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CITY GUARDIAN  作者: 景虎
Casefile 02 戦闘空間
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chapter 12 援護不能

「見つけたぜ、ネズミちゃん」

 軽口を叩く草薙くさなぎ。彼は南雲なぐもと離れ離れになった後、隣の区画に移り息を潜めていた。理由は簡単だ。僚機のバックアップ、それも狙撃によるワンショットキルを目的としてだ。

「目標までは300もないか、狙い撃つには容易な距離だな」

 グラスコックピットの操作液晶パネルが映すウェポンストアをタッチ操作。『73式制圧型自動速射砲』を選択。

 背面ユニットの火器懸架装置ランチャーより自動小銃に酷似した携行火器を装備。フォアグリップから脚を展開し、寝撃ちの姿勢で狙撃の体勢をとる。肩幅程に広げた脚から接地感を感じ、床尾板の堅さを肩越しに覚える。

外部環境受動器メインカメラを狙撃用に移行っと……、後は銃のFCSユニットと同期させて終いだ」

 頭部右側面、人間でいう耳の辺りに火器同期用の有線ソケットが仕込まれている。箱組のレーザーセンサー部、その下部を指で摘み、ヒュッと引くとケーブルが伸びた。

 伸びたケーブルを火器の照準スコープ後方に刺す。『オンライン』の文字が浮かび、『73式制圧型自動速射砲』のFCSと同期した。

「同期完了……、機体AESAレーダーは目標を捉える。目標情報の移送は完了、銃のターゲティングポッドも捉えた」

 構える。銃を寄せ、肩部装甲板に銃の床尾板を当てがる。照準スコープを覗かなくても、同期したFCSが目標へ百発百中の精度をもたらす。

 後は引き金を引けば良い。簡単なことだ。ガクビキや萎縮をしない限りは命中する。いや、的がデカい分どこかしらには命中る(あたる)。

(落ち着けよ……草薙くさなぎ、シミュレーションでは上手くいった。この前と、この前の狙撃でも確り仕留めた。俺なら……上手くできるさ)

 荒ぶった心臓を宥める。その為に自分の言葉を自分の中で木霊させる。

 決心はついていた。後は引き金を引くだけだ。

(これで、任務完了だ)

 グッと人差し指に思考を込める。草薙くさなぎの意思がTYPE74に引き金を引かせるその瞬間、彼に迷いが生じた。

 目標物が動いた。あろう事か僚機のTYPE74、恐らくフェンリル2こと南雲なぐも機と近接戦闘を繰り広げたのだ。

「クッソ、こんなチャンスを前に……!」

 草薙くさなぎは直ぐさま、HMDのインカムを介して南雲なぐもを呼びつけた。

「フェンリル2、そいつの動きを封じ込めろ! 俺が狙撃で制圧する!」

 声を荒げて指示を飛ばす。しかし、相手から返答はない。

「フェンリル2聞こえているのか?! 聞こえているなら、動きを封じ込めてくれ!」

 だが返答はない。変わりに来るのは耳障り雑音ノイズであった。

 草薙くさなぎは苛ついた。そしてあらゆる通信手段を試した。メインとローカルのデータリンクからローテクのVHFにUHF通信機。全てを試すも仲間から返答はない。

「いったい、どうなってんだ?!」

 バイタルページを開く。逸る目の動きがモニターを舐めるように見ると、コミュニケーションシステムが赤く点灯しているのに気付く。

「クソが! こんな大事な時に壊れやがって!」

 コンソールにストレスを打つけた。再起動をかけるもコーションマークは消えやしない。恐らく罠に嵌まった時にでも壊れたのだろうとヤケクソ気味に理由付ける。

 通信手段が無い以上は、相手の動きを読みながら狙撃をするしかなかった。

「チッ、難易度結構上げてくれるじゃん」

 余裕の独り言を言うも内心は焦っていた。狙撃に使用する弾は減装薬だが威力はそれなりにある。戦人せんとぐらいなら誤射しても致命傷にならないが、フレンドリーファイアするのは気分が悪い。

 気分を無理矢理にでも落ち着ける。冷静さを欠いたら全てが瓦解する。

 深呼吸した。浅く吸い深く吐く。口は半開きになりHMDのグラスに投影したトラッキングシンボルは忙しなく縦横無尽に動いてくれる。

 草薙くさなぎは引き金を引くタイミングを見計らう。タイミングはここだと目星を付ける。しかし、不運は続いた。

 視界に入る小さな影。それはTYPE74の直ぐ後方で待機するTYPE76の肩にいた。

「嘘だろオイ……、自殺願望強すぎじゃねえのか?!」

 驚愕した表情が作られた。影の正体が人間だと知る。そして背格好から察するに都留とどめ小隊長だと確信する。

「ケッ、ますます難易度上がるじゃないの」

 トラッキングシンボル越しに当該機である隻眼の人型を捕捉するも、TYPE76の姿がチラつく。

 弾は減装薬だから戦人せんとに誤射しても致命傷には至らない。だが、跳弾して生身の人間に当たったらどうする。

 想像した瞬間、喉奧に強い酸味香る吐き気を催した。草薙くさなぎは咄嗟に口元に手を当てる。吐瀉物は撒かれなかったが、口内を不快感が漂う。

 呼吸が速い。身体が怖じ気づいてるのが分かった。臆病風に吹かれたか、違う、人殺しをしてしまうのかも知れないという恐怖がそうさせているんだ。

 剥き出す目が敵だけを見る。

「こんのくらい……!」

 震えた手が操縦桿スティックグリップを握る。引き金を引く為のトリガースイッチに指を掛ける。

 スイッチを引けば弾は出る。照準スコープを覗かなくとも同期した機体と火器のFCSユニットが百発百中の命中精度で弾を当ててくれる。不安になる必要は無い、怖がらなくて良い、機械が全てやってくれる。

 だが、草薙くさなぎは引けなかった。

「何でだ、何で……何で、なんで! 言うこと聞けよチクショウがぁ!」

 叫びは自分の身体への問いかけだった。

 引き金を引くなんて造作もないだろ。自分は判断を下すための装置に過ぎない、一度引けば機械が全部上手くやってくれる、だから引き金を引け。

 それは本当か?

 頭の中で別の自分が疑問を投げ掛ける。耳元より入って脳を揺らし判断に迷いを生ます。

 機械が誤作動しないと何故言い切れる。敵が小隊長を盾にする可能性だってある。払っても絡み付く疑心暗鬼の鎖が、草薙くさなぎの冷静さを奪う。

 鼓動が乱れる。ふとした瞬間に景色がフラッシュバックした過去の記憶と重なる。

 人質に取られた少女と主犯の模倣品イミテロイド、自分の腕を過信し機械任せにして生まれた草薙くさなぎ心的外傷トラウマ

 散った血の景色、甲高い悲鳴、嘲る声、血の気の引く感覚、その全ては脳が記憶から作る幻だ。しかし、今の草薙くさなぎには充分すぎる程作用した。

 力んだ目の奧、引き金を引こうとする意思とは裏腹に、記憶の幻影は身体へ拒否反応を出させる。

「クソッ!」と場当たり的に吐く。

 懐を弄った。感触を覚え、小瓶サイズのプラスチックボトルを取り出す。蓋を開け、錠剤を3から4粒噛まずに呑み込む。

 即効性の精神安定剤が効き始める。思考がぼやけ、幻が霞んだ。上がった息も落ち着きを見せていった。

 今なら撃てるか。

 頭をもたげ、再びターゲットをトラッキングシンボルに納める。トリガースイッチに指を掛け、引き金を引く準備は整った。

「大丈夫だ………俺は撃てる、撃てるんだ!」

 励ましを口から出す。大丈夫だと自分に言い聞かせるも、TYPE74と取っ組み合い動き回るターゲットを前にトリガーへかけた指が震えていた。

 今も震える指先を見て草薙くさなぎは目を丸くした。精神安定剤で心的外傷トラウマは鳴りを潜めている、なのに指は震えて強張る。

「何故引けないんだ……! まさか、俺が怖がってるていうのかよ……、俺が臆病だからなのかよ……!」

 だとしても!と吐き捨て指に力を込めたが、引く気配はない。ないどころか抵抗さえしている。

 精神安定剤は所詮、精神を安定させるものだ。心的外傷トラウマに漬け込まれた身体に効果は無い。

「畜生……、ちくしょう…、ちっ、くしょ……う!」

 自分へ向けた怨嗟が言葉に乗る。沈静した呼吸が乱れ、前へと身体は突っ伏して肩が大きく上下した。

 情けないと一蹴し、僚機を援護もできない自分を責め立てる。好機を逃し、弾を撃つこともできず、只過去の幻に怯えて喘ぐ自分にコイツ(TYPE74)を駆る資格があるのか。トリガーに指をかけて同僚の命を預かる資格はあるのか。

「な、嘗めるなよ………俺だって、ドライバーライセンス持ちなんだ!」

 それは草薙くさなぎが唯一誇る矜持だ。顔を前へと向けトラッキングシンボルに収まるターゲットを、その継ぎ接ぎな姿を凝視した。

 心的外傷トラウマに苛まれた身体を動かすのは薬理作用ではなく、気合いや根性といった精神的なものだった。

 必ず撃つ。撃って模倣品イミテロイドを処理する。

 右往左往するトラッキングシンボルが止まった瞬間だ。好機が訪れた、草薙くさなぎは人差し指に力を込め、抵抗した身体を精神で屈服させた。

 カチリという軽い音。僅かな抵抗感のある感触とともに銃口から火炎マズルフラッシュが焚いた。

 草薙くさなぎはトリガーを、引き金を引いたのだ。

 引いた事への異常な昂りに呼応した心音で、呼吸も過呼吸気味になる。銃口から撃たれた弾丸は実弾でありながら、光弾のように光り闇夜を抜いた。

 ターゲットから火花が散る。

「弾着……確認」

 震えた声に達成感があった。命中した、処理は完了した、そう思った矢先だ。天球のモニターに映るターゲットは命中したにも関わらず、無傷のように巨体を際限なく振り回した。

「チッ、命中したんじゃないのかよ!」

 確かに弾着はした。しかし、致命傷に至らなかったのも事実だった。

 なら次の行動は容易に浮ぶ。もう一回命中させる、それも同じ箇所をだ。難易度は高いがやる価値はあると心を決める。

 俺ならできると草薙くさなぎは自分を奮い立たせる。噴き出す玉の汗を雑に拭い、もう一度トリガーへ指をかける。

「FCS同期。レーダーモードを単一目標追尾から精密追尾へ遷移……」

 機体のAESAは電波でターゲティングポッドは赤外線とレーザーの同時併用で、針穴程の弾痕へ輝線グリッドのシンボルでマーキングしてやる。

 継ぎ矢の算段は整った。

「動くなよ……、動くなよ!」

 浅く短間隔で刻む呼吸音、外さないと意思が目に宿る。震える指先、心的外傷トラウマに取り憑かれた身体は拒否反応を示す。

 近接戦闘で忙しなく動くターゲットを前に、引くことを躊躇う。タイミングを決め倦ね、好機は離れていく。

 呼吸音が内耳を支配した。汗は噴き、額から鬢を伝って顎から落ちる。更に言えば指先に力が入らない。

 視界が霞んだ。あの時と同じだ。赤く満開した少女の血が、高笑いにも似た嘲笑が、フラッシュバックする。

 草薙くさなぎが蓋をしていた記憶がドッと溢れ、それは全身に満たされた。こうなると薬理作用が効かなくなる。

「クソッがぁ! ビビりやがって………そんなんじゃ南雲なぐもに笑われちまうじゃねえかよ!」

 目をひんむく。

 草薙くさなぎは自分に言い聞かせる。南雲なぐもだって凄惨な修羅場を、精神に異常を来す程の現場を経験してきているのに、アイツは脅えることも怯むこともせず、粛々と操り処理している。比べて自分は、引き金を引けず脅えるだけだ。

 それでいいのか。アイツのように乗り越えなくて、克服できなくてどうする。

 過去を払拭したい。

 その為の引き金、しかし、それがどうだというのだと、もう一人の自分が囁く。

 克服してどうなる。気分が晴れるのか、それで本当に過去が払拭できるのか。その根拠はあるのか。本当は自分を納得させるための只の自己満足じゃないのか。

 囁かれれば、囁かれるほど指先から力が抜けていった。

 俺はアイツ(南雲)とは違うと草薙くさなぎは否定してしまう。そして彼のように心を機械マシンとは同調できないとまで思ってしまう。

 引き金を引く為の処理機に成り下がれない。機械マシンの構成品になんて成れはしないし、況してや都市を守る守護神ヒーローは夢にも等しい。所詮、ちっぽけな人間だ。南雲なぐものように自身を機械マシンと定義することも都留とどめのように守護神ヒーローになることもできない。

 過去に脅えるだけのちっぽけな人間だ。そして、引き金を引く事への躊躇いが人間であることを願う最後の足掻きにも思えた。

「俺は……、俺には…無理なのかよ」

 心が折れた。静かに吐いた言葉は彼の本音だ。項垂れた頭は重く、汗の中に主張の激しい塩味も混ざる。

 何もできない。調子を放いても軽口を叩いても結局は何もできない臆病な人間なのだと草薙くさなぎは自分を俯瞰的に評価する。

「何が、その甘さは早く捨てた方が良いだ………、俺の方が随分な甘ちゃんじゃないか」

 自分を嘲笑した。惨めだ、それでもトリガースイッチを、引き金を引く事はできなかった。

 コンソールを叩く。そんな事で気が晴れることも無いのに。

 草薙くさなぎは改めて自分の無力さを知った。頬を伝う液は仄かに熱く、悔しさ故の涙だと知る。

 どうすれば良い。甘えた思考が働き、救いを誰かに求める。南雲なぐも湯田川ゆたがわか、司馬しばか、それとも小隊長か。それぞれの顔が浮かび頭を埋め尽くす。

 それでも草薙くさなぎは駄目だと頭を振って拒否し、残った自尊心プライドで今できる最善の策を模索した。

 今は無様でも惨めでも良い、自分が『シティ・ガーディアン』である以上は対象を処理しなければならない。

 その為にと、草薙くさなぎは顔に纏わり付く汗やら涙やらを拭い、荒いだ息を整える。

 操縦桿スティックグリップを握る、南雲なぐもの下へ向かう、そう決めた矢先だった。

 闇夜に青白い火柱が立つ。後端に尖りを見せてパルスを纏う火柱は背部推進器の噴射炎だと認識した。

 時間に換算して瞬きする間か、噴射炎が上がったと思えばフェンリル2こと南雲なぐものTYPE74は、弾道ミサイルのように緩やかな弧を描いて上昇し、当該機とともにその場から離れた。

「あ、アイツ! いったい何を?!」

 何だか判らなかった。状況の判断がつかない中、草薙くさなぎは咄嗟の思考でTYPE74の推進器に火を入れ、次の瞬間には暗闇の大空そらへと飛翔していた。

 何故だろうと自分でも疑問に持つ。

(俺は何で飛んだ。………それになんだ、この嫌なザワつきは)

 飛んだ理由は彼の、草薙くさなぎ操縦士ドライバーとしての勘が働いた結果とも言える。

 距離が徐々に広がっていく。スロットルを全開にして速度を上げているにも関わらず、南雲なぐもとの距離が更に広がる。

「どこに行くつもりなんだよぉ! 南雲なぐも!」

 彼の叫びも南雲なぐもには届かない。速度を上げても追い付かず、離れていく。

 まるで彼と草薙くさなぎ、二人の埋まらない溝を暗示しているかのようであり、その事に人一倍敏感な草薙くさなぎは離れていく同期の背中を追い続けるのだった。

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