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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍&コミックス1~2巻発売中!】   作者: K1you
消えた大魔導士編

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ディルガームでの洗礼

 お金には困っていない。鉱化スライム片をいくらでも作れるから、オークの料金が支払われなかったからと生活にも戦争準備にも影響しない。

 とは言え、希少な精霊石――鉱化スライム片を頻繁に換金していると非常に目立つ。なので、生活費くらいは現地で稼ごうと思った程度だった。シャハブには経験を積ませる必要があるし、対エルフの象徴となる“赤の狩人”の勇名を高めておいて損もない。


 その程度の動機であっても、仕方がないと引き下がる気はなかった。

 入国審査や宿泊所での横暴はともかく、国を越えて狩人を統括している筈の組織で、不当な扱いを受ける謂われはない。


 そんな私の心情を知らないまま、買取窓口の担当者は更に言葉を重ねる。


「オークの状態が良ければ、もう少し出してもよかったのですがね。残念ながら、傷の周辺が焦げてしまっています。これではその部分を大きく切り取らねばならず、肉としての価値は下がってしまうのですよ」


 へえ、面白い話を聞いた。

 確かに、魔物の状態で買い取り価格が下がってしまう場合はある。


 特にオークは分厚い肉壁で重要器官を覆っており、剣で斬りつけても急所へ届かない事が多い。でっぷりとした外観なのに体脂肪率は低く、肉の鎧となって致命傷を防ぐ。そうした場合は魔法や銃で複数の傷を負わせ、苦痛と出血で十分に弱らせてから脳天なり心臓なりを破壊する。正確に突く事が難しい心臓より、体勢が低くなって狙いやすくなった頭部の方が、確実に命を奪え機会が多かった。


 ただしあんまり手間取ると、無駄に傷が増えて肉質が落ちてしまう。野外で狩るのだから、のたうち回ったオークの傷が土や雑菌に塗れれば、食肉としての価値が下がって価格が暴落してしまうのも仕方がないと言える。


 でもそれは、かなり状態の悪い場合に限られる。

 一撃で急所を貫いた死骸には当て嵌まらない。その周辺が焼けているのなんて、損壊と言えない程度のものでしかなかった。

 担当者の理屈で言うなら、火属性の時点で狩人にはなれなくなってしまう。言いがかりにしても酷い。


 けれど、隣のシャハブを確認すると、彼は申し訳なさそうな顔をしていた。

 職員の言い分を真に受けてしまったらしい。


 シャハブには、強化魔法による腕力ではなく、魔法で仕留めるように指示してあった。急成長前は魔法を使う事すらできなかったのだから、今は少しでも魔力操作に慣れておいた方がいい。

 実際、威力を弱めた魔法の使い方を苦手としていて、査定に出さなかった炭化オークが五匹はいる。

 その失敗を悔いているのに買取査定低下の槍玉にまで挙げられて、シャハブをすっかり消沈してしまっていた。


 それを見て、なるべく穏便に済ませようって私の寛容な気持ちは消えた。

 強気で言えば他種族人の私は引き下がると思ったのかもしれないけれど、口にした事実は消えないし、言い逃れも許さない。


「なるほど、それは参考になる意見をいただきました。後学のためにも、皆さんの獲物を見せていただけませんか?」


 私はわざとらしく、順番待ちしている狩人達へ語り掛ける。

 けれど、それに応えてくれる者はいなかった。昨日と違って、職員の味方をして私達へ立ち向かってくれる者もいない。所詮は現場を知らない協会職員が持ち出した戯言、巻き込まないでほしいと誰もが目を逸らす。

 近くで確かめるまでもなく、狩人達が持ち込んでいるオークは切り傷や銃創でボロボロだった。当然、持ち込む数も大きく違う。

 これで私達の納品を買い叩いて、彼等に高値を付ける?

 笑い話にもならない。


 この様子だと、狩人同士の情報共有は済んでいるみたいだった。獅子人至上主義以前に、関わってはいけないパーティーとして私達の事が伝わっている。

 変にプライドを拗らせた職員よりよほど危機意識が強い。


「ご協力いただけないなら仕方がありません。それとも、貴方ならできるのですか?」

「え? いえ、あの、その……」


 現役の狩人が同意してくれない事実を突きつけると、途端に職員の強気は剝がれた。アスラン様なら……などとしどろもどろに言っているけれど、この場にいない人物は助けてくれない。


「もう一度確認しますが、先ほど提示された金額は正しいのでしょうか? それとも、急所への傷一つで仕留めたオークが、状態が悪くて通常価格での買取基準を満たしていない――それがこの支部の総意と受け取ってよろしいのですか?」

「そ、それは……」


 当然ながら、職員の男性は即答できなかった。

 謝罪する最後の機会も逃した。

 獲物の価格は食肉の安定供給を目的として協会が定めたもので、危急時の特別料金追加や供給量過多による一時的な価格調整を除いて、支部単位での独断を認めていない。

 他支部に報告されて困るのは彼等の方だった。勿論、いち職員の責任では済まない。


 昨日の職員がどうして事態を伝達しなかったのかは知らない。

 自分が実害を被らないなら他はどうでもよかったのか、他の誰かが私達を痛い目に合わせてくれると期待したのか、暴力に屈した事実を拡散したくなかったのか、知られると困る人がいたのか。

 忠告の一つでも残してくれたなら、私もこんな面倒事に二度も巻き込まれずに済んだ。


 そして、私は仏様ほど慈悲深くないので、三回も待ってあげる親切心は持ち合わせていない。


「貴方が答えられないなら、誰なら答えられるのでしょう? 買取部門の責任者ですか? それとも、ここの支部長でしょうか?」

「し、支部長は忙しい方です。いち狩人の対応に出てくる事はありません!」


 そこまで強く否定するって事は、報告すれば叱られると白状しているのと同じだと思う。

 このまま支部長を出せと詰め寄ってもいいのだけれど、性格の悪い私は攻め方を変える事にした。


「それでは、これも買い取っていただけますか?」

「はあ……、何を出されようと結果は同じ……え⁉」


 話を逸らせて安堵の溜め息か、査定を翻す気はないから呆れてのものか、大きく息を吐きながら私の手元を見た職員は、間の抜けた顔のまま固まった。


 十八頭ものオークを強気に買い叩けると思えたのは、保存が効かず、他所へ持ち込もうにもその間に腐らせてしまうって先入観があった。

 けれど、鉱化スライム片――南大陸では精霊石とも呼ばれる希少鉱石は違う。

 代替は利かない。この機会を逃せば簡単に手に入るものでもない。十八頭のオーク肉とは価値が比べものにならない。国の貴重な魔道具には必ずこれが使われていて、他国へ持ち込まれれば大打撃となる。

 主義主張を拗らせて入手できなかったと知られれば、個人では決して贖いきれない責任問題に発展する。

 しかも、順番待ちの狩人達の視線も鉱化スライム片へ釘付けだから、下手に誤魔化しようもない。


「ぐ……、むう……、ぬ……」


 それでも、協会職員から漏れるのは意味不明の唸り声だけ。

 私は、どうして謝罪一つができないのかと呆れていた。

 今更謝罪しても許してもらえる筈がないと思い込んでいるのか、獅子人以外へ頭を下げる行為をどうしても受け入れられないのか、何とかこの場を切り抜ける方法を考えているのか……。


 前言を撤回して正当な値段で取引する――それだけの事が、彼にとっては相当にハードルが高いらしい。もっとも、今更謝ったところで鉱化スライム片は引き下げるつもりなので責任問題からは逃れられない。

 揶揄うつもりで鉱化スライム片を二個三個と追加していくと、その度に職員の顔が青くなっていった。


「何をしているのです?」


 どちらも引く気がない以上、いつかはタイムリミットが来る。受付側の奥で、凛とした声がした。誰かが状況を報告したのか、当人が異常に気付いたのか、上役の介入は当然の流れだった。


「し、支部長……」

「ビラール、また貴方ですか? この時間は狩人が次々やって来るのですから、手早く査定を済ませるように言っている筈ですよ……あら?」


 小言を並べながら現れた人物は、獅子人にしては小柄な女性だった。ただし、その体躯に反して貫禄がある。


「……申し訳ありません。どうやらうちの職員が無礼な真似を働いたようですね。頭一つ下げられない愚か者に代わって謝罪いたします」


 そして、どちらに非があるのかも一目で看破していた。

 けれどその前に聞こえた内容からすると、この職員が問題を起こすのは常習らしい。そんな人物を窓口に置かないでほしいとも思う。狩人協会的にも損しかない。


 ともあれ、やっと話が進められそうだった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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