第二章『皇製薬会社の闇』第十九話
同類よ――
そう言われた裁也は自分の足元が揺らぐ思いに囚われた。
……まさか一との契約者が他にもいたなんて。
予想はしていたが、覚悟はしていなかった。
あの〝悪魔〟と契約したのは、自分だけだと思っていたから……。
裁也を、〝先輩〟と言うからには、少女は裁也よりも後に契約した事になる。
裁也が一と契約したのは、四年も前になる。
両親の運転する車が交通事故を起こし、裁也はかろうじて生き残った。
虫の息で、今にも死に絶えそうな裁也に一は――悪魔は現れた。
『死にたくないか、坊主』
真っ赤に染まる視界の中、悪魔は囁いた。
『俺と契約すれば、お前の命を助けてやる』
黒い装束を纏った悪魔は、裁也にとって天使に見えた。
『何でもいい……。何でもするから助けてほしい……』
死にたくない。
その一心で裁也は悪魔に懇願した。
今思い返せば、それが後々後悔する事にはなろうと考えもせず、ヤツと契約した。
悪魔は死にそうな少年の願いに、三つの条件を突きつけてきた。
一――人間の魂を提供する事。
ニ――人智を超えた力を授かる代わりに寿命を削る事。
三――自分の隷属者となって、生涯使役される事。
この三点を一は裁也に、生命の担保として提示してきた。
『分かった。条件を呑む。だから、だから……ッ! 助けて下さいッ!!』
哀願する裁也に、悪魔は満足し、喜悦した。
『ならば助けよう。石杖裁也、君は今からフィクサーとして、我が隷属として迎えよう』
そして裁也は西尾一のモノとなった。
西尾一の手足となり、悪人の魂を狩り、彼に提供し、彼に頭を垂れてきた。
『ロスト・クリスマス事件』では、大量の人間の魂を献上した。
それが結果的に裁也を苦しめ、裁也にノイズを生じさせた。
完全無欠の殺戮機械。
それが『ロスト・クリスマス事件』前の、石杖裁也だった。
それが、あの事件をキッカケに全てが変わってしまった――
「……お前は、俺の代わりなのか?」
「私? バカねぇ、私がフィクサーをやるわけないじゃない。私は天才美少女、皇月夜よ! 愚民に愛と平和を振りまくアイドルなんだからッ!」
愛と平和より、混乱と騒乱をもたらす人種に見えるのは、裁也の気のせいだろうか。
「それに、私はアイツと契約したつもりなんかないしぃ~。この金色の眼がイカしてただけだしぃ~」
「……それでも、お前は一と契約した人間だ。……何人の人間の魂を提供してきた?」
「? うーん、わかんな~い。っていうか、契約者じゃないって言ってんじゃん」
「じゃあ、何だって言うんだ」
「そうねぇ……。敢えて言うなら〝共謀者〟ってところじゃない?」
「共謀者、ね……。アイツと一緒に、何かしようって言うのか」
「『しよう』じゃない。もう『した』のよ」
「? どういう意味――」
問おうとすると、月夜の背後から黒い塊が飛び出してきた。
虚を疲れた裁也は、ソイツの体当たりをモロに受け、倒される。
「フシューッ! フシューッ! イシヅエ、ダヅヤアアァァァッッ!!」
「グッ……! 誰だ、お前!」
薄暗い室内が、突如明るくなる。
夜の世界が、瞬時に昼のような世界へと切り替わり、裁也は薄目で敵を視認した。
「ロゼ先生か……!」
竜ヶ峰高校の屋上から転落し、失踪したロゼが目の前にいた。
顔面の皮膚は剥がれ落ち、金色の綺麗だった髪の毛は、赤い斑点があちこちに付着している。
眼球はグルグルと目まぐるしく動き回り、とても正常な人間のソレとは思えなかった。
「アハハッ! いいなぁ、裁也君! ロゼみないな美人に犯されて、幸せなんじゃない!」
「冗談は、ゴメンだ!!」
フッと息を止め、蹴り上げる。
ロゼはヒラリと宙返りし、華麗に月夜の隣に着地する。
「……ロゼ先生は、どうしたんだ?」
「? どうしたって? 何が?」
「とてもマトモには見えない。お前が何かやったのか?」
月夜は妖艶に笑み、ロゼの身体をまさぐる。
胸を揉み、剥がれてる顔の頬に手を滑らせて、ロゼにキスをする。
「フフッ、素敵でしょ。この子、私の実験に成功したの。数少ない成功体なんだから」
うっとりと、舌で首筋を舐める月夜に、裁也はゾッとした。
成功体。
その言葉はつまり、床に転がっている仮死状態の人間は失敗作のソレと、一緒ということか。
「言ったでしょ? 私は愛と平和を振りまくアイドルだって。こうして、〝死〟を超越する研究をするのが、私の趣味なの」
「悪趣味だな、それは」
「うるさいわねぇ。結維ちゃんのお姉ちゃんを救えなかったくせに、生意気なんだから」
「――ッ!!」
ザックリと、古傷をこじ開けられた気分だ。
かさぶたになった傷痕から、膿が滲み出す。
「……色々と、知っているようだな」
「そりゃ知ってるわよ。あの事件を起こしたキッカケは、私達の一族なんだから」
「……そうか」
裁也は呼吸を整え、柄を構える。
双眸は銀色に染まり、二人を見据えた。
「――皇月夜。お前を、この世界から抹消する」
「フフン。来るなら来なさい――〝皇〟が相手をしてあげるわ」
裁也が吠えた。
皇月夜は、彼が自分の掌の上で転がされている事に気付かないので、ほくそ笑んだ。
キシッ、と嗤い、ロゼが裁也に向かう。
――全ては計画通り。
ロゼリベンジャー計画は順調に進んでいる。
ただ、一抹の不安が残る。
本物のゼロの動向が、未だに掴めていない。
彼が何をしでかすか、どう動くのか読めないのが、月夜の心に影を生じさせていた……。
映画『グランド・イリュージョン』が意外と面白くてビックリした。
あとバイオーグ・トリニティが面白くなってきたなぁと思う今日この頃。




