一時休止
結局、ハイサムの同行は保留となった。
信用できるかどうかが未知数で、判断材料も限られる。おまけにシャハブへの悪影響が悪過ぎた。口先だけではないと行動で示してもらわなければ、とても一緒に行動できない。
そこで、彼を試してみる事にした。
期限は一週間。私達が獅子人の国ディルガームに滞在している間に、発注した品を揃えてもらう。
正直、達成は現実的じゃなかった。
内容は主に南大陸産の固有素材。ユーシアメイルへ戻らなければ調達すら不可能なのに、移動だけでほとんどの期間を消費する。量も相当なものなので運搬用に大勢の馬人達を雇い、複数人で交代しながら全力で駆ける分の特急料金を支払ってなお、交渉の時間は残らなかった。
他国への持ち出し審査が厳しく、輸送量も制限される特殊素材を手早く確保できるだけの伝手がなければとても実現できない。現場に行く余裕もない。書面のみで通達し、無茶を通すだけの人脈が要る。
「あの男、できると思いますの?」
「さあ?」
暇を持て余したジュートのつぶやきに、私は無責任に答える。
獅子人の国滞在中、私は魔導武器の構想を練らないといけないのだけれど、彼女は暇だった。強力な軍隊が管理する魔物の森での狩りでは手応えが得られなかったのか、素案を書き連ねていた私の所へ来て疑問を投げかけた。
「期待して試している訳じゃないからね」
「つまり、基準を満たせなかったなら容赦なく捨てていくと言う事でよろしいですか?」
「勿論。評価できるだけの結果を出せば利用価値があるってだけで、そうでないなら邪魔でしかない。むしろ、シャハブの事を考えたら害悪かな」
感情的になって他の獣人達を巻き込んだ自覚があるから、シャハブもこの提案に異議は唱えなかった。犠牲の責任を負わない事と、策を講じない事は違う。あの子も無駄に犠牲者を出したい訳じゃないから、戦力を増強させられるかもしれない手段の構築に関しては賛成してくれた。
その場合、ハイサムの同行を許すのと同義なので消極的に、だけど。
「それで、あれほど遠慮なく注文したのですのね。いち行商人には荷が重いのではありませんこと? あれを達成できる商人なんて、帝国でも一握りしか思い浮かびませんわ」
「ウォズならできるよ、間違いなく」
「……スカーレットが最も信頼する男性と比べるのは、あまりに酷でしょう」
そうかな?
「でも、評価は正当に下すつもりだよ。何を達成して何を諦めるのか、顧客の優先順位を想定して取捨選択するのも商人の才覚だと思うし」
「あら、一つでも揃っていなければ失格、とまでは言わないのですわね」
「そこは流石にね」
無茶を押し付けたつもりはある。全ての納品が叶えば決戦時の犠牲を大きく減らせるレベルであって、多少不足するからと効果が見込めない訳じゃない。製造を予定している期間までに間に合うなら、分割での納品でもよかった。
ただし、そのあたりの説明はしていない。
「それでも、時間厳守は必須かな」
「マルフットへの集結まで、それほど余裕がある訳ではありませんものね。せめて、進捗の報告くらいはしてもらわないと」
「うん。……あ、でも、技師の引き抜きにはちょっと期待してるかも」
ハイサムからもたらされた情報によると、エルフとドワーフは密接な関係にあるものの、必ずしも全てのドワーフが同調している訳でもないらしい。
当然、恵まれた環境への固執はある。
ドワーフは基本的に職人気質なので、整った設備、潤沢な予算、不足のない物資供給、自分の関心事へ没頭できる情勢を強く求める。一方で、自分達の知的関心が満たされさえするなら、あまり主義主張へのこだわりはないのだとか。
そこで、特に魔道具への関心が強いドワーフの引き抜きを、ハイサムに依頼した。興味を惹けるよう、フィルママンや集束魔法籠手について記録した映写晶も持たせてあった。
当初の予定では、ユーシアメイルの隣国である猿人の国からのスカウトを考えていたのだけれど、あそこはエルフへの従服意識が強いらしい。それなら、好奇心のためにと国をも捨てられるドワーフを集められれば、武器の量産に着手できる。
捕らぬ狸の皮算用?
ドワーフの引き込みに失敗したからと言って、勝算がなくなる訳じゃない。
南大陸の独自素材が入手できなくても、今の設計が無駄になるだけ。私が忘れてはいけない名前が増えるってだけ。
ハイサムが連れてくるのがエルフの大軍勢だったとしても、全て蹴散らして一か月後の決戦に備えるだけ……。
「その場合、エルフの戦力を各個撃破できて一か月後が有利に働くのではありませんの?」
「あ、そういう利点もあったね」
どんな結果に終わっても損はないらしい。
そしてディルガームへの滞在も無駄じゃない。
狐人や他の獣人達は自由意思に任せたけれど、大規模な軍隊を組織するこの国は確実に引き入れておきたい。
そのためにも、ファイサルさんには上層部への取次ぎをお願いしていた。ヤクザの大親分くらいにしか見えなくても、あれでヒュウガライツの要人だから。
道中での学びも多いらしく、利点は自国でも取り入れようと細かく記録を残しているのも知っている。
ただ、訪れてみた獅子人の国には厄介な風潮が根付いていた。ハイサムとの待ち合わせ場所としては選択を誤った気もしている。
「お姉ちゃーん、帰ったよー!」
で、シャハブは狩りに出ていた。本人の魔力制御訓練と暇つぶしを目的として。
アイテムボックス魔法を付与した鞄を持たせてあるので戦果を直接は見られないけれど、ご機嫌な様子から大暴れしてきたのだろうと察せられた。鬱憤も溜まっていただろうし。
シャハブの声を聞いて、もうこんな時間かと顔を上げる。ジュートが差し入れてくれた軽食を作業しながら摘まんだだけで、そろそろ日が落ちるって言うのに朝からずっと机に向かっていた事になる。
ちなみに、ジュートに話しかけられている間もずっと、私の視線は紙面上にあった。
シャハブの声が合図になったのは、狩った魔物の換金に行かなければいけないから。
未成年なので保護者同伴が必須って話じゃない。
何しろ、協会に登録してあるのは赤の狩人である私だけ。
シャハブの実年齢は登録基準に達していないし、かと言って虚偽登録するのも気が引ける。
「今日もオーク?」
「うん。いっぱいいたよ!」
魔物の個体数が少ない南大陸で、いっぱいと報告するにはどれだけの範囲を駆け回ったんだろうね?
当然、火事の原因となり得る火炎獅子魔法は私の目のないところでの使用を禁じている。シャハブの身体能力のみでの成果だった。
狩人協会へはジュートもついてくる。暇しているからと言うだけでなく、ちょっとワクワクして見えるのは昨日面倒事に巻き込まれたから。
今日も何かあるのではないかと見物に来るらしい。
反対に私は、きちんと情報共有しておいてほしいと穏便を願っていた。
………………。
…………。
……。
「オーク十八頭、こちらの金額で如何でしょう?」
「「「…………」」」
残念ながら、私の希望は天に届かなかった。シャハブは呆れた様子で、ジュートはニマニマ成り行きを見守っている。
狩人協会で提示された金額は、相場の半分程度しかなかった。肉の需要が高いこの国でなら、もっと高値がつけられる筈なのに。
受付の獅子人は、これが嫌なら他へどうぞ……と言いたげな顔をしている。
昨日も同じ事が起きた。
理由は、獅子人至上主義なるものが浸透しつつあるから。
入国税を不当に吊り上げられる。食事に行けば入店料を求められる。宿泊を断られる。他でも似た事態は起きた。
協力を求めに来たのに騒ぎを起こしたくないとお金だけなら払ったし、態度の悪いところに泊まりたくないから他の宿を探した。
なんでも、若い世代を中心にエルフの真似事が流行っているのだとか。
今度の選帝競儀に勝利するのは獅子人だからだと、根拠の薄い風聞も流れているらしい。その結果、獅子人の時代が来る。自分達は特別なのだと思いあがり、他種族を見下し始めていた。
これを教えてくれたのは宿の女将で、誰もが妄信している様子でもない。
そして、昨日は不当な買取価格を当然だと受付の味方した狩人六人をジュートが殴り倒す事で、相場の価格設定を受け入れさせた。
「あら? 力自慢の狩人がこの程度ですの? こんな様で、獅子人は特別だなんてよく言えたものですわね」
そう言い放ったジュートの台詞まできちんと共有しておいてくれれば、今日の面倒事は避けられると思ったのに、獅子人の伝達能力は高くないようだった。
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