第二章『皇製薬会社の闇』第二十四話
不可視の剣同士が衝突する。
目には捉えられない刀身は確かにそこに在り、裁也とゼロの顔が間近で止まる。
顔は見えないが、ゼロと裁也の視線が交錯し、火花を散らせた。
『ほう。君の剣と互角か。我が妹も中々やるではないか』
「――ふざけるな!」
裁也の銀の瞳の輝きが増す。
刀身がその姿を現し、ゼロを剣ごと真っ二つに斬ろうと押し切る。
『――未熟!』
腹を蹴られ、裁也は後方に退く。
ゼロは裁也との距離を即座に詰め、不可視の剣を振るった。
――距離が掴めない。
チッ、と舌打ちし、裁也は屈んで確実に攻撃を回避。
だが頭部に衝撃が奔り、裁也は地面に転がった。
ククッと、仮面の奥から嗤い声が漏れて裁也を苛立たせる。
『無様なものだ、フィクサーよ。お前は二年前と何ら変わらない。感情を乱して、大局を見誤る』
「……偉っっそうにしやがって! そうやってお前は上から人を見下す! お前こそ、あの頃と何ら変わってない!」
裁也は血が入り混じった唾を吐き捨てる。
「沢山の人間がお前に憧れ、頼ってきた。お前は彼らの期待に応え、人々を導いてきた――フリをしていた」
不可視の剣の伸長を引き伸ばす。
ゼロは嗤う。
「実際の所、お前は彼らを平然と切り捨て、自らの欲求を満たすための道具として扱った。指導者ではなく、支配者として彼らに君臨し、連中の心を蹂躙した。お前は――悪魔だよ、なあ皇零ッ!!」
『……懐かしい名前を使う。だが訂正しよう。私の名前は〝ゼロ〟だ。その名は、とっくのとうに捨てた』
外套を翻し、拳を力強く握り締める。世界を掌握するように。
かつて対峙した宿敵と全く同じ仕草。同じプレッシャー。同じ戦闘力。
裁也とゼロが交わした会話の断片。記憶に残るゼロと、眼前のゼロが裁也の脳裏で重なる。
どうやら裁也は眼前のゼロを、かつて殺したゼロだと、受け入れなければならないようだった。
『なあ石杖裁也よ。今一度聞こう。私と共に来る気はないか? 君は、下賎な連中と一線を画するとびっきり優秀な人間だ。私のかつての夢、新世界を創造する仲間になってくれないか?』
「……そうやって、花蓮も勧誘したんだよな、アンタは……。彼女が甘い幻想を抱けるように、言葉を選んで花蓮の心を誘導した。彼女が、お前に焦れるように、お前の命令を従順聞くように、仕向けた……」
『これは面白い事を言う。私はただ、彼女が望む言葉、望む行動、望んだ結果を与えたに過ぎない。後は、彼女が選んだ結末だ』
「――それを、誘導したと言うんだ!!」
裁也はゼロの首を刎ねる様に、長刀の分子刀を薙いだ。
だが、ゼロは裁也の斬撃を自前の剣で受け止める。
そして刃を滑らせながら裁也に向ってきた。
「クソッ……!」
分子刀の長さを戻すも、ゼロの接近に間に合わない。
不可視の剣が裁也に襲いかかる。
「グッ……!」
左の肩を貫かれる。
肉に刃が入り、骨を砕く感触。
焼ける様な痛みが全身を駆け巡り、脳が痛みを訴える。
裁也は膝をつき、ゼロを見上げた。
裁也の血を拭い捨てる様に、ゼロは剣を振った。
『フフッ……。莫迦な男だ、お前は。大人しく私に従えばいいものを。そうすれば、下手に怪我を負う事もなかったろうに』
「――莫迦はお前だ、ゼロッ!!」
「ッ!?」
ゼロが驚く間も無く、瞬時に裁也が跳ね、飛び蹴りをフルフェイスメットにぶち込む。
ゼロは受け身を取れず、メットを地面に叩きつけ、ヒビが入った。
『ぐ……おっ……!』
ゼロは立ち上がろうとするも、足元がおぼつかない。
立ち眩みした様に、床に座り込んだ。
ゼロの眼前に、裁也が――死神が佇む。
『フッ……。差をつけられたものだな……』
「……お前を殺した後の二年間、俺が何もしないで来たと思っているのか? あの後も、俺は死線を何度もくぐって来てんだよ。差がついて当然だ」
『ロスト・クリスマス事件』後にも頻発するゼロの模倣犯を、裁也は解決してきた。
爆弾魔によるショッピングモール爆破事件。
ゼロを名乗る通り魔の、切り裂き事件。
バスをカージャックする黒の組織残党を殲滅し、空港を占領するテロリストを壊滅させた。
先日の竜ヶ峰の占拠事件は、単独で解決した。
積み重ねてきた経験が、裁也とゼロの戦力を引き離したのは、当然の帰結だ。
「……お終いにしよう、零。今度こそアンタは殺す。確実に俺の手で、終わりにしてやる」
掲げられた分子刀。銀色の瞳は、怒りと憎しみ、悲しみと哀れみの感情が滲み出る。
『……そうだな。祭りは、ここで締めるとしよう。――ヤレ、裁也』
コクン、と首肯し裁也は剣を振り下ろす。
そこへ、
「お姉ちゃんを殺さないで!!」
と、如月結維が乱入してきた。
裁也の前に立ちはだかり、両手を広げてゼロを護る。
裁也は寸での所で剣を止め、結維の前髪がハラリと何本か落ちた。
「……何の真似だ、如月結維」
「裁也はお姉ちゃんを殺そうとしている……! 私は、それを止めてるだけ……!!」
裁也は結維が何を言っているか理解できず、結維もまたゼロに洗脳されたのではないかと疑う。
だが眼前にいる如月結維からは、洗脳されているというよりは、必死に何かを護ろうとする意志しか伝わってこない。
『……いいんだ、結維。私の事はもう放っておいてくれ』
「で、でも……、お姉ちゃん……! 折角、また会えたのに……! 離れ離れになるのは嫌だよッ!!」
結維はゼロに寄り、抱きついた。
涙を流し、ゼロの胸に顔を埋める。
――何が起こっている?
裁也は理解不能な現象に前にし、思考が停止する。
混乱と困惑。
混沌と混迷。
意識が半分乖離した状態に裁也は陥った。
「……結維。とりあえず、ゼロから離れろ」
裁也は不用意に結維に手を伸ばし、彼女をゼロから引き離そうとした。
「あっ……?」
そして腹を貫通する不可視の剣。
視えない剣に、裁也の血がしたり落ち、その姿を現す。
結維は絶句し、裁也は倒れた。
ゼロがフェイスメットを脱ぎ取り、投げ捨てる。
その素顔に、裁也は目を見開いた。
「おま、え……?」
「……本当に、久し振りね。裁也……」
裁也は今度こそ完全に脳が凍結した。
――訳が解らない――
一度死んだ人間が――裁也に大事な事を教えてくれた人間が、目の前で嗤っている。
如月花蓮。
セントパレスチナタワーで死んだ結維の姉が、裁也の前に再び姿を現した……。
サイコパス、新編集版が始まった!!
ヤバイ。ひどく楽しみだ。
そしてリアル書店でラブひなの文庫版を見つけた。
……。
…………。
………………。
閑話休題。
とりあえず、第二章そろそろ終わります。




