第二章『皇製薬会社の闇』第二十一話
「イシヅエェェッッ――!!」
半狂乱のロゼが裁也に襲いかかる。
金髪をかき乱しながら、両腕を振り下ろしてきた。
裁也はロゼの攻撃を回避したが、その攻撃力に慄いた。
カプセルを叩き割り、中に入っている人間を、寝台もろともひしゃげさせた。
通常の腕力では、ましてや女性の腕力では決して考えられない様な現象を目の当たりにした裁也は、月夜を盗み見た。
おそらく自己暗示による催眠と、薬物の乱用だ。
人間の肉体能力を、短期間に極限まで引き伸ばすには、この方法が一番手っ取り早い。
だが同時に、寿命を極端に短くする。
ロゼは、もう正常には戻れないのだろう。
月夜は裁也の視線に気づいたようで、口の端を吊り上げた。
裁也の言いたい事を理解したように。
ロゼは眼球を動かし、敵を探す。
そして歯を剥き出しにし、涎を撒き散らしながら裁也に突進してきた。
亡者が生者に貪り、自分達の仲間に引き入れる様に、ロゼは裁也を求める。
「………………」
裁也は無言で分子刀を発動させた柄で、ロゼの左腕を薙いだ。
ブツン、と腕は宙に舞い、無骨な音を立て床に転がる。
「――ん?」
血が吹き出さないのを不審に思うと、ロゼは切断された腕を拾い上げ、接合部にすり合わせる。
そして腕の感触を確かめ、繋いだ左腕の半分から先を折った。
「――ッ!? おいおい、マジかよ!?」
見えたのは、何かの通気口。
撃ち出されたのは、拳大の砲弾だった。
裁也は咄嗟に避け、物陰に身を隠す。
砲弾が着弾した瞬間、盛大な音を立てて周辺の備品を吹き飛ばした。
「サイボーグにでもなったのか、ロゼ先生は!?」
一発着弾する度に爆発が巻き起こり、月夜の実験室は粉々に破壊されていく。
白煙が立ち込め炎上する室内を、皇月夜はキャンプファイヤーでも楽しむかのように、ケラケラと囃し立てる。
「いいわ! いいわよ、ロゼ! さっすが、私の可愛い実験体! 私の愛しいお人形ちゃん! 生意気な先輩を粉々にぶち壊しちゃいなさい!!」
金色の瞳を爛々と輝かせ、ロゼを応援している。
どうやら彼女は本当に、一から授かった能力を自らのファッション程度としか考えていないようだった。
「その思い上がった態度をへし折ってやるよ……!!」
裁也は飛び出し、霊子刀を発動させロゼのリンクを断ち切った。
瞬間、ロゼは停止する。
そのまま倒れるかと思いきや、ロゼは裁也に砲弾を射出した。
「――ッ!? そんな馬鹿なッ!」
霊子刀が効かない相手がいる事に驚愕し、その隙を突かれ、裁也は爆風の煽りを喰らった。
数メートル吹き飛ばされ、床に叩きつけられる。
「うぐぐ……! クソッ……!」
呻く裁也を、ロゼは哄笑する。
「アハハッ! 無様ね、石杖裁也!!」
月夜は裁也に接近し、彼の後頭部を足で踏みつけた。
「ウフッ! カ、イ、カ、ン♪ あのフィクサーを足で踏みつけられる日がやって来るなんて! チョ~~~~ッ、素敵!! ウットリするわ!!」
恍惚の笑みを浮かべ、興奮する月夜。
サディステックな一面も持つ彼女は、相手をいたぶる嗜虐性癖があるようで、裁也はゲンナリとした。
――本当に、悪趣味な奴だ。
内心でそう思うが、今は身体が動かない。
一時的なショックで、脳から肉体への電気信号が伝達されなかった。
――時間でも稼ぐか。
裁也は、身じろぎしながら月夜を睨む。
見たくもない月夜の下着を見て、裁也は吐瀉物をぶちまけたい衝動を必死に堪えながら、月夜に訊いた。
「……お前の目的は何だ? 何でこんな真似をする?」
月夜は裁也をゴミ虫でも見るような目で、ペッと唾を吐き捨てた。
「何でこんなマネをするかだって~……? そんなの決まってんじゃん! 面白いからだよ!!」
怒鳴った月夜は、自らの心情を吐露するかのように、次々と言葉を裁也にぶつける。
「来る日も来る日も毎日毎日同じ事の繰り返しで、こっちは飽きてんだよ! 日常、日常、日常!! 単調な日々が、私は退屈なのよ! それを、あのジジイどもったら……!! よくもまあ、『それが人生だ』なんてしたり顔で言えたものね! 人生を諦めた敗北者共が! この私によくもそんな事を言えたものよ! ねえ、そう思わない!?」
「……知るか、そんな事。俺は、一日一日が大事なんだよ」
「ハイッ、クソつまらない回答どうもありがとう!! アンタがそれでよくても、私はつまらないの!! 折角、世界を牛耳っている権力があるんだから、使わないと損でしょ!! だ~か~ら~、私は皇に生まれた幸福を最大限活用して、この世界を面白おかしくしてやってんのよ!!」
感謝してもらいたい位だわ、と月夜は言う。
「……それが、その結果がアレか。ロゼ先生を弄んだり、『ロスト・クリスマス事件』を引き起こしたっていうのか? ふざけるな!」
「道徳の授業だったら願い下げよ! 善悪の区別なんて、見る人によっちゃコロコロ変わるもんなんだから! 無能で無用な人間が減って、空気が幾分か綺麗になったんだから、私は地球環境に貢献したってのよ! なのに何!? アンタ、私が悪い人間だって決めつけんの!?」
「……お前」
裁也は月夜の言い分に絶句して何も言えなかった。
コイツは本気で、本気の本気で、自分は正しい事をしていると信じている。
自分の行為を顧みず、自らを疑わない。
自己中心的、唯我独尊、自分勝手に振るまうその様は、かつてのゼロを裁也に彷彿させた。
「……アイツよ! アイツだけよ……! 私の意見に賛同してくれたのは……! なのに、アイツは裏切った……!」
ブツブツと、自らに言い聞かせるように呟く月夜を、裁也は起き上がって足を払った。
キャッ、と尻もちをつく月夜が、
「何すんのよ!」
と怒鳴る。
裁也は、不可視の剣を突きつけ怒鳴った。
「……このバカ女が! いい加減にしろよ!」
「バ、バカァ……? 言うにかいて、そんな侮辱な言葉この私に投げつけるの、アンタ!?」
「ああ、何度でも言ってやる。どうせ、誰もお前に言わなかったんだろ。お前が、どれだけ大馬鹿な事をしたかなんて、誰も言えないんだろ! ふざけるなよ!」
「なっ……! この、帝人と同じ事言いやがって! ぶっ飛ばすぞ!」
「かかってこいよ。ロゼ先生じゃなく、お前自身がな」
「う……ぐ……!」
月夜は吠えるばかりで、裁也に直接近寄ってこない。
それはそうだろう。
金の眼の力しかもたない彼女は、この世の悪逆を視るしか能が無い。他の部分はそこら辺にいる少女と、何ら変わらない。
一から、その他の能力を授かっている裁也とは、全くの別物だ。
彼女は――皇月夜は、自らの手を汚さない小物だ。
覚悟も信念もない少女に、石杖裁也が負ける道理など、ない!
「い……行きなさい、ロゼ!」
ロゼに命令し、自らは後退する。
キシャッ、と奇声を上げながらロゼは裁也に突撃してきた。
右手にナイフを携え振り下ろす刃を、裁也は不可視の剣で捌く
剣戟を繰り返し、裁也は後退した。
刹那、左腕の砲弾が裁也を襲う。
砲弾は裁也に着弾した――かに見えた。
「――ッ……ゥ!」
一刀両断。
砲弾を真っ二つに切り裂き、裁也の後方で砲弾が炸裂し、炎上する。
その技量、度胸に、月夜は恐怖した。
銀色の瞳が、月夜を捉える。
ゾクッと、月夜は震え、過去に一から聞かされた言葉が蘇った。
一の代行者である石杖裁也。
通称――死神。
人の生命を刈り取り、悪魔に供物を献上する一方的な関係。
だが石杖裁也は、虎視眈々と機会を窺い、主人である悪魔の命さえも、狙ってるかのようだった。
もはや勝敗は火を見るよりも明らかだ。
だが、ロゼにそんな思考はなく、圧倒的捕食者である裁也に吶喊する。
「…………サヨウナラ」
裁也の瞳が銀から金へと切り替わり、不可視の刃をロゼの胸に突き立てた。
そんな事をしても無駄なのに、と月夜は胸中で言う。
アレは一部の機能を残し、人体の八割を機械へとシフトした。
精神のリンクを断つ力では、ロゼを止められない。
月夜のそんな思いとは裏腹に、ロゼはその機能を停止し、床に倒れた。
「――ッ! な、何で!? 何で、ロゼが止まるの!?」
月夜の動揺に、裁也は答える。
「……お前は、一の能力を理解していない。金の眼の力は、精神の糸を断つだけじゃないんだよ」
「な、何よそれ! 何なのよ、それは!!」
「……人は〝肉体〟と〝精神〟、〝魂〟の三つで構成されている。俺は、その〝魂〟に干渉したんだよ」
「たましい~? ハァ? そんな非科学的な話、信じろっての? バカ言わないでよ! 一のヤツはそんな話、説明しなかったわよ!」
「それはそうだ。俺も聞いた事がないからな」
「んなっ……!?」
「魂に干渉出来るのは、俺独自の力だって事だ。……悪いな」
銀色と金色が混じった双眸で裁也は、柄を振り上げた。
月夜は、彼の瞳に魅入られながら、不可視の剣で貫かれる時を静かに待つ。
その瞬間――
大爆発が研究所を襲った。
これまでにない規模の爆発。
天井は崩落し、爆風が壁を粉々に吹き飛ばす。
炎の手があちこちと広がり、研究所内は一瞬にして地獄へと変貌した。
――な、何が起きた?
裁也は驚きつつも、事態の状況を把握しようと、周囲を見渡す。
月夜も何が起きたのか解らず、目を白黒とさせていた。
二人が互いの無事を認識すると、不意に室内の巨大なモニターに電源がついた。
『皇月夜! 我が妹よ! 君の祭りはここまでだ! ここから先は、この私、ゼロが引き継ぐ!!』
憎っくき宿敵であるゼロが、如月結維を抱き、高らかに宣戦布告してきた。
ゼロのカーニヴァルが、幕を開ける。
伏見つかさ先生のエロマンガ先生2巻が面白い。
これ、またアニメ化とかするのかなぁ……。




