最終章『Zero・dark・hour』第十一話
如月結維は、良くも悪くも行動派だ。
でなければ、街中で単独ライブを決行したりしない。
無謀な行為はこれまでの行動で明らかであり、また、それを勇敢な行為とも見方によっては受け取れる。
だが、それは裏を返せば非常に危険な行為であると同時に、彼女自身の生命を落としかねない行動である。
彼女は魅力的で人々を惹きつける。
それと同時に、非常に危険な存在であることを忘れてはならない。
――ミカドの姐さん観察日記より――
深夜零時。
冬の夜は寒く、吐く息は白い。
「………………」
結維はそびえ立つ一つのビルを見上げる。
『西尾探偵事務所』
以前裁也と訪れたビルの一室から、明かりが漏れている。
逆に言えば、何箇所も部屋があるビルなのに、その一室だけ明かりが灯っているのが不気味だ。
無人のビルに一人住む子供。
それはどこかの都市伝説のような、薄気味悪い話だ。
「…………よし」
結維は覚悟を決め、拳をグッと握る。
暗く巨大な底なしの洞のような入り口をくぐりに行く。
悪魔の住処。
この世の理から外れている少年に、結維は会いに来た。
「やあやあやあ! こんばんは、結維ちゃん! こんな夜更けにようこそ! 英語で言うならば、グッド・イブニングだね!」
控えめに扉をノックした結維だったが、待ち構えていたかのように、一が勢い良く扉を開いた。
「さあさあさあ! そんな驚いた顔をしないで早く部屋に入って! 寒空の下で身体も冷えただろう? 待ってて! いまコーヒーを淹れるからね!」
タッタッタ、と奥へと引っ込む一。
結維は毒気を抜かれたように、室内へと歩んだ。
「――ッ!?」
息を呑んだ。
そこにはいてはならない人物が。
余りにも意外な人物が椅子に座っていた。
「やあ如月結維。待ちくたびれたぞ」
「……ゼロ」
仮面を被った犯罪者がこちらを向いて言った。
その物言いで、人格は皇零だと推測。
はたまた、一の悪ふざけだろうか?
チラッと一を盗み見ると、彼は肩を竦めて結維に座るよう促した。
「拒む必要もあるまい。私がここにいるのが、そんなにおかしいか?」
「……おかしいわよ……」
結維は混乱のさなか、ゼロの真正面に座る。
不思議と逃げようとは、思わなかった。
結維はゼロを見据える。
その仮面の下の、姉の瞳の位置を正確に射抜くように、結維は睨んだ。
「そう怖い顔をするな、依代よ。いずれ私の身体となるのに、私もその様な表情をするのかと思うと、いささか残念でならないぞ」
「……余計なお世話よ。大体、その依代って何よ? 私の身体は私のモノ。誰のモノにもならないわ」
フン、と相手から顔をそらすとゼロが笑った。
結維が再度睨むのと同時に、横からコーヒーが置かれた。
「結維ちゃん! とりあえずコーヒーを飲んで落ち着こう! 僕が淹れたから味は保証できないけどね!」
一がニコニコしているので、毒気を抜かれた。
結維はカップに口をつけ、黒い液体を流し込んだ。
「……甘い」
思わず顔をしかめ、言葉を漏らした。
「あれ? おかしいな? 女子高生は甘いモノは好きだろう?」
「……甘いモノは好きだけど、これは……」
甘すぎだ。
角砂糖何個分入れているのだろうか、と疑ってしまう。
「う~ん、やっぱり砂糖十個は入れすぎだったか」
「そんなに入れたの!? 入れ過ぎよ!!」
「いやいや、僕の口にはこれでも少ない位なんだよ? 市販されてるドリンクはもっと甘いし、あれぐらいが僕にはちょうどいいかな?」
「貴方の味覚と、私の味覚を一緒にしないでよ……」
裁也と月夜が会話していた内容の断片を思い出す。
曰く、西尾一はれっきとした〝悪魔〟であると。
契約者である自分たちとは、何もかもかけ離れていると言っていた。
味覚も尋常とはかけ離れているのだ、と結維は認識した。
「それで、今日はまた一体全体こんな夜更けにどうしたんだい? 一人? 裁也は?」
「裁也なら、いま月夜の病院にいるわよ」
「病院? なんだ怪我でもしたのか? おかしいな~、そんなヤワに育てた覚えはないんだけどね!」
「……裁也は、これまで死にそうな……それよりとっくに死んでてもおかしくないような羽目にあってるわ。その男のせいでね!」
無言のゼロを見据える。
仮面の下は、穏やかに微笑んでるように感じた。
「ふむふむ。それで、君は一人で何をしにきたんだい? こんな場所に――君が一人で、ね……」
「――ッ!?」
ビクッと結維は身を竦めた。
結維の知っている一とは違う声質で、それは心の底から震えあがる声音だった。
一はニコニコしている。それがまた不気味だった。
「……私がここに来た理由は一つ。いますぐ裁也と皇零――ゼロとの争いを終わらせてほしいの」
「争いを、終わらせる?」
「そう。二人のこの馬鹿げた戦いを終わらせて。貴方ならきっと、それが今すぐにでも可能なんでしょ?」
挑むような目付きで一を見る。
彼は対応に困ったようにしていたのに対し、ゼロは結維の馬鹿げたお願いを聞いても微動だにしない。
「うーん、確かに僕なら――この僕ならば二人の争いを一瞬にして終わらせられるよ。そんなお願いをしてくる所を見ると、どうやら僕の正体は知っているようだからね。だけど、それは不可能だ」
「ッ!? どうして!?」
「理由は色々あるよ。
第一に僕は人間同志の争いになるだけ介入しない。なるだけ、ね。この世の理をねじ曲げると、後々酷い目にあうからね。
第二に、僕にはそんな事をする必要がないし、義務もない。君が、裁也が僕と主従契約を結んでるから、ペットの不始末は飼い主の責任がとれ、なんて安直な考えだったら君を今すぐ――それこそ一瞬でくびり殺してあげるよ。
第三に、それだと面白くないだろ? ゼロと裁也には殺し合いを続けてもらう。そこから広がる悲劇と喜劇、憎しみと愛。想像しただけでもよだれが出るよ」
クツクツと、一は歪んだ笑い声をこぼし、結維はゾッとし、ゴクリと唾を飲み込んだ。
一瞬、彼と瞳が交錯した瞬間、全てを見抜かれたのだと悟った。
結維の安直な考え。希望。
西尾一なら、裁也を助けてくれるという都合のいい未来。
そんな展開を勝手に夢想した。
「……じゃあ、貴方は裁也を助けてくれないの? 味方じゃあないの?」
「うん。むしろ、この場に限って言うならば僕は――君の敵だよ?」
「え――?」
パチン、と一が指を鳴らすとゼロが動き出した。
瞬時に距離を詰められ、鼻と口にハンカチを押し付けられる。
「――ッぶはっ! ちょ、何すん――…………!?」
ガクン、と膝が折れる。
視界が暗転し、結維はゼロに持たれかかった。
何か、液体の染み込んだハンカチを再び嗅がされ、結維の意識は次第に遠のいていく。
「……ックック、これで祭りの準備は整った。裁也を呼び出す贄を、私は手に入れた!」
「そうだよ、ゼロ――いや、いまは如月花蓮の方か。せいぜい、君のその隠された〝ペルソナ〟である、自己破滅願望にみんなを巻き込んであげるといい。それが全てを破壊していく悲劇の引き金となって、沢山の悲鳴と哀しみ、阿鼻叫喚を巻き起こす今世紀最大のエンターテイメントとなるんだ。――楽しみにしてるよ」
「ああ……もちろんそのつもりよ。私はいずれ死ぬ。だから、私の大切な――大切だったかけがえのないモノを全て壊してあげるわ!」
アッハッハ、と狂った様に笑うゼロと一の声を、薄れていく意識の中で結維は聞いている。
カーニヴァルはこの瞬間、幕を開けた。
悪魔と人間が織りなす狂想曲の開演。
未来は混沌として、見えないままだ。
願わくば、裁也は無事でいてもらいたい。
そう思いながら、結維の意識は暗闇へと溶けていった……。
翌日。
一本のビデオレターが裁也に届く。
裁也は、西尾一の元へと急行した。
怒りと憎悪を内に孕みながら、絶対的存在へと叛逆する。
今まで更新頻度を少なくしたツケがいま回ってきてます。
前は、もっと早く書けたのに……。執筆習慣は大事です。
それよりもサイコパス二期、始まります。
冲方丁先生が絡んでるとなると、また見どころ満載ですね。今から楽しみです。




