伯爵オネェとドレスをどうにかしようと思いまして
次は来週更新出来たら、すごいですよね。(そんなことはない)
「おはようございます、イヴ様。」
「おはよう。」
ローリエの朝の挨拶に、ベッドから答え両腕を伸ばして答えると跳ね起きた。
基本、寝起きはいい方だ。
前職花屋と前世教員としての習慣で、夜も明けきらないうちに起き出して、読みたい本を読んだり勉強したりしていたのだが、1度それがローリエにばれて禁止された。
『勤勉なのはいい事ですが、休む時には休みませんと、お身体を壊します!』と言われた。
それからは、1度起きてももう一度目を閉じておくことにしている。そして、やりたい事とかしなくてはいけない事を頭で考えて、ベッドサイドに置いてあるメモ用紙に書き込んではまた目を閉じる。
何気に、頭が働いているから休んでいない気もするが、まぁそこはご愛嬌ってやつだ。
「イヴ様、お水をお持ちしました。どーぞ。」
「ありがとう、メリー。」
ベッドから起き出し、メリーが持ってきてくれた水をドレッサーの前で受け取り、そのまま座る。
行儀は悪いが、ドレッサーの椅子に腰かけてから水を飲む。
飲み終わったグラスをアンが受け取り、リンが私の髪を梳かしだす。
昔は何の変哲もないただの栗毛のストレートヘアが、お城に来てリンがケアをし始めてから、驚く程つやつやになった。
鏡に映る私の髪の毛は、天使の輪っかが煌めいている。
それに、お肌もすこぶる調子がいい。やっぱりお城に来てから良い物食べさせてもらってるからかしら?
それともスキンケア品かな?花屋の時代から、化粧品は自分で作っていたんだけど、同じ材料でも品質のいいものを揃えられるようになって、今やお城の皆さんがご愛用。王妃様もお母さんも。
ニタニタしている私の顔に、アンが化粧水を沁みこませたコットンを滑らせた。
「イヴ様。王室仕立て師のディアベル=ベクトアース伯爵が、イヴ様のご用意出来次第すぐに伺うとおっしゃっていました。」
アンがしてくれる極上のスキンケアと、リンの至福のヘアケアを味わっていたのに、ローリエからの爆弾に驚いた。
「伯爵だったの!?あれ作ったの。しかも、お城の仕立て屋さんって伯爵様?身分が高い人が洋服作るなんて意外。」
以前の私の価値観は、【平民(私)は使われるもの。貴族は使うもの。王族は雲の上。】みたいな方程式があった。だけど、今は私が王族(仮?)なので、伯爵も一応私より身分は下。
ただ今までの染みついた常識から、伯爵が私のドレスを作る・手直しするってことが、一大事のような気がしてならない。狼狽えるのは許してほしい。
あの悪趣味ドレスは伯爵が作ったのかぁ…なんて思ってげんなりしている私に、苦笑いしているローリエ。
その2人を平然と見ながら、メリーはいそいそと学院の制服をクローゼットから出してきた。
「あのドレスは、バビル子爵様が作成されたもののようです。今週になり、入れ違いでベクトアース様が入城されたのですが、ベクトアース様も昨日あのドレスを見てとても驚愕しておりました。そしてあのドレスで、王太子妃様方のドレスも至急確認を行うとのことで。」
そうか、驚愕していたか。
しかも、他の人たちのお衣裳も“まとも”なのか確認しなくちゃいけなくなったなんて、ご愁傷様としかいえないわ。グッジョブ★伯爵様!
じゃあ、多少はまともな方なのかもしれないね。
私は、昨日からの胸のつかえが取れた気がした。
「それじゃあ、早く準備してベクトアース様とドレスの打ち合わせしないとね。早めに終わらせよう!学院に遅刻するわけにいかないわ。」
「「「「はいっ!」」」」
朝からいいお返事の侍女達の声を聴きながら、鏡に映る自分に笑い掛けたのだった。
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「ほんっっっっっとーーーーーーに、申し訳なかったわッ!!!」
おい。多少はまともなんじゃとか思った私を返せ。
クセがすごいんじゃー……。
私は、目の前で土下座レベルで下げられる烏羽色の旋毛を唖然とした目で眺めていた。
先ほど、この謝罪しまくる伯爵(口調がオネェ?)が私の部屋の応接室に入ってきて、初めましてのご挨拶をした後、そわそわしたかと思うとこのような状態になった。
私はお城に住む王族となった日から、家臣が貴族で戦々恐々と彼らのお辞儀に答えていたけど、こんなぶっ飛び謝罪会見は受けた事がない。
どーしたものかと、周りの侍女達に目を配るが彼らは目も合わせてくれない。
おい。せめて、私の心情を察してエールの篭る目でも向けてくれっ!
と、とにかくこの事態を収束させる為、穏やかに見える笑顔という名の作り笑顔で話しかけた。
「ベクトアース伯爵、顔を上げてください。」
「いいえ!こんなひどいドレスを王室の方にお渡ししてしまい、王室仕立て師の名の恥ですっ!今すぐバビルの首を刎ねてしまいたいっ!!!むっきーーーー!!本当に申し訳ありません!!」
先ほどから彼の口調が気になって、謝罪も半分ほどしか私に響かないのはいいのか悪いのか…。
そもそも、疑問に思うことも間違ってたりするのか?伯爵の“これ”は基礎学だったりする?でも、初対面なんだもん、狼狽えるさ、ね?
私は気持ちを立て直し、改めて笑みを顔にくっつけて伯爵を見た。
「ベクトアース伯爵。多分バビル様は、母の言葉通りに作ったのです。だから、彼に非はないと思います。あの、落ち着いてお話ししましょう。まずは椅子に座って頂いて。そう、アンが入れたお茶でも飲んで。ね?」
そう勧めると、彼は頭を恐る恐る頭を上げ、私と目があった。
烏羽色の少し長めの前髪がさらりと揺れ、瞳は左が青で右が緑。
目が潤んでいる最高にカッコいい艶っぽい男性だが、私はさっきの彼の絶叫が頭から離れない。
『申し訳なかったわッ。』綺麗な顔だがら、口調が浮いていてしかたない。
まぁ、そういう偏見はないけど………そういう人なの?
ベクトアース伯爵が、しずしずと勧められた椅子に腰かけお茶を飲み始めたのを確認して、軽く息を吐いた。
落ち着いたのか、彼ベクトアース伯爵がカップを置き私を見ると、椅子の足元に彼が持参してきた牛皮の鞄から書類が出てきた。
「昨晩受け取りましたこの提案書リメイク案は、イヴ様がお考えになったのですか?」
とたんに冷静になったのか、涼しげな彼の眼が眇められ、射抜くような感覚に捕らわれた。
一瞬ドキンとなるが、それを必死で受け流して自分のカップを手に取り、お茶を一口喉を潤して笑顔で答えた。
「えぇ。こうして欲しいなぁという希望です。走り書きで恥ずかしいのですが、いかがですか?」
どーよ!淑女教育も板についてきたんじゃない?まぁ付け焼刃な優雅さだけど、100点満点中70点はいったでしょ?
内心ふふん♪な私に、目の前のイケメンが私の予想斜め上な発言を発射した。
「っもーーーー!素晴らしいです!特に、この袖をチュール素材で形をチューリップのように丸くそれでいて花びらのように重ねつける発想!中々奥ゆかしく素敵ですっ。それにここ!既存ドレスのベース色、紫生地の下半分を大きく切り、裾をコスモスの花びらの形に仕上げるなんて今までにない発想です。そして、その花びらの中に紫から薄紫、クリーム色へグラデーションするチュールを何層も重ね入れるとは、センスがいいとしか思えません!既存に付いていたドピンクレースは私もいらないと思っておりました。リボンも白レースも邪魔なので外しましょうねっ。王太子殿下から贈られたイエローダイヤモンドの装飾品との相性を考えると、アクセントに薄い黄色のリボンをこことここ、ここ等小さく使いましょっ。上質なトパーズが手に入っておりますので、それを随所にちりばめ………。」
「え…えぇ。」
唐突に始まった、私のリメイク案褒めちぎりからの彼の提案・打ち合わせへの流れで、部屋の中の人間が若干引きながら、彼を見守っていた。
伯爵はそんなことは気にせず、胸のポケットに挿していた万年筆を綺麗に操って、新しい紙にリメイク画を描いていく。
すると何を思ったか急に手が止まり、視線を上げて私を見た。
な、なんだよぉ…。
「因みに、フィアンセ様のお色はどうなのでしょうか?髪の色、目の色は?」
「髪は茶色で、目は赤ですね。」
「では、赤いルビーもアクセントで………って!!!!私としたことがぁーーーーー!!!」
「っ?!」
オーバーリアクションで両手を頭に仰け反った伯爵に、こちらも少し体をのけぞらせた。
朝から活きがいいなぁ…。ぴっちぴちだ。いや、彼は魚じゃないか。
「フィアンセ様のお衣裳はお決まりですかっ?!」
「っ!………いえ、多分自分で用意しているんじゃないかと。そういえば、気にしてなかった……です。」
ち、近い!
グイッと近づいたベクトアース様。
イケメンの顔がずいっと近づいて、近づいた分だけ私が仰け反って距離をとったが、控えていたローリエが、さすがにコホンと咳払いをしてくれた。
それに気が付いた伯爵が「しつれぃ。」なんて口元をお上品に手で隠して、引いて行った。
助かった。
「んーーそれはいけませんね~~~。ご婚約の大事なお披露目会ですから、是非お揃いに致しましょうよ!!」
「……でも、あの、時間がないのでは?会は今週末ですよ?後5日もないかと。」
ベクトアース様の申し出に、アレクの衣装を完全に忘れていた事にあちゃーっとなったが、もし彼自身が仕立てていた場合、あたしが余計な気を使ったとなりそうだった。
アレクと微妙な空気になりたくないし、ベクトアース様にそれらしいことを言って引いてもらおうとした。
が、その言葉に彼の眼がギランと光った気がした。
そう、あの口調で忘れがちだが、目の前の彼は“イケメン”。
まーーぁ美青年。背景に幻の薔薇が咲き誇っているようだ。
真正面から見る決め顔なんて、ものすごい破壊力なわけで。
本日、初対面の私でもズッキュンとはなる。
あっぶねー。あぶねー。
「私を誰だと思っておいでですか?ベクトアースは、国いえ世界一の仕立て師でしてよっ!」
「………そ、そうなのですね。」
『でしてよっ!』で顎のラインに沿うように人差し指と親指が添えられる。…古っ。
伯爵の力の入り方が尋常じゃない。もうこちらは観念するしかない。降参だ。
しかし、朝からこんな愉快で残念なイケメンと話している自分。第三者的感覚でこの状況は実に面白い。
コメディーと言われたらそうとしか思えない。私は自然と口元が綻んでクスクス笑ってしまった。
すると、伯爵は目を見開いたようにこちらを凝視していた。
「なにか?」
唐突に一時停止した伯爵に、首を傾げて見つめると、彼は少し困ったような表情になった。
「…貴女は、不快に思わないのですか?その……私の…言動…とか。」
そっと顔を伏せた彼の声は、さっきの威勢はどこへ的な程弱くなっていた。
よく分からないが元気がない彼に、思ったままの感想が私の口から零れた。
「いいえ。とてもユニークなしゃべり方ですが、不快ではないですよ?それに口調と仕事は別物でしょ?貴方の言動が変わっているからって、今、目の前で描かれたこのドレスのリメイク図案は、素晴らしいことに変わりはありません。」
「っ!」
私は思ったままを口にした。
前世でもそうだったが、女言葉だから仕事が出来ないとか、男っぽい態度だからガサツな人だとか、基本決めつけはしないようにしている。
私自身、教師なのにコスプレーヤーで漫画もゲームも好き、どっぷりオタクだったのだけど、仕事はバリバリこなしていた方だ。
だから、個人の趣味趣向、人格は仕事とは別物だと認識が強い。
それにこれは個人的見解だが、そういう人程、仕事はプロフェッショナルだと思う。何か人に避難されそうなものを好む人はそれ以外で後ろ指指されるようなことはしない。人一倍努力家が多い気がする。
まぁ、個人見解なのだけどね。
自身の個人的思考で、思い出し笑いをしてしまう。
「私としては、貴方と話をすることによって、私の案が正しく伝わっていると思って安堵しています。それに私の原案以上にいいドレスを作ってくれそうだと思って、ワクワクもしていますし。
正直に言うと、“王太子妃の連れ子”があの残念なドレスを着て、各国の重鎮やこの国の貴族達が集まる場に出て行くなんて、絶望的だと思ってました。でも、貴方が作るドレスなら、頑張れる気がする。勇気が持てる気がします。」
本音を吐露したら、何故かベクトアース伯爵が困ったように眉を下げていた。
何か気に障るようなことを言ったのだろうか?
私も不安になって眉を下げると、彼は持っていた万年筆をテーブルに置き、後ろめたそうな笑顔を向けた。
「正直、私は今日まで、王族になられた貴女様にどういう態度で接してよいのか迷っておりました。他の貴族もそうですが、基本私たちは身分下の者達に使われることに慣れておりません。平民だった貴女が、急に私たちより立場が上の者だと言われて、はい、そうですかとは内心思えないものなのです。しかし……それは間違いでしたね。貴女は、身分以前に、一個人の私を見て評価してくださった。」
「そ、そんな大げさなっ。伯爵のおっしゃる通りですよ。ぽっと出の王太子妃の連れ子なんて、みんなどうしていいか分からないって方が、正直な感想だと思います。」
伯爵の言葉に恐縮して両手をフルフルと振るが、それをまた軽く頭を振った伯爵が否定した。
「恥ずかしいものですね。この口調で、不当な評価をするやつらを見返してやりたいと躍起になっていた私こそ、貴女を色眼鏡で見ていた。ふふ。この口調、直そうとしたこともあったんですよ?でも、直らなかった。生まれてからずーっとこのしゃべり方で、正式な場では何とか控えられるようになったのですが、どうしても仕事時や感情が高ぶると出てきてしまって。」
しゅんとして話す伯爵に、私はうーんと考えて顎に指を添えた。
「安易に、ならそのままでいいじゃないと私は言えません。その不当な評価をする方達の評価が欲しいなら、彼らの判断基準に合わせなくては、評価は得られないのでしょう。でも、本当にその方達の“評価”は必要ですか?私は、まずその方達以外のところから“正当な評価”を得たほうが、いいと思いますけど。」
「え?」
「貴方の言動に頓着せず、ただ貴方の仕事を評価するものは必ずいる。今回の私の衣装直しは、そのチャンスだと思いませんか?大勢の諸外国の来賓たちに、この生まれ変わるドレスを見せ絶賛されれば、評価してこなかった国中の貴族達が再評価しはじめるはず。どうです?」
「………。」
「きっと面白いほど手を反してくると思いますよ?まぁ……私の感性と貴方のセンスが、世間とズレていなければの話しですが。」
そこまで話しをした後、私はローリエに新しく入れられたお茶を飲んで、小休止。
ふーと息をつくと、伯爵は目を大きく見開いていた。
何を驚くことがあったのだろう。
次は何を言い出すのかな?と若干警戒心をもつと、次の瞬間伯爵はスクッと立ち上がった。
なんだ?!やるか?!??
目の前の彼にさっきから振り回されてる感半端ない私は、ビクッと肩を揺らした。
するとなんと、立ち上がった彼はスマートな所作でその場に片膝を着いたのだ。
「イヴ様。」
「え?」
おっかなびっくりな反応しか返せない私に、ベクトアース様は微笑んだ。
おう!イケメンやないかいっ!!
瞬発力破壊力MAXな微笑みはいかんっ!!
挙動不審にならないように精一杯顔面に力を入れた私に、彼はすっと片手を差し出した。
「貴女様へ忠誠を誓わせて頂きたい。私の事は今後、ディアベルとお呼びください。貴女の衣装は私の名誉を掛けて作らせて頂きます。まず、このドレスを最高に仕上げることをお約束させて頂きます。」
「ぁ………はい。期待しております…?」
伯爵のその手を取った方がいいのかと、戸惑い半分立ち上がり、その手を自分の手に重ねた。
すごいイケメンにあたし認められちゃった?
私的には、ただあの残念ドレスを何とかしてくれるだけで良かったんだけど。
なんか、伯爵から忠誠を誓われてしまった。
いいのかい?伯爵。こんな小娘に。
「さっ!腕によりを掛けて作りますわ!イヴ様とフィアンセ様のお衣裳!!」
「ふぇ?!アレクの衣装作るの決定事項になってる。」
「アレク様とおっしゃるのですね!是非、今日か明日までに採寸をさせて頂きたいです!腕が鳴ります……。あぁ!!こんなやりがいのある仕事、帰って妻に自慢しなきゃっ!」
「つ、妻?!」
勢いよく立ちあがりくるっと回った後、キャッとか両手をパンパン叩く伯爵を唖然と見ながら、頭は伯爵の“妻”発言に占領されていた。
因みに、断ろうと思っていたアレクの衣装は、小躍りする伯爵が怖くて断りを入れることなく、時間切れとなった。
学院に着いたらアレクを捕まえて、お願いしなくちゃいけない。
しかし
結婚してたんだ、伯爵。