閑話 五凌帥と天子
ユーシアメイルの建物は樹でできている。
木造建築物、と言う意味ではない。
その言葉の通り、樹木そのものが居住施設として機能する。
かつては大木のうろで生活していた。しかし、それで生活が可能な住人の数が大きく上回ってしまった。そこで幹を掘り、縄梯子で部屋同士をつないで住居とした。けれどそれでは利便性が低く、樹の寿命を削ってしまう。耐久性も大幅に減少する。
そこで、住居スペースを内包して成長する新種を開発した。
個別設計樹木の誕生である。
技術的には遺伝子の組み換えを高度に発展させたもので、レティが知れば詳しく解明しようとするに違いない。当然、何処かの国王も狂喜する。
そうした建築物が立ち並ぶため、ユーシアメイルは一見するとただの針葉樹林に見えた。文化的な嗜好によるもので隠形の意図はなかったが、上空から見ると特に森との違いが判りづらい。
そんな森林都市の中央には、周囲と似つかわしくない長塔がそびえ立つ。
これは世界樹を象って建立されたものではあったが、キミア巨樹の威容にはまるで及ばない。それでも国民にとっての憧憬には違いなく、ユーシアメイルの中心、アルブウェルグ連合国の中枢、政治の中核機関として機能してきた。
その上層階で、ユーシアメイルの五凌帥と称される最高幹部が議論を重ねていた。
「竜の討伐を目論む無謀な者が少人数で行動しているのは明らかなのだ。マルフットに集結しつつある獣人共と合流する前に叩くのは当然ではないか!」
声高々に主張するのはバウワーブ土君家の当主、クタイファ。この集まり自体、彼の旗振りによるものだった。
しかし、残り四家の反応は鈍い。
「一族の末子が暴行されたからと、ただの私怨ではないか。そもそも、基地を落とされるような間抜けの自業自得であろ?」
「ナーディラ、貴様……!」
「そう声を荒らげなさるな。竜討伐が無謀なのは貴殿も知るところ、ならば放っておけばよかろう。自滅するのを待てばよい」
最初に否定の声を上げたのが、五凌帥の最年長であり、先王時代から生きるザフラーニ流英家の魔女ナーディラ。一族の影響力を強めたいクタイファとしては、非常に目障りな存在だった。
そして、魔女に続いて発言したのが五凌帥唯一のドワーフ族ヤクト・ハダード炎錬卿、彼はここへ名を連ねて百年足らずと新参なので、ナーディラに追随する事が多い。当然、クタイファからは煙たがられていた。
「第一、竜の脅威は誰もが知るところ。無策で挑む馬鹿などいるものかい?」
「ふむ、一理ありますな。しかし、そのような者が万が一にも獣人共と徒党を組むとすれば、我々エルフにとっても脅威となり得ます。手を打っておくべきだと言うクタイファ卿の意見も、一考するべきなのでは?」
バウワーフ土君卿のもたらした情報自体の真偽を流英家の魔女が疑い、それを受けて嵐武卿マジードがクタイファへ票を入れた。彼はユーシアメイル防衛を任されたアスカリー家の出身で、本人も前線に立つだけの鍛錬を積んでいる。エルフと敵対する可能性のある勢力を軽んじるような真似はしない。
「はっ、それで各個撃破されてあげるってのかい? お優しい事だね」
「貴様は否定の言葉しか口にできんのか!」
「待ってください、今は冷静になるべきです。それに、流英卿の言い分もあながち間違っておりません。北大陸の無し人が脅威であるなら、全力を傾けるべきです。未知数の闖入者さえ撃退できれば、獣人共など雑魚の集まりしかに過ぎないのですから」
「そう言う事なら、今は様子見が最善ですかな? 竜に立ち向かって死ぬかもしれない者へ軍を差し向けるなど、無駄でしかありますまい」
各人の意見を取りまとめたドワーフのヤクトにも、バウワーフ土君卿は不満をにじませる。彼は赤の狩人を討つ事しか考えていない。
「我がバウワーフ家に連なる者が害されたのだ! これは我々エルフ全体が侮辱されたと言ってもいい! 報復が当然ではないか。竜の餌になると言うなら、その前に八つ裂きにしてやらねば一族の面目が立たん!」
「……必要ない」
私怨の何が悪いと開き直った土君卿の発言を、それまで黙っていたカッバーニ林法卿ハーシムが切って捨てる。
当然、クタイファ凌帥の怒りは一瞬で彼へ向いた。
「無し人などに虚仮にされて、黙って見ていろと? 愚かにもここへ攻め込んでくるかもしれないから、それまで屈辱に耐えろと言うのか、貴卿は⁉」
「……既にブラヒム様が発った。じきに首を持って帰るだろう」
「「「「――!」」」」
カッバーニ林法卿の一言で、密室の空気が変わった。特に顕著だったのはクタイファ・バウワーフで、彼の表情は喜色で染まっている。
彼等の中で、赤の狩人スカーレット・ノースマークなる無し人の死が確定したも同然だった。
ブラヒムと呼称された男は、それだけの信用を得ている。
何しろその人物はカッバーニ林法家の末子で、ユーシアメイルの最高戦力、アルブウェルグ連合国の次期統治者でもあった。
ユーシアメイルの家督相続は、魔力量こそが最も重要視される。ここに集った五凌帥も長子だからではなく、魔法の才能が最も優れていた事から当主として選ばれた。
魔力が劣っているからと、上位者を謀殺する事すら恥とされる。
当然、ユーシアメイルで最も突出した魔力を持つ者こそが、連合国の統治者として君臨する。この習わしは、建国以来変わっていない。
そしてヒエミ大陸同様に、このユーシアメイルでも突然変異の魔法使いが時折生まれてくる。その周期はおよそ千年、天子ブラヒムが生まれた時点で、世代交代が近いものとされてきた。
しかも、彼の素養はこの五千年で最も秀でている。
エルフの中では珍しく、黒髪に生まれたブラヒムは精霊の加護を得たものだと崇拝された。気味悪がるなんてとんでもない。一般人なら異常であっても、超越者なら唯一だと見做される。生まれつきの特殊性自体が、精霊から祝福された賜物として称えられる。
そのくらい、歴代の統治者と比べても隔絶した才能だった。
当然ながら、その人物への命令権は父であるハーシムにも、他の五凌帥にもない。唯一、彼等の主君だけが後継者の行動を強制できる。
どうして最高戦力が動いたのか。
自分達に知らされなかったのは何故か。
ハーシム林法卿も聞かされていなかった。彼等には、探る事すら許されていない。
「くくく、くくくくくくく…………」
クタイファ土君卿からこらえきれない笑みがこぼれる。既に彼の中で、無礼者の死は絶対だった。疑う事すら不敬に当たる。
そんな彼を他の四人が呆れた目で見る中、部屋の明かりが突然消えた。
「――!」
驚きはある。けれど、五凌帥の面々はそれで対応を間違えるような真似をしない。
彼等はすぐさま顔を伏せ、次の展開を待つ。
五凌帥の上位者であるブラヒムは継承前である事から、政治への口出しは許されていなかった。彼の意見は、父であるハーシムを通じて議題としてこの最高議会へ届く。直接足を運ぶ事はない。
それ以前に、ユーシアメイルを発ったとの情報をもたらされたばかりである。その上で、ここへ立ち入る事態もあり得ない。
つまり、連合国の最高幹部が内密の話をするための部屋へ干渉できる者など、たった一人しかいなかった。
天帝アスィーラ。
連合国を統べる者として精霊に選ばれ、その使命に相応しい加護を得、千年に渡って君臨する女傑。魔力量こそブラヒムに劣っていたものの、彼女は未来予知と言う天賦を授かった。
そんな彼女は絶対者である。
全ての民にとって、彼女はまさしく天上人と言える。
予言によって天災による被害を回避し、ユーシアメイルは栄えさせ、民は富と幸福を授与してきた。
天帝は老化に脅かされることもなく、白く流れる艶髪そのままに美しさを保ち、自ら死を予言しながら欠片も魔力は衰えていない。
捉えようによっては気味が悪く思える不変性すら、精霊に選ばれた者の神秘として崇められた。
人前に顔を出さない彼女は、着飾る必要性を持たない。
自身の髪色と同じ純白のローブだけを羽織り、ただ一つ女帝の証である白銀のティアラだけが額に輝く。エルフ達にとってその煌めきは、どんな宝石よりも美しい。真黒に閉ざされた部屋を照らすその白光は、神様が降臨したかのように神々しく映った。
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