死地への扇動
実のところ私は、自分が死ぬかもしれない状況を想定した事がない。
前世はそういった危機に縁のない平和な国で暮らしていたし、今世では大抵の危機をそれだと認識しないまま切り抜けてしまう。
悪癖……だと思う。
実際、今も命を懸けてエルフ達に挑もうとする狐人に共感できないでいた。
国のため、なんて綺麗事ではないと思う。ほぼ間違いなく自分のため。
弱い自分と決別するためであったり、大切な人の敵討ちであったり、これまでの理不尽に対する反骨心、或いはただエルフが嫌いなだけ、なんて人もいるかもしれない。
理由は何でもいい。
そのために命を捨ててもいいと思えるのなら、間違いなく覚悟と呼べる。極端な話、お金や名声が目的であったとしても、それだけ強い意志を持って挑める者を安易に批判するべきじゃない。
気持ちは分かる……だなんて口が裂けても言えないけれど、そうして自分を追い込んで全力で何かを求められる事は素直に凄いと思えた。
けれど、私はそれを受け入れられない。
前世、恩人の死によって人生が成り立った私は、今でも知人の死を酷く恐れている。敵、或いは自分と関わりのない人間ならある程度の割り切りも可能になったけど、できれば死んでほしくないって矛盾を抱えている。義務感で弱さを上塗りしているだけ。
そのせいで、狐人達の覚悟を軽んじてしまった。
勿論、死ぬ可能性を提示された事で意気を消沈させた者もいたけれど、変わらない決意でこちらを窺う者も多くいた。
そもそも彼等は、私に守ってほしいだなんて言っていない。
彼等が私へ願ったのは矛の役割、エルフ撃退の戦列へ加わるところまでだった。私に盾役まで望んでいない。
だからと言って、私の精神的負担が減る訳でもなかった。
「辛いものを見る事になるよ?」
「うん、分かってる。オレの提案のせいで迎える結末から、目を逸らすつもりはないよ」
シャハブは既に地獄を見た。自分の傍で友人達が次々と力尽き、自分だけが生き残ってしまったと言う罪悪感を背負っている。
あの時は無力だったからこそ、際限なく理不尽に翻弄される狐人達へ手を差し伸べたくなったのかもしれない。助けられなかった子猫人達の代わりに。
その気持ちなら、分からなくもない。
前世の私は一方的に助けられ、返せない恩と罪悪感を振り払うため、不特定多数の誰かのために生きた。
自分が死んでいればよかった……とは思えなかった。その後ろめたさを打ち消すためにも、頭も体も常に動かしていたかった。そうでなければ押し潰されると強迫観念があった。
私の場合は自己犠牲。
狐人達の場合は殉難、或いは玉砕。
決して褒められる行為でもないけれど、そうでないと生きられないのだと思えば、私は否定の言葉を持たなかった。少なくとも、老齢にもかかわらず死地に身を置き続けるより建設的ではある。
私が嫌だからと拒絶するのは、彼等にとって余計なお世話でしかなかった。
「どうやら、私達の負けのようですわね」
「……うん」
「しかし、悪い話だけではありませんわ。人手が増えればそれだけ多くの戦術が選べるでしょう。危険はあっても偵察で情報を得て、エルフ達をかく乱できるよう兵を動かせば、無駄死にを減らす事はできる筈です」
ジュートの方が私より柔軟に状況を見極められる。魔王種戦でも彼女は少しでも多くの民を守るため、兵士や偽装冒険者を死地へ送り出した。魔導士だからと前線に立つ私よりよっぽど貴族らしい。
でも、それには狐人だけでは心許なかった。
彼等はあくまで志願兵、一部が立ち上がったからとコートスォロの住人に協力を強制する訳にもいかない。
「支部長さん、狩人協会の伝達網を使って、各国へ協力を要請する事は可能ですか?」
「それは勿論。魔物によっては一国のみでの討伐が困難な場合もありますから、主要国へは協力や救援の要請ができるよう体制を整えてあります。……獣人化して走れば、馬車での移動よりずっと早く情報を共有できるでしょう。戦場に出るよりは危険が少ないので志願する者も多いかと」
私が決意を固めたのを察して、老支部長は実行手段を開示してくれた。協力者を募るにも、戦場となる東側より西に住む獣人の方が多い。飛行手段を持つ私達は南へ竜討伐に向かう必要があるから、伝達速度が命となる。
人手がより集まるのはエルフの理不尽に晒されている東側の領地だとは思うけど、西は無関係という訳にもいかない。
私は地図を広げて戦略を組み立てる。
これは豚人ライハーンさんから提供された。西側で暮らす獣人達が長い時間をかけて測量したものらしい。逆にエルフの勢力圏に近いコートスォロでは周辺地域以外の測量を厳しく制限されており、ユーシアメイル周辺の地形情報などは目視までしか手に入らない。
西の先人達が少しずつ間者を送りながら執念で製作したものだから、取り出しただけで驚愕の声が上がった。
エルフ達が暮らすユーシアメイルは五つの山に囲まれた自然の要害となっている。山がないのは海側だけで、浅瀬に岩場が広がるこちらもエルフの国を守っていた。
けれど、飛行手段を持つ私には関係ない。
搭乗口サイズの関係上、フィルママンの定員は増やせないとしても、足場さえ用意したなら千人でも一万人でも私は全員を連れて浮かせられる。本来ユーシアメイルを守る筈の山壁は、情報を遮断するだけの障害になり果てる。
「山の麓にある国で、確実に味方へ引き込める国はありますか?」
いくら防衛体制が整っていると言っても、喉元に反逆心が突き付けられていては気が休まらない。ユーシアメイルを囲む六国は税の軽減やドワーフ開発商品の流通など、優遇条約を結んでいた。
農耕に特化した牛人国と鹿人国、複数人で効率的に狩りを行う狼人国、ドワーフ並みに手先が器用で物造りに適した猿人国、人口は少ないながら戦闘力の高い鱗人国、輸送の要となる馬人国がそれにあたる。
現状の継続を望んで敵対されるとユーシアメイルへ効率的に攻め込めない。足掛かりはないかと老支部長へ問うてみたところ、迷わず答えが返った。
「馬人の国、マルフットでしょうな」
「エルフも移動手段は馬車だと聞きます。生活に必須となる種族との関係を悪化させるものでしょうか?」
「そこはエルフだからこそと言いますか、自覚すらしていないかもしれません。狼藉を禁じ、様々な面で優遇しているのだから反感を買う筈もない、と」
馬人はその貢献から、様々な場所で友好関係を築いている。複数個所に集結して国を構築する種族もいるけれど、馬人は特にそれが多い。むしろ村程度の規模で小国を複数営み、大陸の流通を支えていた。
普通に考えれば冷遇する意味がない。
でも、私は気づいてしまう。
「もしかして、家畜扱いされているのですか?」
「ええ、他の国は農産物、食肉、工芸品、魔物素材など物品をやり取りするのに対して、馬人が提供するのは労働力です。移動のために使役する奴隷か何かとでも勘違いしたのでしょう」
無意味に鞭で打つ、獣化が解けないくらいに馬具を装着させる、馬車につないだまま放置する、碌に食事を与えないなど、やりたい放題らしい。
馬鹿な話だと思う。
自動車や飛行艇、代替となる移動手段を開発したならともかく、自分達も頼らなければならない種族を人間扱いできないなんて文化的な生活を投げ捨てる行為に等しい。
今は国の安定のために耐えているとしても、歪な関係はいつか破綻する。その時、武力に訴えたからと言ってこれまで通りに馬車を引いてもらえる訳もない。国の方針か、個々に品性が足りないのかは知らないけれど、未来の破綻を指摘してあげる義理はない。
むしろ、私達にとっては都合がいいので利用させてもらう。
「私達はこれから、竜を討ち、選帝競儀の勝利を確定させます! しかし、それでエルフ達が大人しく帝位を譲るとは思えません。おそらくは競儀の無効を訴え、私達を亡き者にしようと軍隊を送って来るでしょう!」
当初の計画では、ユーシアメイルの中枢を強襲して一撃離脱。混乱の隙を突いて長航船を奪取し、王国へ帰還するつもりだった。その後、エルフが統治の正当性を失った事を喧伝しながら攻め込めばいい。戦勝後は、王国にとって都合のいい政権を樹立できる筈だった。
でも、エルフに対抗できる戦力を現地調達できるなら話が変わる。エルフを打倒した後、その協力者として堂々帰国すればいい。
「一か月です。共に戦おうと思うなら、それまでにマルフットへ集合してください。一か月後、帝位奪取を宣言し、エルフ本国へ乗り込みます!」
「「「おおっ‼」」」
「当然、激しい抵抗が予想されます。斃れる者も出るでしょう。血が流れる事は止められません。ですが、私は決して折れません! 皆さんの何人かは最後まで見届けられないとしても、エルフを必ず打倒し、新しい未来を創る事だけは約束しましょう!」
「「「おおおおおおおお――――っ‼」」」
こんなアジテーション、したくない。
それでも、この流れは止められないのだと受け入れた。
私は彼等を率い、戦士の屍の上に獣人達の国をつくる。
狐人達の雄叫びが店内を満たす。それを聞きつけた者が何事かと集まり、事情を聞いて更に歓声を上げ、遅い時間にも関わらずお祭りみたいな騒ぎへ発展していた。私達が宿へ引き上げても喧騒は収まらず、狐人達は未来の可能性を夜通し語り続けるのだった。
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