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玉手箱の冬  作者: 圷 啓
a.今年の冬休みとは
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04 ふと訪れる大体の

 12月24日。

 俺を玄関で拾うと、純平の言う「仕事仲間」の車は25分程国道をはしりショッピングモールへと到着した。

 だが、


「うう。気持ち悪い」


 紗々は車酔いしていた。

 時代が違えば、やはり車への耐性も異なるらしい。


「だから、酔い止め薬を飲んだ方がいいって言ったろ紗々。とりあえず水やるから飲みな」

「ありがと。うう。お祖母ちゃん、一生の不覚……」


 回復にはある程度の時間が必要なようだった。

 俺は紗々をおぶり歩くことにする。軽く、妙に温かさを持つその体に、子供らしさを強く感じずにいられなかった。

 従業員用の通行口は静まり返っていた。しかし、テナントには店の人らしき人影がまばらにあった。

 俺たちは今回の仕事を任されている男性の指示通りに奥へと進み、冷たく暗い色をした重たい戸を通り抜け、休憩室へとやってきた。荷物を運んでくれた若い衆にお礼を言うと、笑顔で「純平さんの親友さんですからね」と嬉しそうに返してくれた。

 なんだか気恥ずかしい。

 休憩室は冷蔵庫が隅で唸り声をあげ、業務用の机が二つくっつけてある周りに、椅子が点在していた。ただそれだけの、機能だけをもった無機質な空間だった。

 時計の秒針がしつこく音を規則的に鳴らしていた。

 しゃべらないといけない様な気がした。

 紛らわすように、俺は背中の紗々に声をかける。


「ほら。ついたぞ。少し良くなってきたか?」


 降ろそうとする。が、「いや」と紗々は駄々をこね始めた。


「おいおい。もう元気じゃないか。もう手伝う準備しないとだから、な?」

「もうちょっとだけ~。大きくなった背中を感じたいの」


 紗々の言葉は、何故か俺を悲しい思いにさせた。だから、


「うーむ。じゃあ、あと3分だけな。そしたら終わり。いいだろ?」

「うん」


***


 おそらく、みんな気をまわしてくれたのだろう。

 3分どころか5分程そうしていて、ようやく紗々が自ら下りた時には、既にみんな配置についていた。

 休憩室へは純平が呼びにやってきた。

 が、


「なあ。お前、その恰好……」

「似合う?」

「まあ、うん。似合う。似合うが、」


 純平は見慣れない恰好をしていた。

 普段の純平は決まって白いシャツ、スリムな淡紺ジーンズ、上にはグレーのパーカーで統一している。

 なのに、今日は、


 俺の気持ちを代弁するかのように、紗々が声を上げた。


「なんで、スカートしてカツラしてるの?じゅんぺー」

「ふふふ。これはウイッグっていうんだよ。お嬢ちゃん」

「ちがう! 突っ込むところはそこじゃない! というかお前作業するのに何でそんな格好なんだよ!」


 草木色のロングスカート。普段、肩辺りまでの髪が今日は肩甲骨のあたりまである。上に至ってはキャメルのダッフルコート。フェミニン、といった印象を受ける。

 純平は人差し指を立て、右へ左へあっちこっちし、


「いいじゃないか。僕の勝手だろう? と言いたいところだが、これには理由があるんだよ」

「正当な理由があるなら聞こう」

「紗々も聞く―。教えて教えて」

「いいよ。こっちおいで。ほら、葦茂も」


 笑んでいる純平の思惑を感じずに居られない俺だった。

 だが、自分に正直になった。

 純平は俺の顔を見た後、手を出してきた。


「はい。じゃあ、葦茂も手を出して」

「ほらよ」

「……えい」


 ぐい、と引かれた。

 純平は俺の手を掴むと、そのままその手で、スカートを捲し上げさせた。

 は?

 こう、ふわり、と目の前で何かが浮き上がる。

 そして、まあ焦らず順番に行こう。

 パンツ。

 生足。

 ……。


「……えっち」


 その行為の意味を俺は考えていた。

 結論。

 いやがらせだ。

 いやがらせには二通りの意味がある。

 一つは当人にたいして、直接悪意をぶつけるケース。これはまだいい。

 もうひとつが次のようなものだ。

 当人ではない人を駆り立てる――例えば、嫉妬心や猜疑心、罪悪感を抱かせるようなものだ。

 高校入学以来の付き合いだから俺はよく知っている。瞬時にそのくらいのことは理解できるさ。入学式の日、いきなり俺の下駄箱にハンカチをぶち込んで「泥棒です」と高らかに宣誓しやがった奴だこいつは。あの時の先生の怒りっぷりったら、ひどいものだった。

 当然、紗々はそんなこと知りもしないはずだ。

 ましてや、この例で言えば、誰が先生の役なのか。

 彼女はこんな言葉を俺に吐いてきた。


「あなたを殺して私も死ぬです」


 二つの目が猛獣のように光っている。


「いやいや。今のは不可抗力だろ! というか、純平も頬赤らめてねーで何か言え!」

「お父さん。僕はもう汚されてしまいました。先立つ不孝をお許しください」

「俺は伝染病か何かか!」

「ああ、葦茂菌がうつる。近寄らないでくれるか」

「急にトーンと離すね!? ちょっと傷つくよ!?」


 紗々の手には何故かはさみが握られている。


「うう。おばあちゃん悲しい。子孫が変態好きだったなんて。禍根を発たねば将来の子孫が苦労するのです」

「ちょ、いいこだから。降ろしなさい?」


 じりじり、と歩み寄ってくる紗々。俺は後ずさる。

 壁。


「覚悟」


 怨念がこもった一発。


「アッ――――――――――――!!」


 こうして今日、俺は二人に頭があがらなくなっていったのであった。


***


「ほら、お疲れ。休憩しようか」


 脚立の上で作業をしている俺に、下から声がかがった。

 純平の声。時計に目をやると、作業開始してからまだ1時間しかたっていない。10時50分。

 紗々も不思議に感じたのだろう。


「もう?」

「まだ搬入されてない荷物があってね。少し休憩していいってさ」

「わかった。今下りる。ついでに何か飲み物買ってこようか」

「あ、いいよ。僕がおごるよ。紗々ちゃんはジュースでいい?」

「うん! ありがと、じゅんぺー」


 ふふふ、と意味深な笑みを残し、純平は角を曲がっていった。

 下りたとき、初めて客が自分の方を見ていることに俺は気が付いた。

 背後を向く。

 イベント会場に吊り下げた演者の名前は少々有名な、地元出身の芸人だ。明日にはきっと、二階や三階からも立ち見になるくらいの人間がここにやってくるのだろう。

 脚立を支えていた紗々に、俺は一応お礼を言おうとした。

 しかし、その看板を不思議そうに見ていた。


「有名な人?」

「ああ。ここいら出身の芸人で、結構テレビにも出てるんだ」

「テレビ、って、やっぱりこの時代にとって重要な物なの?」

「人にもよるさ。でも、話題に事欠かないからな。好き嫌いはともかく、必要なもんだよ」


 紗々は、そっか、と言ったのか、その言葉は聞き取れないくらいに小さい。

 とりあえず疲労がたまっていたので、俺は並んでいるベンチに座った。紗々はまだ立ったままだ。


「……どうした?」


 俺の問いかけに、紗々は小さな両手を重ねて、握ってぎゅっと胸元によせた。

 そして、こう言った。


「明日、うまくいきますように」


 ――ああ。

 この動作は、知ってる。

 今となっては遠い昔。もう二度とみることはないと思っていた動作。

 あの頃、俺は悪ガキで、でも弱かった。

 だから時々、あくまで時々だけど、俺は泣かされて帰ってきたこともあった。まあ、主に調子に乗って、外でそれが姉貴にばれて、とんでもない仕打ちを受けたからだったが。

 そんな時、いつも俺の足は祖母ちゃんの部屋へ向いた。

 祖母ちゃんはいろんな話をしてくれた。偉いお釈迦様のこと、異国で成功した探検家、仲間を守るために大きなクマに立ち向かったオオカミ――

 そして、俺が泣き止んで、話に夢中になった時、いつも最後には一緒にこうやったものだった。

 両手を重ねて、胸に寄せて、そして、つぶやく。

「明日、うまくいきますように」


 多分、自然にだったと思う。


「ちょ、あしも。くるしいよ」


 俺は、紗々を抱きしめていた。

 無意識に、力がこもっていたのかもしれない。腕の中で紗々はじたばたし始める。

 離す。


「すまん。痛かったか」

「痛かった! もう」


 紗々は、俺のベンチの端に座ると、向こうを向いてしまった。


「ごめん」


 紗々背中の向こうから、その声が紡がれる。


「どうしたの。葦茂。いきなり」

「なんとなく」

「そっか。なんとなくか」

「うん」

「なんとなく、なんとなく……」


 少しだけ、体がこっちを向き、その横顔が俺にも見えた。

 そうつぶやく紗々の顔は、祖母ちゃんの顔とそっくりに思えた。

 一言一言、幸せをかみしめるようにつぶやき続ける。

 それから、俺の方へ向きかえる。

 じー、っと俺を凝視する。


「何かついてるか?」


 じー。


「そんな。形容しがたいものがついてるのか」


 俺の落ち込む振りに、はっとして首をぶんぶん紗々は振った。

 とてもいい子だなあ。

 次の瞬間。


「えーい!」


 紗々は俺の左腕に巻き付いていた。

 

「おいおい。さっき俺に痛いって言ってたのは誰だ?」

「いいんだもん。女の子のは、すきんしっぷっていうんだよ」

「まったく。どこで覚えるんだかそんなこと」

「お祖父ちゃん」


「ぶっっ」


 その「ぶっ」は俺が言ったものではなかった。

 ましてや、紗々は違う。紗々はその人物を無表情に眺めている。俺は振り向きかえった。


「……優子」


 中島優子が、苦笑していた。

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