02 ロリコンは治せます
一夜が経った。
そして目が覚めたとき、隣にいる少女に、昨夜の出来事はやはり夢ではなかったことを俺は悟った。
頭が痛い。いろんな意味で。
その少女は「あ・し・も♡」とつぶやいて、俺の腕と一体化し、にんまりしている。
「ふふ~。おにい大好き~」
「なあ。いい加減に腕に絡むのやめて、あと、おにい言わないで」
俺の言葉に、その少女の顔が、ぷぅと膨れた。
「なんで!? あたし、あなたのお祖母ちゃんなのよ!? 子孫の安寧を喜ばない祖母がおりまして!?」
「いや、傍から見たら、ロリコンにしか見えないから……」
「なにそれ?」
誰が説明するかそんなこと。
しかし、紗々(ささ)は俺の名前を呼んでは体を揺らして説明をねだる。俺は目覚ましを手に取った。無視を決め込む。既に朝というより昼だ。そのことでようやく冬休みになったことを実感していた。
今日、12月23日。
昨夜の疲れからか、目が覚めてもまだ体が重く感じる俺だった。
冷蔵庫でも漁りに階段を下りていく。
紗々はまだ離れようとしなかった。
***
昨夜。あの後。
姉は隙間から覗き見た後、カーテンを静かに締め切った。
俺は戸が密閉されていることを確認し、姉貴に合図を出した。
姉貴は頷いた。
「それで? どういう事か、説明してもらうわよ」
「……俺にもさっぱり」
「そっちのお嬢ちゃん――いや、本人の弁を借りれば、お祖母ちゃんか。お祖母ちゃんは?」
お祖母ちゃんと呼ばれた少女――本人は紗々(ささ)と名乗ったか。
紗々はしばらく俺の部屋を撫でるように見た。何に納得したのか、何度か肯いた。
そして、囁くような声で、
「ちゃんと掃除してるんだね」
そこ?
見たら、姉貴は頭を抱えだしていた。
「……私、そんな話、したのかしら。なんだか自信なくなってきたわ」
「あ、姉貴。しっかり」
「あんたに言われたくないわよ!」
「しー! しー! ボリュームでかいって!」
「……そ、そうね。で、ちゃんと答えてほしいなーお姉ちゃんは」
不気味と形容する笑みが顔に張り付けてある。
異変を感じたか、紗々はてへへ、と笑って一度謝った。
そして、10歳の少女は憶することもなくこう言った。
「私は、孫たちが幸せに暮らしてるか。それが気になって、来ちゃったのです」
俺たちは頭を抱えた。
***
「来ちゃった」
玄関に座り込んでいる見慣れた背中がそう言った。
「来ちゃったって」
「来ちゃったわよ。で、君、いつからロリコンになった?」
「なっとらんわ! おい、純平、このことは、」
純平はなぜか屈んだまま俺の靴を綺麗に並べ始めた。
「男と男のお約束~。持ちつ持たれつ何くれる~?」
「……わかった。何が望みだ」
しゃがんだまま、その顔だけがこちらへ半分向きかえる。
にんまりとしてる。
「人手。明日モールでうちの連中と一緒にセッチングしてくれ」
「……何時? 夕方は予定あるんだよ」
「10時から。夕方までには終わる。それにしても、ねえ。まさかまさかの年下趣味か」
「趣味ちゃうわ!」
ふと、袖を引かれた。
視線を腕に転じると、昆虫の様な無表情さがそこにある。
もちろん、初対面の相手だ。緊張しているのか、少し身を隠すように俺に憑りついた。
いずれにせよ、説明が必要なようだった。
俺はとりあえず純平を部屋に先に行かせた。居間から食パンを奪い去ると、ついでに牛乳を丸々持って、部屋へ向かった。
純平は正座をしていた。その口が開かれる。
「で、どういうこと?」
***
昨夜得られた聴取内容は以下の通りだった。
名前は紗々。確かに俺の祖母ちゃんは紗々。名前は一致している。
自称、お祖母ちゃん。ただし見た目は10歳。本人も10歳だと名乗っている。合法ロりならぬ、違法祖母。
そのため、祖母ちゃんと俺たちとの記憶はどうやらない。だが、名前は知られていた。
発見時、格好は全裸。さすがに姉が服を着せた。ぶかぶかだ。
やけに俺のことを好いている。
その理由を姉が尋ねると、
「葦茂は女難の相が出てるんだ」
……。
まあ、間違ってはいない。
姉貴は性格悪いし、それに、優子には無視されている。誰かにバレンタインチョコを貰えたことも今までない。
「だから、あたしが手を焼いてあげないとね」
10歳の、生娘(推定)の、祖母がそう言った。
「あ、ちょっと葦茂! あんたなに落ち込んでんのよ!」
「だって、だって、昔はバレンタインなんか祝わなかったのに憐れまれて……」
「何言ってんだお前。あーもう頼りにならん。ええと、紗々ちゃん、でいい?」
「うん。いいよ」
「じゃあ、質問を続けるわよ」
紗々は肯く。
「どうやってきた?」
「わからない。でも、強く念じたの」
「念じた?」
「私の生年月日、知ってる?」
「ええ。1913年の6月――」
「うん。瀬那ちゃん、よく覚えてたね。ありがと」
瀬那。姉貴を両親以外がそう呼ぶのを久々に聞いた。
だが、感謝を口にした紗々の表情は曇っていた。
その口をゆっくりと開いた。
「1923年、この辺で何が起きたか、知ってる?」
知ってるも何も、祖母ちゃんが昔一度だけ、話してくれたじゃないか。
普段は絶対に話してくれなかった。病院で、亡くなるひと月前に、俺に話してくれた。
「そう。大地震よ」
紗々は、それから泣き出した。
***
即座に食パンを2切れ流し込み、牛乳を一気に飲みほす。
二人はわざわざ俺の紹介するのを待ってくれていたらしい。
俺は粘りつく牛乳感を何度か整えてから、
「こいつは成増純平。俺の同級生。友達」
「どうも、純平です」
「じゅ、じゅんぺー。ち、近い」
にゅ、と顔を伸ばした純平の首を俺は叩いた。
「失礼。可愛いものに目がないもので」
「紗々。こいつのいうことはいちいち真に受けなくていいぞ」
紗々は俺の背後に隠れて震えてしまう。
間違いなく変な奴だと思ったことだろう。
そんな純平は成増家の長子にあたる。
この辺で成増家と言えば由緒正しい家系だ。同族企業で県内ではそこそこの勢力を誇る。先ほどのショッピングモールというのも、こいつの親父が持つ土地に建てられた。それでも機会があれば、何かと俺をアルバイトに誘い出そうとする、そんなキワモノでもある。
「今僕のこと変な奴だと思わなかった?」
「お、思わないよ。なあ、紗々?」
きょろきょろしてから、紗々はぶんぶん首を縦に振った。
「そうかな。じゃあいいけど。でね、先ほどのしょっぴーんぐモールというのも……」
「不気味だから、心を読まないでくれるか?」
「そうだね。そうする。で、話は聞いてるよ? どうするの?」
「質問は内容を込めてしてくれないか?」
「優子のこと」
ぐるりと脳内が歪んだ気がした。
実際には、両の手で頭を掴まれ、右を向かされていた。
怒りの表情がある。紗々は、いきなり大声で、
「どういうこと!? 優子ちゃんって!」
「うるさいなあ。いきなり、なんだよ。関係ないだろその話は」
「ある! どうして優子ちゃんが今話に出てくるの? ショッピングモールの話でしょ?」
「それは、俺が聞きたいくらいだ。おい、純平、何が言いたい」
多分、俺はその怒りを隠せてはいなかったと思う。
だけど純平は普段通りの声色で、
「君、隠すことはないだろう。少なくとも普段一緒にいる僕にはわかる」
嫌悪を催す仮定が脳内によぎる。
既に、みんな、おれのこと、知っているのではないか。
「大丈夫」
純平の声は平静で、しかし、それだけ鋭かった。
「僕は誰にも言ってない。皆気づいてないよ。まだね。そして、仮に、うまく行こうが行かなかろうが、僕は君の友達だ。ただ、今みたいに不自然なまま、望まない状態が続くのは好ましくない」
「正直なこったな」
「これでも僕は親友だと思ってるからね。だから内心憤慨してるんだ。君はひと月も僕に何も言わなかったからね」
言われた初めて気が付いた。
俺はこの問題を、二人だけのものだと考えていたことを。
第三者の介入があるとは、微塵も思わなかったことを。
勘のいい純平だ。おそらく俺が告白した3日後には既に感知していたはずだ。今日来たのもモールのことは副次的なもので、この件に探りを入れに来たのだろう。
そして、今、問うているのか。
ここで決断しろと。
純平は、大きく息を吐いた。
「別に、今すぐにとは言わないよ。ただ、君が何も実行しない場合、実力行使に出ることもある」
「お前がそれを言うと、不安しかないな……」
「別に家を燃やすとか、遠い孤島で暮らしてもらおうなんて考えてないよ」
「うそつけ!」
いきなり、袖を引かれた。声を荒げたからおびえて紗々が反射したのかもしれない。
最初はそう思った。
しかし、意外なものを見た。
紗々がなんだかうれしそうな顔をしていた。
「どうした?」
「いい友達じゃないの」
「どこが?」
紗々は俺の脇に正座で座り込んだ。
そして、下げた頭につられ、髪が二つに分かれ床に落ちた。
「じゅんぺー」
「何でしょうか? 紗々さん」
「これからも、葦茂のことを、よろしくね」
その言葉に、純平は少しの間黙り込んでいた。
それから、「まいったなあ」とぼやくのが聞こえた。
「まあ、君のお祖母さんにそう言われたら敵わないなあ」
「……すまんな」
「まあいい。とりあえず、僕の要件はそれだけ。葦茂の方から何かあれば」
何か、と言われても今は紗々のことが――。
そして俺は思い出した。
「あ、星」
「星、とは?」
そう言えば、昨夜探していたのだった。
星形の飾り。紗々の騒動に追われ、結局見つからなかった。
見つかりませんでした、では五味さんに何を言われるかわかったもんじゃない。
俺がそのことを伝えると純平は、
「ああ。なるほどね。それだったら、似たようなものを用意するよ」
「ほんとか?」
「うん」
「はあ。助かった」
まあ、五味さんもしばらく見てないから、わからないだろう。
あとは、優子について言えば、依然、向こうの返答待ちだ。しかし、俺の中で決めた。
年内に決める。
ダメだったら、しょうがない。
よし、これで話は全部まとまりそうだ。
そう安心した瞬間、
「あたしも行く!」
おぞましい一言が、俺の横から漏れていた。
問題はそう簡単に終わるわけはないという、宣戦布告に聞こえた。




