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玉手箱の冬  作者: 圷 啓
a.今年の冬休みとは
1/15

00 倉庫というより半一軒家です。

 うわ、懐かしい。


 蜘蛛の巣立ち込める、埃っぽく白熱灯の灯す薄明り。

 俺は、「幼・相沢(あいざわ)葦茂(あしも)01」と表紙にあるアルバムを見つけたとき、そう口にしそうになった。

 が、もう一人の俺が静止した。

 いや、だめだろだめだろ、と。

 今探しているのはアルバムじゃないだろ、と。

 この広い倉庫の中にあって他の物に気をとられている時間は決してない。

 そして、ため息を吐く。

 倉庫と呼ばれてはいるが、広さで言えば大体一軒家の半分のサイズはある。その中に、ずぼらな母親とだらしのない父親とまともな俺と性格の悪い姉貴とペットのサスケの荷物を毎年放り込むもんだから、物の所在を見当つけるのは宝くじ感覚に近くなるのは当然だった。

 だから、俺――相沢(あいざわ)葦茂(あしも)が捜索を始めてから既に2時間が経過していた。


「しっかし、どこいったっけかなあ。今更返せって言われてもなあ」


 そのブツは小学校の時分に俺が気に入ってたものだった。

 しかし、何せ、もう5年以上昔に見たきり、一度も目にしてないときた。

 何故そんなものが今更「返せ」と言われるに至ったのか。

 話は実に手っ取り早かった。


***


 リビングから廊下に出て、戸をからりと閉め切ったのを確認してから、俺は受話器を取った。

 電話は、この辺の地区で権力を欲しいままにしている、五味さんの奥さんからだった。捕まったら最後、尋常じゃなく井戸端会議でしゃべりまくり時間を奪われることから、「壊れたスピーカー」とママさんたちに恐れられている。


「あーはい。変わりました。葦茂(あしも)です」

『あら声がお父さんそっくり! 相沢さんちのアシモ君も随分大人になってーもう』

「ははは……」


 そんなことはどうでもいい。本題に入ってくれ早く。

 願いが通じたのか、五味さんは珍しく話題を切り出した。


『そうそう。でね。今度、地区の児童会でクリスマスツリー飾るのよ』


 それがどうした。


『あーそうだ! 昔のこと、覚えてるかしら? アシモ君ったら、5年生の時、優子ちゃんが風邪ひいてこれなかったとき、優子ちゃんに渡すとか言ってそのままクリスマスケーキを独り占めしたのよね!』

「……はははは」


 いやな汗が冬なのに出た。

 おばちゃんはこういう時、何でいつも恥ずかしい話を平気で思い出すのだろう。


『え? ああ。そうね。もう大分会ってなかったから、なんか懐かしくってついつい口に出ちゃうのよね。ごめんね~』

「ええ、でも、まあ、懐かしいです。本当に」

『ん? どうしたの? 元気ないわね。もしかして、病気でも引いてたりするかしら』


 おばちゃんはこういう時、何でいつも電話口でも変調を感じ取れるのだろう。

 俺は、コホン、と咳を一つした。


「いや、ちょっとだけ、咳が出るだけです」

『そう? 引き始めが肝心よ。気を付けてね? 葛根湯を飲んでお湯によく使って――』

「ええ。で、あのー。ご用件の方は」


 それから後も5分くらい中身のない話が続いた。割愛させていただく。

 で、本題。


『アシモ君が持ってると思うんだけど、ツリーの頂上に付ける星形の飾り、それを返してほしいのね』


 星形の飾り。

 その単語はしばらくぶりに聞いた。

 俺が小学6年生の時、集会所のクリスマスツリーから引っぺがしてそのまま持って帰ってしまったものだ。

 そう言えば未だに返却し忘れてたっけ。


『それで、明後日に集会所でちょっとしたパーティがあるの。それで、その飾りが綺麗だったのを山田さんの奥さんが思い出してね。あとね、もしよかったら、アシモ君の手もお借りできないかしら。子供たちの遊び相手になってくれると助かるのよ~』


 明後日――

 今日が12月22日だから、クリスマスイブの日。

 皮肉なことに、その日に予定が入ることは結局(・・)なかった。

 というか、恐らく行かないという選択肢は、五味さんの前に通用しないと思う。


『あれ?もしかして、もう予定ある? 高校生だものね。彼女の一人や二人――』

「いえ。0は何掛けても0ですから」

『あらそう? そう言えば優子ちゃん――』


 優子ちゃん。

 俺は自然に次の言葉を口にしていた。


「あ、持ってくのは星形の飾りだけで良いんですよね。他にも――」


 その後はほとんど事務的な会話に終始できた。

 そして、半ば強引に俺は電話を切るように置いた。

 おばちゃんの話は際限がないという理由もある。電話代がどうしようもないというのも建前としては十分だし、咳がちょっとでると偽って病人の振りをしても理由にはこと足りる。

 ただ、これ以上その名前を出してほしくはなかった。


「はあ……」


 目の前には、受話器がある。

 7つの番号をダイヤルすれば、誰にでもすぐにつながる。

 もう、約束(・・)の期日はとうに過ぎていた。

 今ダイヤルをすれば、返答次第では、予定はきっと予定にすることができるかもしれない。

 しかし、その答えはほとんど絶望的に近い。

 結局、戸越しにリビングから漏れる明かりに照らされたまま、しばらくの間、俺は電話の前から離れられずに立ちつくしていた。


***


 そして、俺は翌日、星形の飾りを見つけるために倉庫を探し回ることになった。

 しかし、待ち受けていたのは、俺の人生を一変させるモノ(・・)だった。

次回!


『ロリコンは治せます』


ご期待……はあまりできないかも

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