最終章『Zero・dark・hour』第十話
「またここに戻されるのか……」
裁也は白い天井を見つめながら、辟易した。
室内は医療器具が並び、隣には白衣を着た月夜が計器をチェックしている。
「しょうがないでしょ? アンタ、あの薬摂取してるんだから。状態に異常がないか調べとかないと、万が一の時、危ないでしょ」
「それはまあ、そうなんだが……」
ここは皇が経営する病院で、月夜の管理下に置かれている。
なので余計な横槍が入ってくる事はなく、あっても月夜が叩き潰しているとの事。
月夜が好き放題やれる実験場、とも帝人は言っていた。
腕から血を抜かれ、脳波のチェックや、数々の計測器具を身体につけられていく。
以前も似たような事をされたので、驚きはしないが、一抹の不安は残る。
「さすがに、これはやり過ぎじゃないのか?」
「何言ってんの。やり過ぎな位が丁度いいのよ。あの薬はまだ試作品であって、完成品じゃないんだから、どんな結果が出るのか楽しみ…………じゃなかった。不安でしょ?」
デュフフ、と気味の悪い、涎を今にも垂らしそうな笑い方をする月夜。
にじり寄ってくる彼女を手で制止ながら、不意に疑問が湧いた。
「……おい、ちょっと待て。その口ぶりだと、俺が口にした薬のこと、知ってるようじゃないか?」
「? 知ってるも何も、あの薬作ったの、私だもの」
キョトン、とあっけらかんに言う月夜。
「ふざけるな! アレのせいで、俺がどんな目にあったと思ってるんだ! 死にそうな目にあったんだぞ!!」
「大丈夫よ。アレ、時間が経てば効果が切れるモノだもの。だ・か・ら――」
分かるでしょ、と再接近を試みる月夜。
右手には液体の入った注射針を携え、裁也に突き刺そうとしてくる。
「抵抗しても無駄よ! 大人しくモルモットになりやがれ!」
「バカ! ふざけるな! 今度は俺で何をしようと…………」
不意に目眩が裁也を襲った。
ベッドの上から逃げようとしたが、そのままバタンッ、と倒れ伏した。
……一体、何をされた?
見上げた先にはグニャリと歪んだ月夜がいた。
「……デュフフ、こんな事もあろうかとさっきアンタには、多量のアルコールを直接血管にぶち込んでおいてあげたわ……」
「ぐおおっ……!!」
力が入らず、視界が霞む。
朦朧とした意識の中で覚えているのは、歓喜極まった月夜の満面の笑みだった。
注射針が裁也の腕に刺される。
彼の意識はそこでプツリ、と途切れてしまった。
「ふう……。これで一安心かしらね~」
「一安心じゃないわよ、月夜! 裁也に一体何をしたの!!」
安堵して病室から出ると、結維が苛烈な勢いで接近し、月夜を攻め立ててきた。
月夜は両肩を竦め、ため息をつく。
「何って、見たまんまよ。あのバカに薬剤を打った。昏倒してベッドで疲れを癒している。以上」
「そんな乱暴な事しなくてもいいじゃない! もっと穏やかな方法が――」
「――あるの?」
「え?」
突如、月夜が結維の襟元を引き寄せた。
「貴女の言う、『穏やかな方法』があるとでも言うの? あるとしたら教えてちょうだい。私にはこんな『やり方』しか知らないのよ」
「……それは、これから……」
「無いのね」
ハン、と鼻で笑い結維を突き放す。
結維が痛そうに首をさするのを横目にしながら、月夜は待合の椅子に深く腰掛けた。
「……ねえ、如月結維? アイツはとってもバカなヤツなのよ。誰かが無理にでもセーブしない限り、自分の破滅を推してでも裁也は突き進む。そしてそのセーブをする役割は、私じゃあない」
それは誰、等と愚かな質問をする結維ではなかった。
月夜は自嘲気味に笑う。
「アイツは『獣』よ。手綱のされていない猛獣。そしてその獣は、自身の破滅も厭わないときたもんだ。ただ一点『如月結維』という異分子がアレを制御出来る。勿論、諸刃の刃でもあるわけだけどね」
「………………」
「ただ、今回は違うかもしれない。今まではアンタが裁也の大くを占めていたかもしれないけど、今回ばかりは違う……」
「如月……花蓮……」
結維の微かな呟きに、月夜は「そう」と頷く。
「アンタの姉と、私の兄貴である皇零。この二つの因果が、鎖となって裁也の心に巻き付いている。そしてそれを解放するのは貴女次第」
「………………」
「いい? 今回は、貴女はアイツをコントロールする立場にいない。裁也は、あの二人と決着をつけない限り、前へと進めない。例え時間が過ぎて、二人が自滅しても、それは〝決着〟とは言えないの。一生塞がらない傷痕となって、終生裁也を苛ませる。アンタに出来るのは、裁也の『縛り』を解放するか、アンタがさっき言った『穏やかな方法』とやらを見つけて実践するだけ」
勿論、そんな方法があればの話だけどね、と月夜は言う。
無言でいる結維を尻目に、月夜は立ち上がり大きな欠伸をした。
「ふあ~ぁ……眠い眠い……。今日は色んな事があったから疲れたわ。もう夜遅いから、アンタもしばらくしたら、家に帰りなさい。使いの者、回すから安心よ」
そんじゃーね、と月夜は手を振って立ち去って行く。
残された結維は、ベッドで寝ている裁也の顔を見ながら、ホウ、と息をつく。
そして、ヨシ、と〝何か〟を決意した面立ちで、病室を後にした。
今更だが『true tears』というアニメは傑作だったと思う。




