思い付きで話を大きくするレティの通常運転についていけず、ほとんどが浅い付き合いにとどまってしまいました。
子爵となり、大魔導士となり、あっという間に陞爵して、学生の立場での付き合いを続けるのが畏れ多くなっていったのも原因の一つでしょう。
立場を気にする彼女ではありませんが、その姿勢が余計に畏敬の念を強めてしまいました。
歴史の教科書に載っているような偉人より成し遂げた功績が多い国の要人に、友達でいようと声をかけられて一歩引いてしまうのは普通の行動だと思います。
いろいろな局面で私達も当事者だったこともありますが、レティが変わらないからと友人関係を続けている私達は異質と見られても仕方がありません。
「なるほど、全部レティのせいですね」
「ええ。レティ様のせいで、あたしもこうして戦争とは無関係ではいられなくなっている訳です」
私は出身の関係上、戦時下で出来る事をするのは当然だと思っています。けれど、内陸の小領地に生まれたキャシーが王国の主幹兵器の整備を担当していると言うのはおかしな運命の巡り会わせでしょう。
「だから…………、レティ様には早く戻ってあたし達の愚痴を聞いてもらわなくてはいけません」
「そうですね。エルフ達との戦争は大変だったと文句を追加するためにも、あんな木材基地はさっさと制圧してしまいましょう」
レオーネ従士隊はまだ集合していませんが、目視が可能という事は一気に駆け抜けられる距離でもあります。エルフ達が迎撃態勢を整える前に強襲を仕掛けるのが最善と言う気がしてきました。
何より、今の私はやる気が満ち溢れています。
キャシーとこうして真面目な話をした事はあまりなかったように思いますが、今日はちょうどいい機会でした。あたしのオーレリア様はこんなに凄いんです! ……そう言ってもらえたような気がして、身体が軽くて恐れも感じません。
「あれ? あたし、炎にニトロか何かを投げ込みました?」
「そんな事はありません。こうして貴女とお話ができて、良かったと思っていますよ。自分を客観視できる機会ができて、私のやるべきことが明確になりましたから」
「やっぱりあたしがそそのかした事になっているじゃないですか⁉」
何故かキャシーが泣き言めいた悲鳴を上げますが、私はエルフの制圧を優先しました。上陸の出鼻を挫く必要がありますし、捕獲できれば現時点の作戦方針を吐かせられます。
大樹の空洞からこちらを窺うエルフはいましたが、武器を構えていない様子を見ると接敵はまだ先と警戒が緩んでいるのでしょう。
「その隙、遠慮なく突かせてもらいます。……レオーネ従士隊は今いる人員で私の援護を! すぐに打って出ます!」
「「「りょ、了解!」」」
部下達の返事も碌に聞かぬまま、私はエルフの拠点めがけて駆けだしました。
私の行動を予測できていなかったのか、私の接近速度が想定以上だったのか、慌てた様子で銃を構えるのが確認できました。しかし、そんなに気が急いた状態で向けられた銃に当たる私ではありません。
「――くっ!」
右へ、左へ。
射線を固定させないように軌道を大きくずらしながら走り抜けます。強化魔法を全開にした状態を風魔法で補助しているのですから、それで発生する接近速度の減少は僅かです。
「魔法だ! 魔法を撃て!」
銃で照準を定めるのは困難だと判断したのか、小型の杖を構えたエルフ達が大木から飛び出てきました。魔法なら意識を集中させる事で対象を捉えられますし、大木から出て部隊を展開した分、一斉に私を狙えます。
――パンッ!
――パンッ!
その直後、私の後ろで魔法の炸裂音らしきものが弾けます。
原理は分かりませんが、エルフは魔法の発生を見せることなく自在の位置へ着弾させることができるようです。しかし、点で対象を狙う方法では、私のように高速で移動を続ける目標を捉える事は困難です。
そうでなくとも殺気を私へ向けてから発動まで一秒に満たない程度の猶予がありましたから、魔法を察知してからの回避は容易です。
「ええい、舐めるなっ!」
魔法も通じないと判断したエルフの一人が杖を投げ捨て、腕を大きく突きあげると、彼の後方の木が意志を持ったかのように動き始めました。根を地面から引き上げた一歩でエルフ達の壁として立ち塞がります。
ウッドゴーレムとでも言うのでしょうか? 彼等が拠点として身を潜ませていた大木が枝を触手のように動かしながら私を襲ってきました。見れば、洞の奥で赤く鈍い光が確認できます。
おそらくは鉱化スライム片。
あれで木製ゴーレムを自在に操るのでしょう。エルフが複数人隠れていられるだけあって、主枝が直撃すれば私など簡単に潰せるだけの迫力があります。
でも、その操作方法は悪手です。
「な、何⁉」
私は更に速度を上げ、ウッドゴーレムに肉薄しました。更に空間跳法で位置を攪乱、ゴーレムの枝葉が邪魔したのもあって、あっと言う間に操者が私を見失ったのが判りました。そうなってしまっては、木製ゴーレムは木偶人形と変わりありません。
「ぎゃっ!」
「うわぁっ!」
「そんな……」
「くっ!」
そのまま私は風魔法で自分の身体を上空へ押し上げると、私を見失ったエルフ達の後方へふわりと降り立ちました。未だゴーレムが戦力になると私を探すエルフ兵の隙を突くなんて簡単な作業でした。
手足を斬り、或いは後頭部を殴って昏倒させ、十余人のエルフを無力化してから勧告します。
「さて、まだ抵抗の意志はありますか?」
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