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玉手箱の冬  作者: 圷 啓
a.今年の冬休みとは
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3/15

02 ロリコンは治せます

 一夜が経った。

 そして目が覚めたとき、隣にいる少女に、昨夜の出来事はやはり夢ではなかったことを俺は悟った。

 頭が痛い。いろんな意味で。

 その少女は「あ・し・も♡」とつぶやいて、俺の腕と一体化し、にんまりしている。


「ふふ~。おにい大好き~」

「なあ。いい加減に腕に絡むのやめて、あと、おにい言わないで」


 俺の言葉に、その少女の顔が、ぷぅと膨れた。


「なんで!? あたし、あなたのお祖母ちゃんなのよ!? 子孫の安寧を喜ばない祖母がおりまして!?」

「いや、傍から見たら、ロリコンにしか見えないから……」

「なにそれ?」


 誰が説明するかそんなこと。

 しかし、紗々(ささ)は俺の名前を呼んでは体を揺らして説明をねだる。俺は目覚ましを手に取った。無視を決め込む。既に朝というより昼だ。そのことでようやく冬休みになったことを実感していた。

 今日、12月23日。

 昨夜の疲れからか、目が覚めてもまだ体が重く感じる俺だった。

 冷蔵庫でも漁りに階段を下りていく。

 紗々はまだ離れようとしなかった。


***


 昨夜。あの後。

 姉は隙間から覗き見た後、カーテンを静かに締め切った。

 俺は戸が密閉されていることを確認し、姉貴に合図を出した。

 姉貴は頷いた。


「それで? どういう事か、説明してもらうわよ」

「……俺にもさっぱり」

「そっちのお嬢ちゃん――いや、本人の弁を借りれば、お祖母ちゃんか。お祖母ちゃんは?」


 お祖母ちゃんと呼ばれた少女――本人は紗々(ささ)と名乗ったか。

 紗々はしばらく俺の部屋を撫でるように見た。何に納得したのか、何度か肯いた。

 そして、囁くような声で、


「ちゃんと掃除してるんだね」


 そこ?

 見たら、姉貴は頭を抱えだしていた。


「……私、そんな話、したのかしら。なんだか自信なくなってきたわ」

「あ、姉貴。しっかり」

「あんたに言われたくないわよ!」

「しー! しー! ボリュームでかいって!」

「……そ、そうね。で、ちゃんと答えてほしいなーお姉ちゃんは」


 不気味と形容する笑みが顔に張り付けてある。

 異変を感じたか、紗々はてへへ、と笑って一度謝った。

 そして、10歳の少女は憶することもなくこう言った。


「私は、孫たちが幸せに暮らしてるか。それが気になって、来ちゃったのです」


 俺たちは頭を抱えた。


***


「来ちゃった」


 玄関に座り込んでいる見慣れた背中がそう言った。


「来ちゃったって」

「来ちゃったわよ。で、君、いつからロリコンになった?」

「なっとらんわ! おい、純平、このことは、」


 純平はなぜか屈んだまま俺の靴を綺麗に並べ始めた。


「男と男のお約束~。持ちつ持たれつ何くれる~?」

「……わかった。何が望みだ」


 しゃがんだまま、その顔だけがこちらへ半分向きかえる。

 にんまりとしてる。


「人手。明日モールでうちの連中と一緒にセッチングしてくれ」

「……何時? 夕方は予定あるんだよ」

「10時から。夕方までには終わる。それにしても、ねえ。まさかまさかの年下趣味か」

「趣味ちゃうわ!」


 ふと、袖を引かれた。

 視線を腕に転じると、昆虫の様な無表情さがそこにある。

 もちろん、初対面の相手だ。緊張しているのか、少し身を隠すように俺に憑りついた。

 いずれにせよ、説明が必要なようだった。

 俺はとりあえず純平を部屋に先に行かせた。居間から食パンを奪い去ると、ついでに牛乳を丸々持って、部屋へ向かった。

 純平は正座をしていた。その口が開かれる。


「で、どういうこと?」


***


 昨夜得られた聴取内容は以下の通りだった。


 名前は紗々。確かに俺の祖母ちゃんは紗々。名前は一致している。

 自称、お祖母ちゃん。ただし見た目は10歳。本人も10歳だと名乗っている。合法ロりならぬ、違法祖母。

 そのため、祖母ちゃんと俺たちとの記憶はどうやらない。だが、名前は知られていた。

 発見時、格好は全裸。さすがに姉が服を着せた。ぶかぶかだ。

 やけに俺のことを好いている。

 その理由を姉が尋ねると、

「葦茂は女難の相が出てるんだ」

 ……。

 まあ、間違ってはいない。

 姉貴は性格悪いし、それに、優子には無視されている。誰かにバレンタインチョコを貰えたことも今までない。

「だから、あたしが手を焼いてあげないとね」

 10歳の、生娘(推定)の、祖母がそう言った。


「あ、ちょっと葦茂! あんたなに落ち込んでんのよ!」

「だって、だって、昔はバレンタインなんか祝わなかったのに憐れまれて……」

「何言ってんだお前。あーもう頼りにならん。ええと、紗々ちゃん、でいい?」

「うん。いいよ」

「じゃあ、質問を続けるわよ」


 紗々は肯く。 


「どうやってきた?」

「わからない。でも、強く念じたの」

「念じた?」

「私の生年月日、知ってる?」

「ええ。1913年の6月――」

「うん。瀬那せなちゃん、よく覚えてたね。ありがと」


 瀬那。姉貴を両親以外がそう呼ぶのを久々に聞いた。

 だが、感謝を口にした紗々の表情は曇っていた。

 その口をゆっくりと開いた。


「1923年、この辺で何が起きたか、知ってる?」


 知ってるも何も、祖母ちゃんが昔一度だけ、話してくれたじゃないか。

 普段は絶対に話してくれなかった。病院で、亡くなるひと月前に、俺に話してくれた。


「そう。大地震よ」


 紗々は、それから泣き出した。


***


 即座に食パンを2切れ流し込み、牛乳を一気に飲みほす。

 二人はわざわざ俺の紹介するのを待ってくれていたらしい。

 俺は粘りつく牛乳感を何度か整えてから、


「こいつは成増なります純平じゅんぺい。俺の同級生。友達」

「どうも、純平です」

「じゅ、じゅんぺー。ち、近い」


 にゅ、と顔を伸ばした純平の首を俺は叩いた。


「失礼。可愛いものに目がないもので」

「紗々。こいつのいうことはいちいち真に受けなくていいぞ」


 紗々は俺の背後に隠れて震えてしまう。

 間違いなく変な奴だと思ったことだろう。

 そんな純平は成増家の長子にあたる。

 この辺で成増家と言えば由緒正しい家系だ。同族企業で県内ではそこそこの勢力を誇る。先ほどのショッピングモールというのも、こいつの親父が持つ土地に建てられた。それでも機会があれば、何かと俺をアルバイトに誘い出そうとする、そんなキワモノでもある。


「今僕のこと変な奴だと思わなかった?」

「お、思わないよ。なあ、紗々?」


 きょろきょろしてから、紗々はぶんぶん首を縦に振った。


「そうかな。じゃあいいけど。でね、先ほどのしょっぴーんぐモールというのも……」

「不気味だから、心を読まないでくれるか?」

「そうだね。そうする。で、話は聞いてるよ? どうするの?」

「質問は内容を込めてしてくれないか?」

「優子のこと」


 ぐるりと脳内が歪んだ気がした。

 実際には、両の手で頭を掴まれ、右を向かされていた。

 怒りの表情がある。紗々は、いきなり大声で、


「どういうこと!? 優子ちゃんって!」

「うるさいなあ。いきなり、なんだよ。関係ないだろその話は」

「ある! どうして優子ちゃんが今話に出てくるの? ショッピングモールの話でしょ?」

「それは、俺が聞きたいくらいだ。おい、純平、何が言いたい」


 多分、俺はその怒りを隠せてはいなかったと思う。

 だけど純平は普段通りの声色で、


「君、隠すことはないだろう。少なくとも普段一緒にいる僕にはわかる」


 嫌悪を催す仮定が脳内によぎる。

 既に、みんな、おれのこと、知っているのではないか。


「大丈夫」


 純平の声は平静で、しかし、それだけ鋭かった。


「僕は誰にも言ってない。皆気づいてないよ。まだ(・・)ね。そして、仮に、うまく行こうが行かなかろうが、僕は君の友達だ。ただ、今みたいに不自然なまま、望まない状態が続くのは好ましくない」

「正直なこったな」

「これでも僕は親友だと思ってるからね。だから内心憤慨してるんだ。君はひと月も僕に何も言わなかったからね」


 言われた初めて気が付いた。

 俺はこの問題を、二人だけのものだと考えていたことを。

 第三者の介入があるとは、微塵も思わなかったことを。

 勘のいい純平だ。おそらく俺が告白した3日後には既に感知していたはずだ。今日来たのもモールのことは副次的なもので、この件に探りを入れに来たのだろう。

 そして、今、問うているのか。

 ここで決断しろと。

 純平は、大きく息を吐いた。


「別に、今すぐにとは言わないよ。ただ、君が何も実行しない場合、実力行使に出ることもある」

「お前がそれを言うと、不安しかないな……」

「別に家を燃やすとか、遠い孤島で暮らしてもらおうなんて考えてないよ」

「うそつけ!」


 いきなり、袖を引かれた。声を荒げたからおびえて紗々が反射したのかもしれない。

 最初はそう思った。

 しかし、意外なものを見た。

 紗々がなんだかうれしそうな顔をしていた。


「どうした?」

「いい友達じゃないの」

「どこが?」


 紗々は俺の脇に正座で座り込んだ。

 そして、下げた頭につられ、髪が二つに分かれ床に落ちた。


「じゅんぺー」

「何でしょうか? 紗々さん」

「これからも、葦茂のことを、よろしくね」


 その言葉に、純平は少しの間黙り込んでいた。

 それから、「まいったなあ」とぼやくのが聞こえた。


「まあ、君のお祖母さんにそう言われたら敵わないなあ」

「……すまんな」

「まあいい。とりあえず、僕の要件はそれだけ。葦茂の方から何かあれば」


 何か、と言われても今は紗々のことが――。

 そして俺は思い出した。


「あ、星」

「星、とは?」


 そう言えば、昨夜探していたのだった。

 星形の飾り。紗々の騒動に追われ、結局見つからなかった。

 見つかりませんでした、では五味さんに何を言われるかわかったもんじゃない。

 俺がそのことを伝えると純平は、


「ああ。なるほどね。それだったら、似たようなものを用意するよ」

「ほんとか?」

「うん」

「はあ。助かった」


 まあ、五味さんもしばらく見てないから、わからないだろう。

 あとは、優子について言えば、依然、向こうの返答待ちだ。しかし、俺の中で決めた。

 年内に決める。

 ダメだったら、しょうがない。

 よし、これで話は全部まとまりそうだ。

 そう安心した瞬間、


「あたしも行く!」


 おぞましい一言が、俺の横から漏れていた。

 問題はそう簡単に終わるわけはないという、宣戦布告に聞こえた。

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