ヘンなエルフ
狐人の国を発った後、私は運転しながら考え事をする時間が増えた。
獣人達の参加は受け入れた。避けられなかった事だし、利点もあると納得してもいる。それでも、彼等に死んでほしくないと考えてしまう。
南ノースマークで戦端が開かれた時点で、犠牲者が出る事は覚悟していた筈だった。
全ての連合国軍を私が殲滅でもしない限り、どうしたって血は流れる。かと言って私だけが戦場に立っても、長い目で見れば王国軍の弱体化を招いてしまう。経験を積まない軍隊に成長はなく、訓練だけの日々で意志は保てず、出動の実績がなければ予算だって削られる。
そもそも私は国の最高戦力であると同時に、投入は最終手段とされていた。
一国の趨勢を個人に託すような事があってはならない。そんな事をすれば他の戦力は頼りないのだと侮られ、私の死後へ向けた戦力充実を画策される。
南ノースマークを襲撃した船団に対しては、領主として反撃しただけ。
犠牲を減らしたいからと以降の参戦を私が希望したところで、聞き入れられる筈もなかった。私にできるのは兵器を開発して支援するくらい。連合国へ立ち向かうのは、あくまで王国軍の役割だった。
それ以前の問題として、南大陸へ召喚されてしまった訳だけど。
無血で終結させられる戦争なんて存在しない。
流血沙汰を起こさないままクーデターを成功させたとされる前世の名誉革命だって、ロンドンでの戦闘が起きなかっただけで小競り合いは発生していたし、亡命した国王に忠誠を誓った貴族が反乱も起こしている。
当時としては犠牲が少なく名誉革命と呼ばれても、平和的な解決には遠かった。
しかも、革命軍側が戦わなかったのではなく、他国に介入され、国軍にも裏切られた国王側が戦えなかっただけ。結果として戦闘が発生しなかったものの、意図したものじゃない。交戦することなく亡命に走った国王の行動は、革命軍にとっても想定外だったと言う。
結局のところ、戦場で綺麗事なんて通用しないと言う証左だと思う。
交渉で解決するなら、開戦前でなければならない。
けれどヴァンデル王国は一方的な攻撃を受け、私が南大陸に召喚された事で獣人達も巻き込んだ。調べた限りエルフ・ドワーフ側に融和勢力なんて存在せず、平和的な終結方法は残っていない。
それでも、と。
弱い私は何とか犠牲者を減らす方法を考えてしまう。
最善策は、エルフと拮抗、或いは圧倒できるくらいの武器を支給する事。魔法の習得は間に合わないので、戦力アップは魔道具に頼る他ない。
けれど、私に何百、何千、下手をすると何万の生産能力はなかった。
私はあくまで開発者。
新しい機能を考え、それを実現する方向に特化している。酷い場合は意見するだけ、提案するだけで丸投げの場合だってあった。実際に魔道具を組み立てる場合でも、フィルママンや集束魔法籠手のような一点物で、量産化するための作業は苦手としている。
それを実現するためには魔道具をできるだけ簡略化しなければならず、技術的な不足を永続化や硬度強化と言った付与魔法で誤魔化してきた部分は代替機構を考え直さなければならない。
できないとまでは言わないものの、ノーラやマーシャの協力がなければ難しい。
しかも、量産魔道具を組み立てる製造ラインの考案についてはキャシーにほとんど丸投げしていた。これまた不可能とは言わないまでも、一か月で稼働まで持っていける気はしない。
何とか皆と連絡が取れれば……。
焦る感情ばかりが募るからか、今は実現不可能な願いを思い描いてしまう。
私の構想を形にしてくれるキャシーに。
地道な作業にも音を上げず、確実に成果を上げてくれるマーシャに。
類い稀な鑑定魔法と正確な計算能力で私を支えてくれるノーラに。
私が望んだなら何でも、時には願う前から入手に動いてくれているウォズに。
直接は研究に関われなくても試運転では頼れるオーレリアに、会いたい。
きっと今の状況を打開してくれる。
そうでなくとも、声だけでも聞きたかった。
でも、通信機は登録した魔石間で魔力波の行き来を可能にするもの、転移鏡はあらかじめ設置した鏡面間を行き来するもの、どちらも本体を持ち込んでいない時点で活用しようがなかった。たとえ新造したところで、王国側の魔道具とは繋げられない。
特に通信機に関しては、南荒洋を超えた遠方にまで魔力波を届けられるかどうかすら分からない。
「あれ? お姉ちゃん、誰かが襲われているよ」
私が正答の見つからない思考に埋没していると、周囲を警戒していたシャハブが地上の異変を見つけた。見れば、男性が魔物に襲われている。
ただ――
「あら、エルフですわね」
「あ、確かにエルフだ」
「あの生っちろい肌は間違いねぇな」
先日まで滞在していたコートスォロの狐人ならともかく、エルフってだけで悪だと決めつけるほどの恨みを、私達は抱いていない。
でも、助けると面倒事に巻き込まれそうな予感はあった。
お礼も言わずに、どうしてもっと早く助けなかったと罵られるだけならまだいい。私達が魔物に襲わせたとか、危機を眺めながら放置されたとか、根も葉もない風聞を獣人達へ触れ回られても困る。
だからと言って、見捨てるのも後味が悪いと迷ってしまう。割と奥まった魔物領域、ショートカットのためだとしても獣道を通ったのは自己責任だし、今なら他人と割り切れる。
「助けるだけ助けて、何か面倒な事を言うようなら礼金だけ巻き上げて放置してもいいのではありませんの?」
ジュートが恐喝慣れしたチンピラみたいな事を言う。
追っているのは石食い猿の群れ。種族名は石を主食としているからと言う意味でなく、石を噛み砕くほど鋭い牙を持つって由来なので、このまま放っておけば確実に死ぬ。余計なお世話……とはならなそうだった。
ついでに、猶予はあまりなさそうに見える。
「あれ、確実に捕らえられる獲物を追い込んで遊んでますわね」
「うーん、とりあえず助けてから考えようか?」
「じゃ、オレ行ってくるね」
シャハブは言うと同時に窓から飛び降りる。直後、魔物蔓延る森に火の玉が落ちた。
落下して無事で済む高度じゃない筈だけど、あの子の火炎獅子魔法は落下エネルギーすら熱に変換できるらしい。随分人外染みてきた。
更に、石食い猿を仕留めるための火槍となって降り注いだ。竜でも燃やせそうな大火力が、凶暴な魔物を一瞬で炭化させる。
それでも周囲への警戒は怠らず、潜む魔物が他にいない事を確認してから私達に向けて手を振った。
「お姉ちゃーん、終わったよー」
シャハブを回収する必要があるし、無言で立ち去るのも感じが悪いと思うので、フィルママンを降下させて私達も森へ降りた。
行商人らしい格好をしたエルフは、シャハブを見上げたまま固まってしまっている。
燃えながら落下してくる獅子人も、空飛ぶ乗り物も見た事ないだろうから仕方ない――そう思っていたら……。
「美しい…………」
「は?」
「なんて美しく、力強い炎でしょう。まるで太陽がこの地に降り立ったよう……。これほど美しい魔法は初めて見ました。それとも、精霊様が僕の前に舞い降りた? 魔物に追われて不幸だと思っていましたが、炎の化身に巡り合えるとは思っていませんでした。なんて素晴らしい日でしょう……」
商人エルフは陶酔した様子のまま、シャハブの前に跪く。
「美しい貴方に、僕の胸は撃ち抜かれました。どうか僕を傍においていただきたい。そのせいで灰になってしまったとしても、僕は決して後悔しないでしょう」
「え? え? え?」
そのまま火炎獅子状態のシャハブの手を取ろうとしたものだから、シャハブは慌てて後ずさる。その様子に、頭のおかしなエルフはとても悲しそうな顔をしていた。
本当に灰になりたかったのかもしれない。
行商人なんてしているからかエルフは細身であっても少し筋肉質で、シャハブを真っ直ぐ見つめて幸せそうに顔をほころばせている。頬を赤く染め、目を潤ませていても、男性だと一目で分かった。
同性愛を頭から否定する気はないけど、シャハブにそういった情緒は育っていない。教育に悪いのは間違いない。
そのまま燃えてしまえば変人に煩わされずに済んだかも……。そんなふうに思ってしまうくらいには、特大の面倒事だった。
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