無垢と忌避
当然、シャハブの発言は予定にない。
どんなに願われても協力の申し出は受け付けないと決めていた。その方針を共有していた筈なのに、お爺さんの過去話に同情したのか、突然の提案はシャハブの独断でしかなかった。
ジュートは困った様子でこちらを見ているし、ファイサルさんも戸惑い顔でそれでいいのか……? と私を窺う。
でも、私はシャハブを否定する言葉を持っていない。
「やった! きっと……いや、必ず成功させよう!」
「傲慢なエルフ共に目にもの見せる機会だ!」
「待ってろよ……、絶対敵を討ってやるからな……」
「ありがとうございます、ありがとうございます……本当に、ありがとう……!」
すっかり盛り上がっている空気に、水を差したくないって話じゃない。
貴族としての教育を受けてきた私は、必要だと思ったなら冷酷な判断も下す。足手纏いなのは間違いないし、狐人は良くて他は駄目と言うのも道理が通らない。他の種族も際限なく集まってくる。無駄にエルフを刺激するから、彼等を守る手間だって増える。
だから、狐人からの助力は食事をご馳走になるところまで。
それ以上は断ると決めていた。
けれど、撤回の前にシャハブの意図を確認しておかなければならなかった。彼は私の部下でも、被用者でもない。
あくまで、私がこの子の保護者になると決めただけ。
私がシャハブの人生に責任を負うだけで、それで上下関係を作ろうとは思っていない。むしろ、彼が願うならできるだけ叶えるつもりでいた。
だから、シャハブの発言を頭ごなしに否定するような真似はしない。感情的になって叱りつけようとも思わない。
その点で言うなら、思い付きと発言が直結してしまう子供らしさを失念していた私が悪い。感情的になったなら尚更で、精悍に見えても六歳児である事実を念頭に置いておかなくてはいけなかった。
「シャハブ、どうしてあんな事を言ったの? 私達で何でもできる訳じゃない。大勢で行動するって事は守らないといけない人が増える訳だから、同行者を危険に晒してしまう。戦力と期待するどころか、私達の弱みになりかねない。だから、協力者は最低限にすると決めたでしょう?」
最終的な決定権はパーティーの中心である私にあるのだとしても、自発的に表明したシャハブの意見を問答無用で切り捨てるような事はしたくない。自分とは考え方が違うからと、同行する仲間の主張を無視する事があってはならない。
勿論シャハブもパーティーの一員だから、一つの提案として真意を問いかける。
その結果が私を納得させられるものでなかったとしたら、私は躊躇わずこの場の期待を翻す。それで狐人達に恨まれ、罵られ、今すぐコートスォロから叩き出されるとしても、私は決断を迷わない。
「オレだってエルフは好きじゃない。でも、それは周りの大人達がそう言っていたからそんな気になっていただけで、直接何かをされた訳じゃない。国が貧しかったからって、それで恨みに思うほど俺はエルフを知らなかった……、知らなかったんだって、今……分かった」
シャハブは幼い。つまりそれは、経験が少ない事でもあった。
猫人の国は勿論、ファイサルさんのヒュウガライツだってエルフの活動圏からは遠く離れているから、ここまで悲惨な話を聞く機会を得られなかった。
「実感がなかったから今まで分からなかった。でも、誰かを殺したいほど恨んだ事、オレにもあるから分かるんだ。理屈じゃない。どれだけ当然の指摘をされても、自分でも要らない感情だと分かっていても、消える事はない。どんなに納得した……割り切ったつもりになっても、ふとした拍子に思い出す」
「召喚の生贄にされた事?」
「……………………………………うん」
控えめな告白に驚きはない。
時々昏い顔をしてる事、夢見が悪くて飛び起きる日がある事は知っていた。私は専門家じゃないので、トラウマを取り除くような救いは与えられない。
私にできるのは、新しい日常をあげる事だけ。
楽しい記憶で上書きする……は、殺伐とした旅に同行させている時点であんまり達成できている気がしない。
狐人とシャハブ、確かに似ているのかもしれなかった。
身寄りがなく幼かったから。
抗う術を持たず弱かったから。
どちらも理不尽に人生を歪められた。違うのはその後の選択。
シャハブはそれまでに受けた恩、共に過ごした日々まで嘘にしたくないと、離れる事を選んだ。
逃げ場のない狐人達は耐える他なく、選択肢は与えられなかった。
「今更何かしようって訳じゃないんだよ? あの人達の事、キライになった訳でもない。でも、助けて、どうして……って訴えていた友達の声が消えてくれない。オレ達の事をじっと見てるのに、何もしてくれなかったあの目を忘れられない……。復讐したい訳じゃない。そんなのホントに望んでない」
「うん。シャハブがそれを、悩んで、悩んで決めたのは知ってる」
彼が優しいから……じゃない。
愛情の反対が無関心であるように、シャハブはあの猫人達と関わらない事を選んだ。最低限の助力だけして、もう帰らないと決めた。報復を考えない代わりに、それで恩も清算とした。
「それで?」
「え?」
「シャハブが彼等に共感したのは分かった。恨みや無念の感情は重い。だから、シャハブが力になってあげたいと思っているのも」
「う、うん……」
「でも、それだけ? 同情して、自分と重ねて、放っておけないと思った。自分には力があるから、シャハブは強いから、一緒に連れて行ってほしいと申し出る彼等を受け入れたいと思った。それだけ?」
シャハブが戸惑うのが分かった。
私は否定の言葉を使っていない。声を荒らげてもいない。だから、疑問で返されるなんて思ってもいなかったのだと思う。
普段からシャハブの希望を制限しないから。
諭す事はあっても、なるべく叱るって選択肢を避けてきたから。
シャハブの人生を歪めたのは私もだと、負い目が常にあったから。
だけどそれで、狐人の受け入れには同意できない。
私だってお爺さんの過去を聞いて悲しくなったし、理不尽に耐えるしかなく、過去は罪だと背負うしかなかった人生を思うと心が重い。だからと言って、無責任に彼等を危険に晒せない。余所者である私は、彼等の命まで背負えない。
そして、シャハブが強力な魔法を得た事で、自分なら彼等を守れると思いあがってしまっているなら、私は今度こそ彼を叱ってあげないといけない。
「でも、他人事じゃないんだ!」
それでもシャハブは引き下がらなかった。声を大にして思いの丈を吐き出す。
「人伝の知識でエルフを嫌っていただけのオレとは違う。大事な領民を傷つけられたって怒るお姉ちゃんと同じで、ずっとエルフに奪われてきた。なのに、エルフを打倒しようって話を聞いて、じっとしていられる訳がないんだよ」
これも私の失態だった。
彼等を巻き込まない、足手纏いは受け入れないと思っているのなら、エルフの理不尽に困らされる狐人達へ手を差し伸べるべきじゃなかった。中途半端に希望を見せるべきじゃなかった。
そこまで考える前にエルフを殴ってしまったジュートも、この展開に気まずそうな様子で気配を消していた。私へ丸投げとも言う。
どうでもいいけど、ファイサルさんの本音はシャハブ側となる。やっぱりこっちも当てにならない。
「エルフに対して憤る気持ちはお姉ちゃんもこの国の人達も同じだけど、そこに籠った感情は微妙に違うよね? お姉ちゃんは純粋な怒りで、狐人達は恨みや憎しみを燻らせてる。それなのにお姉ちゃんだけでエルフを打倒してしまったら、あの人達の辛い感情はどこへ行けばいいの?」
そこは悩むところではある。エルフやドワーフを全滅させようって話じゃないから、ユーシアメイルを陥落させて政権を奪取しても、対人関係の歪みは残り続ける。
政治面の課題とは言え、簡単に解消できるとも思えない。
エルフを恐れたって記憶は消えないから、その感情がこれからも続くかもしれないし、逆にエルフを虐げる要因になるとも考えられる。どちらにしても碌な未来じゃなかった。
「お姉ちゃんにとっては敵国かもしれない。でも、皆にとっては自分達の国なんだ。お姉ちゃんに任せて、エルフ達が権力を失って、それでめでたしめでたしとは思えないよ。物語じゃない。敵がいなくなったから終わりじゃなくて、その先を生きなきゃいけない。そのためにも、自分達で勝ち取った……せめて、その協力はできたってくらいの実感がないと……」
「うーん、シャハブの言い分は分かったよ。実感……、実績と言ってもいいけど、大事だとは思う。ここが獣人達の国で、自分達で動かないとって気持ちも」
実際、獣人達の意識改革は必須だった。虐げられるのが当然の負け犬根性は変えておかないと、何十年後かの政権交代で元の体制に戻りかねない。その影響は王国も無関係でいられない。
だから、今回の機会をその起因にするって意見には一理ある。
「でも、この人達に、そのために死んでとシャハブは言える? 自分は未来を生きるけれど、そのための犠牲になってほしいと。実際、大勢死ぬよ」
「……だとしても、避けて通ってはいけないと思うから!」
「――!」
今、シャハブは協力者の命を背負わないと言い切った。
彼等は自分達の責任で、明日のために命を懸けるべきなのだと。
シャハブは幼い。つまりそれは、学びを得る事が多くあるという事でもあった。
彼が未熟だからこそ、成長の可能性は無限に広がっている。
老支部長の方を一瞬見た後、はっきりと否定の意志を示したシャハブに、気圧されたのは私の方だった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価をいただけるとやる気が漲ってきます。是非、応援いただければと思います。




