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CITY GUARDIAN  作者: 景虎
Casefile 02 戦闘空間
14/45

chapter 13 終わる夜

彼女の声が反響しなくなって数分が経つ。妖しい光輝を放つ隻眼、身動き一つしない被疑者に苛立ちも生まれる。都留とどめは次の一手を講じようと口を開いた矢先、彼は沈黙を破った。

『そうだとしても、貴女方は僕を殺すのでしょう?』

 想像していた声と違い、女性っぽい高い声という印象だった。二言目には、諦観から来る怨嗟を感じた。

 彼女は怨嗟を即座に否定した。

『殺しはしないわ! 私達は貴方を確保しにきた。ただ、それだけよ』

 都留とどめの声はよく反響した。張った声の強さが彼女の意思の強さでもあった。

 『確保しにきた』、たった一言が耳に入る。一間を置き、場の空気を吹き飛ばす程の爆笑をレオンと呼ばれる模倣品イミテロイドはしてやる。

 戦人せんとの音響センサーが拾うそれは、癇に障る気味の悪い高笑いだった。

『カ・ク・ホ……が何だって? 全く仕事好きな公務員がいたもんだね』

『それは、どういう意味で言ってるの?』

 揶揄う態度に彼女の苛々が言葉に乗った。

 こちらの神経を逆撫でする煽った言葉に、人間を見下している性根を感じられる。

『どういう意味って……法廷に行ってもどうせ死刑になるんだからさ、この場で殺せば良いのにねって話さ』

『この場では殺さない。貴方には確りと罪の意識を覚えて貰ってから、法的根拠に基づいて死んで貰います』

『な~んだ、やっぱり死ぬんじゃん』

 会話に温度差がある。声の高さも相俟って性根の悪いガキを相手しているようだった。

『だいたいさ~、僕はさ、送致やら拘留やら起訴やら、余計な仕事をしたいだなんて本当に仕事好きな公務員さんだねって意味で言ったんだよぉぉ!』

 それはある種の爆発なのだろう。レオン・久瀬という名前、いや商標ともいうべきか。その標を提げられた模倣品イミテロイドの感情の爆発だった。

 中性的な声は擦れる程のシャウトがかかり、滞留してきた鬱憤が決壊したことは都留とどめという素人が見ても分かった。

『だいたいよぉ! 僕を何だ、カクホ、かくほ、確保だってか?! だったらやって貰おうか! 殺さず傷付けずでできるならなぁぁぁん?!』

 レオンの商標登録が成された模倣品イミテロイドは発狂に任せて、突き付けられた短刀を弾く。

 しまったと条件反射的に思うも束の間だ。継ぎ接ぎ巨人が塊のような体躯を生かして、体当たりを噛ましてくる。

「チッ! やるかぁ!」場当たり的に言葉を消費した。

 突進する相手を去なす。まるで闘牛だ。なら自分は宛ら闘牛士と言ったところか。

 避けられた継ぎ接ぎの巨人はクイックターンを熟し、そのままロケットスタートで再び突進する。

「そんな大技が当たるかよ!」

 重心をずらした単なる荷重移動。側を丸みのある巨体が擦り抜け、装甲を風が掻いた。再びのクイックターン、しかし南雲なぐもの前で次は無い。

 振り返って景色が変わると目の前に体躯の良い人型、そして拳がレンズ越しに一杯となる。

 顔面への直突ストレートが決まる。続いて次弾を構えた左腕のジャブ。これも気持ちが良いほどに入った。

 ゴッシャッと場当たり的に効果音が流れる。それが頭部を構成する骨格フレーム、ともすれば頭蓋を砕いた音に他ならない。

 景色が飛び、レオンの名が付く模倣品イミテロイドは先程の調子の良さを欠いて、焦燥に染まる。だが焦燥を覚えたところで南雲なぐもの手が緩まることはない。継続して今度は蹴りを繰り出す。右脚を軸に撃つ左脚のカーフキックは、的確に相手の膝下を捉える。

 蹴りがもたらす瞬間的な破壊力で脚部の骨格フレームが歪むとともに体勢は崩れる。そして、抗えもせずそのまま転倒した。

『ケッ、カッ、ハッ、ヒャ、ヒャヒャヒャ! 良いねぇ~、ようやくロボ戦っぽくなってきたよぉ!』

 血の味もする滴りを唾と吐き、舌足らずになる舌で煽る言葉を並べる。暗い操縦室キャビンの奧に今だ姿を確認できない模倣品イミテロイド。その顔は歪んだ笑顔にでもなって、こちらを嘲笑しているに違いない。

「減らず口が言えるか。なら……」

 スライド機構を要する前腕部から折り畳み式の近接用短刀バイブレードナイフを展開、目の前のガラクタ同然な目標へ突き立てる。

 刀身が振動し熱を発する。耳を突く高周波が唸りを上げる。

『フッヒヒヒャ、そうだ……それで良い。それが一番お似合いだ』

「よく喋る模倣品イミテロイドだな」

 狙いを定める。シルエットも確認できない黒の中、姿見えぬ被疑者へ冷ややかな殺意を向ける。

 殺意は腕を伝って柄から刃へと乗る。今度こそ処理する。南雲なぐもの腹が決まったとき、水を差すように跳弾の音が木霊した。

 弾は継ぎ接ぎの巨人を狙ったものだと理解し、着弾地点から投射方向を算出、ベイエリア8第2区画から狙撃されたと答えを出す。

 レーダーマップへ目を飛ばす。投射方向に緑のマーカー、IFF(味方識別信号)は味方だと認識している。

「フェンリル1……草薙くさなぎか! フェンリル1、聞こえるなら減装薬のホローポイントじゃなくて、貫徹力の高いフルメタルジャケットを使え!」

 命中しても効果がない。一番初めに撃った南雲なぐもがその事を一番理解している。内部破壊に有効なホローポイントが効かないなら、被疑者ごと殺傷する貫徹力の高い弾を使う方が有効的と判断したのだ。

「フェンリル1、どうした! 返事しろ草薙くさなぎ!」

 HMDのインカムへ怒鳴り散らすが返事がない。

「………まさか、通信システムがイったか?」

『よそ見が過ぎるんじゃないか、公務員さんよぉ?』

 模倣品イミテロイドの声。意識が引き戻され、眼前の目標を見たときには不細工なロボットアームが画面に広がっていた。

「チッ、猪口才な!」

 思考する前に指が走る。防衛本能が身体を乗っ取り、刹那の一時に防御態勢に移る。

 振り下ろされたロボットアーム、空気を裂く金属の塊へ差し向けた左腕。掌がカッと開き、真っ向からそれを受け止める。雷鳴にも似た轟きをもって振動が腕から全体へ駆けた。

 ズシリとした威力。TYPE74の躰が地面に押された感覚すらある。

『へぇ~、やるねぇ』

「フン、卑怯な野郎だな」

『戦いに卑怯も何も無いんだろぉ? 勝てば官軍だろぉ、公務員さんよぉ?』

「………そうだな、だが所詮パワー負けしてるお前じゃ、その程度が関の山だよ!」

 腹の主である南雲なぐもの言葉で力がかかる。受け止めた左腕が切っ掛けを作り、力任せに腕を突き出しロボットアームを弾く。

 間合いが開いた。一瞬という時間の中に見た隙へ、TYPE74の右脚から繰り出された前蹴りが丸みを帯びる土手っ腹に決まる。

 ゴッガッと鈍い金属が圧壊した。足先に覚えた破壊の感覚、その余韻すら些末なこととして処理する。

 継ぎ接ぎの巨人は文字通りボールのように転がり、欲深く継ぎ接いだ丸い巨体が、土煙を上げて地面へ伸される。

「いい加減諦めろよ。どう足搔いたってお前の未来は決まってるんだ。死ぬのが早いか……遅いか……たったそれだけの違いだ」

『だったらよぉ、コレならどうよぉ?!』

 声が飛ぶ。土煙の中、不意打ちめいて体当たりを噛ます。

「な」にと言う前に、TYPE74が巨体に呑まれる。

 丸みに貼り付く五体。体当たりの直撃を受け身動きが取れなくなる。

 剛性が十二分に発揮した攻撃。原始的だが効果は絶大だ。上手くいけば致命傷も与えられるだろう。

 爆発と違わぬ衝撃をモロに受けた結果だ。振動に襲われ、今度はこちらが振盪する番かと思ったが流石は軍用規格と膝を打つ。

 衝撃は全てが去なされた。ショックアブソーバーを軸に衝撃緩衝機構を組み込んだシステム群が、全てを地面へ受け流す。ゴッと地面が窪み、放射状に亀裂が走った。

 鼓膜を破るに容易い金属の打突音の余韻が空気に残る中、TYPE74は軍用規格に錬成した自身の逆三角の体躯で即座に対応してみせた。

 金属の巨塊を真っ向から受け止めた結果、ハッキリとした痛みはないが腕の軋んだ感触が肌に伝わった。平手面の外板が震幅しているのも感じ取れる。況してやアクチュエータやアブソーバーの破損具合すら自分の一部であるかのように覚える。

 戦人せんととブレイン・マシンインターフェイスで融合するとはこういう事だと改めて身に刻む。

 改めたところで目の前の被疑者にいつまでも頭に乗らせるわけにはいかない。受けた掌に握力を加えて指を噛ませる。掴みを得たことで反撃の算段が揃った。

「こん……の、侮めてんじゃねえぞ、デカ物がぁ……!」

『フッヒャヒャ! 良いねぇ! 巨大戦の醍醐味は肉弾戦だよなぁ?!』

 癇に障る声が耳を撫でる。ウザったく粘着する眼前の巨人へ殺意をもって対応にかかった。

 力比べ。そう悟る南雲なぐもの心は、小技で去なすよりも正面から力で捻じ伏せることを選ぶ。

 俺を、俺達を。いや、この機体を、TYPE74を侮めるなよ。そんな意気込みすら帯びて視線をモニター左下部に映るステータスウィンドウへ飛ばす。

 パワーゲインはこちらが上だと息を巻く。念押しで更に出力をプラス350で入力して再設定。

 左コンソール中腹、メインジェネの操作コンソールを手動操作し出力を上昇させた。

 モニター一杯になる不細工な面へガンを飛ばし、内に堪った怒気が言霊として声に乗る。

「頭に乗るんじゃねえよ……。力負けするほど、こちとら柔じゃねえぞ!」

『おひょ?』

 押された体勢が拮抗し、押し返す様を見せる。

 TYPE74の両腕が咆えた。脚部は支え腰部は文字通り要となって躰全体で力を与えた。一歩を踏み出し、力は南雲なぐもへと肩入れし始める。

「コレでも喰らいやがれやぁ!」

 遂に均衡が崩壊を迎えた。TYPE74が撃攘の一手を打つ。ストロークを矢継ぎ早にした脚の駆動に拍車が掛かって巨体が巨体を押し返す。

 一度均衡が崩れたら元には戻らない。突っ掛かりを得ようと踵を食い込ますも、継ぎ接ぎの巨人は摩擦抵抗力も得られずコンクリートの地面を抉り続け、抵抗の足掻きを線として残す。

『ウッハハ! 足が、足が、浮いちまうよ~!』

「煩いから、とっとと黙れよ!」

 南雲なぐもの気迫、そして気迫を発振したTYPE74の前に為す術も無く壁へと叩き伏せられる。

 土煙が舞った。放射状に打たれた衝撃波の波紋が空気を震わす。同時にガラクタを寄せ集めたに過ぎない人型は碌な衝撃緩衝器も無いばっかりに、衝撃を直に受けて振盪する。

 行動不能の相手を地面へ組み伏せ、TYPE74の腹の主、南雲なぐもが生殺与奪の権を掌握した。

「これで、お前も終わりだ………」

『グッ、ヒュッ、ヒュッヒャヒャ! そ、ソイツは面白いなぁ~。だったら、早く殺してくれよ。それが社会の為ってもんだろ? シティ・ガーディアンさんよぉ?』

「あぁ、遠慮無くやらせてもらうよ…………と言いたいところだが今日はツイてるよ、お前。うちの小隊長は慈悲深くてな、お前等のような模倣品にも裁判を受ける権利ぐらいはくれるそうだ」

 小馬鹿にした口振りで彼は模倣品イミテロイドを詰る。

『フッ、フッハ、面白いなぁ~、ソイツは面白いなぁ! この俺が壇上に立つのか。この俺が!』

 やはり癇に障る耳障りな声だ。不快極まりない。いつまで可笑しな笑い声を続けるのかと南雲なぐもは苛立つと同時に、レオン・久瀬なる商標が付く模倣品イミテロイドへ不気味さがあることを覚える。

 狂気に触れた笑声がスピーカーにくぐもる。

「何が、そんなに可笑しい? 何が?!」

 不気味から恐怖へと転化する。逆に追い詰められているかのような感覚だ。

『いんやぁ、可笑しくはないさ。ただね、仕事熱心なのはイケないねぇ~? そんなんじゃ、いつか壊れちゃうよ?、僕みたいにさぁ!』

「お生憎様だな、こちとら壊れる前に人間捨ててるんでな!」

 直突ストレートの拳で黙らせる。真面に貰った巨人が、そのパッチワークな躯を蹌踉けさせる。二歩、三歩と脚が縺れて体軸の平衡を失って倒れる。

『痛いなぁ、誠に痛い。だいたい何なんだよなぁ? 人間捨ててるってさ? だったら、その捨てた人間性を俺に寄越れよ。こっちは人間として扱って貰いたいのによぉ?!』

 レオンは咆えた。同時に機体を起こす。脚の屈伸運動を利用した突進、質量に任せた原始的な攻撃。

「また同じ手か。そんなもの二度も喰うわけないだろ」

『いんやぁ、喰って貰うさ。今度は確実にね?』

「何だと?」

 言葉の往来に気を取られる中、質量兵器と化す人型重機の混成物である巨人の体当たりを喰らう。

 思考より速く四肢が操作器を手繰った。指示を具現化する器たるTYPE74が両腕を軸に全身で衝撃を去なす。

『良いねぇ、幾ら自分で捨てたとは言っても所詮君は人間だ。動物なんだ。だから目の前の事にしか対処できない』

「だからどうした?」

『まだ分からないのかい? 僕が何の策も無しに体当たりするわけないだろぉ?』

 声が嘲笑っていた。言葉の羅列に含みもあるのは理解できた。何かある。そして、それを伝えようとしている。

「まさかとは思うが、お前……!」

『おっほ、人間にしては中々良い勘をしてるね~』

「チッ、模倣品イミテロイドの癖に悪知恵が働き過ぎてるな?」

『フッヒャヒャ、下等な君達とは違うんだよ? 僕はイミテロイド、人間より優れた設計をされた人型なんだからさ!』

 さっきにも増して特異な嘲笑をする。肌を逆撫でする、同時に苛立ちも増している。

「優れたか。だが、その倫理観と傲慢さじゃ人間にはなれないな!」

『ほざいてなよ。どうせ国家の犬……いや負け犬君はここで死ぬんだからさぁ?』

「どうかな? 俺の勘が当たってれば、お前も死ぬぞ」

『いんやぁ、俺は死なないさ』

 滴った声。直後に隻眼の巨人の後部から火炎が噴いた。

『何たって、人間より優れた人型、イミテロイド様だからなぁ!』

 炸裂ボルトが発破、後部から箱型の筐体が射出される。それが言うまでもなくリジェクトされた操縦室キャビンだと認識できた。

 逃げられる。

 追跡できるか。目の前のガラクタを投げようとしたとき、模倣品イミテロイドは貼り付けにするための捨て台詞を残す。

『おいおい、起爆スイッチは入ってるんだぜ? 目の前のガラクタをどうにかしないと、建物諸共花火に成っちまうぜぇ?』

「やはり爆発物か!」

『その通りだぜぇ~公務員さんよぉ。それもその筈、機体の隙間余すこと無くC4爆薬を詰めてんだよぉなぁ! ウッヒャッヒャ』

 悪寒が駆けた。

 今、何て言った。C4爆薬を何だって?

 継ぎ接ぎ巨人の全長は目測で10メートル程、肩幅は7メートル、重量は体当たりの威力から逆算しても50トンは下らない。そして燃料も含めた空虚重量を差し引けば。

「ここが……消し飛ぶか!」

『ウッヒ、そう言う事さ! まぁ、宜しくやってくれよ仕事好きな公務員殿。あっそうだ、ぼやぼやしてると爆発しちまうぜぇ~、何たって起爆まで一分を切ったところだからなぁ?』

「チッ。お前、最高に面白い奴だな………。必ず殺してやるから、その首洗っとけよ!」

 南雲なぐもの気迫に対しても終始戯けた調子で対応するレオンという商標の模倣品イミテロイド

 狂気孕む陽気な口振りで『おぉ~怖いねぇ、最近の公務員は殺すなんて言葉を使っちゃうんだもんねぇ~』等と抜かしてみせた。

 起爆まで一分を切ったと言ったか。天球モニターの後方部を一瞥、心配そうな表情をし、その褐色の眼に潤いすら覚えた彼女の顔が映る。

 南雲なぐもはやるせない気持ちから来た「クソッ!」を吐き出す。

 やることは一つ。

 DAMダイレクト・アクティブ・マスタースレーブを介した思念操作。スロットルを全開にし、背部並びに脚部の主基を叩き起こす。

 噴射口ノズルは収縮し、蒼の排気炎を焚く。轟!と靡いたジェット噴射に任せ、TYPE74は巨人とともに建物構内から脱出を図る。

『フェンリル2、何をして!? 被疑者の確保を優先して!』

「うるせぇ! 誰かそこのじゃじゃ馬娘を機内に入れろ! 死ぬことになるぞ!」

 切羽詰まる気迫に誰もがやられた。緊急ハッチから伸びる湯田川ゆたがわ都留とどめを無理矢理機内へ戻すのを目に残して、スロットルを更に押し込む。

 抗おうとする継ぎ接ぎ巨人だが、化け物染みた推進力の加護を受けているTYPE74の前では無抵抗に等しかった。

 接地感が儘ならない足は踵を何とか摩擦の引っかかりとしたかったが、力めずコンクリートを削り取っていく。

「残り30秒くらいか?」

 具体的なリミットは不明だ。最早、第六感などという直感めいた感覚に頼るしかなかった。

 焦燥が喉に焼きつく中、景色が明るくなる。漆黒を抜け、海上へと出たことで反射した都市まちの煌めきで目が眩む。

 今だ。思考が操縦の形を得る前に、南雲なぐもの身体は機敏に反応した。左操縦桿の「オーバーライド」と右操縦桿の「リミット・コントロール」、両スイッチの同時押し。

 インターロック。本来持つ機能、軍用機として製造されたTYPE74本来の性能を引き出すための儀式。治安維持用として設定されたデチューンなる鎖が解かれ、生の性能を剥き出しとした。

「リミッター解除……だ。悪いが付き合って貰うぞ、相棒」

 弱めた口調。それは大破という避けられない未来への謝罪から来る南雲なぐもの懺悔だ。それでも、この機体は腹の主に応えるように軍用規格での最高性能を弾いてみせた。

 速度は時速860キロ相当、音速換算で0.8。与えられた時間はもう少なくない、そう既に悟っていたからこそ、彼は機体の速度を更に上げる。

 推進剤がレッドゾーンに差し掛かる。それでも出力は下げない。1メートルでも遠く。人工密集地より離れなければという意思。いや、意思というよりは意地に近い。憎い模倣品イミテロイドに為てやられたが、やられっぱなしで終わるわけにはいかない。少なくとも南雲なぐもには、それがある。

 ベイエリア8から、かなりの距離を稼いだ。そして、時間ももうない。

「空中での起爆は不味いか………だったら!」

 DAMダイレクト・アクティブ・マスタースレーブを介した思念操作で、主基の偏向ノズルを上向きにしてやる。

 呼応した。機体が大きく下降、最早落下に程近い形でTYPE74は模倣品イミテロイドの置き土産とともに海へと墜落する。

 質量に速度が上乗せされた分の水柱が立つ。高さは目測で建物15階相当か。そして数秒を待たずして、それを上書きする水柱が海中より上がった。

 言葉に起こすには難解な地響き沸く爆発音。腹どころか骨の芯まで震わす衝撃波に闇を白化させるほどの閃光と、高層を優に越す巨大な水柱。

『フェンリル2……、フェンリル2応答して! 応答して武瑠たける君!!』

 擦り切れる意識の中、知った声が木霊する。鼻腔を撫でる潮の匂いにやられ、考える気力すら湧かない。

 死ぬのか。だが死への恐怖も湧かない。もし心残りがあるとするなら、あの思い上がった模倣品イミテロイドを処理できなかったことだけだろう。

 身体が重い。意識が切れかける。海中に沈む半壊したTYPE74と同じく意識が海底の闇に引き寄せられる。

 次に目を空けたときには母親の腕の中だろうか……それとも。

 力が抜けて、南雲なぐもの意識が切れる。悔恨も怒気も何もかもが消え、唯々この長い夜が終わろうとしていた。

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