第二章『皇製薬会社の闇』第十五話
――クソッ、クソッ、クソッ、クソッ……!!
石杖裁也は、胸中で自分を罵倒しながら路地を歩いていた。
すぐ後ろでは如月結維が心配そうに、付かず離れずついて来ていた。
裁也の機嫌を窺うようにしているのが丸分かりで、それが裁也にとっては煩わしい。
……イライラする。
この無性に腹立たしい気持ちは、自身の不甲斐なさからくるものだ。
石杖裁也。
テメエは、二年前から何も成長していないのか?
あの頃感じた悔しさは、屈辱は二度と味わないと決めたのではなかったか?
西尾一と出会い、ヤツと契約した後の最初の仕事で思った事は何だったのか?
『ロスト・クリスマス事件』で〝彼女〟を失った時、〝仮面〟を被ると誓ったのではなかったか?
彼女を――如月結維を護ると、約束したのではなかったか――――
「――杖君! 石杖君ッ!!」
結維が怒鳴っていた事にハッと気づき、裁也は彼女に振り向いた。
「……ああ、ゴメン。何か言ったか?」
裁也は呆けたように呟く。
死んだ魚のような、黒く濁ったドブ色のような瞳。
裁也の双眸からは、自分の意志が宿ってるようには見えない。
結維は、「ム~ッ!」と唸りながら、裁也の頬を両の掌で包み込んだ。
彼女の顔が近く、裁也はドキッとする。
「な……なんだよっ」
「石杖君。さっきから怖い顔してる。整った顔立ちなんだから、もうちょっと笑いなさい」
「笑えか……。自分を笑うんだったら、もうしてるぞ」
「ていっ!」
言った直後、裁也の頭上に結維のチョップが下された。
大して痛くもないのに、やたら痛いと感じた。
「そういう事言ってるんじゃないの! 自分を責めても、何も意味ないでしょ!」
「………………」
結維の言う通りだ。
自分を責めても、何も解決しやしない。
頭では解ってる。だが感情が理解しようとしないのだ。
裁也は結維を無視し、歩き出す。
結維はそんな裁也の前に先回りし、彼の進行を止める。
「………………」
裁也は結維を無視し、彼女を避け歩き出そうとする。
結維はその気配を察し、裁也の歩みを妨害する。
イラッとし、裁也は駆け出した。
「あっ! コラッ!」
結維が逃げた裁也を追いかける。
元より、結維は置いていくつもりだった。
裁也が本気になれば、結維を置き去りにする事などたやすい。
一人で闘いに赴くつもりで、結維を巻き込むつもりは毛頭もなかった。
そうだ。
さっさと置いて行ってしまえばいい。
あの時のように――
「きゃあっ!」
結維の悲鳴が聞こえ、裁也は足を止めて振り返る。
地面に倒れ伏して、結維は動かない。
裁也は慌てて彼女の元に戻ると、ガッと、服を掴まれた。
「……捕まえた」
「――ッ!?」
ペロッと舌を出す結維に、裁也はカァーッと赤くなる。
「バカッ! 何かあったと思って心配するだろ!」
怒ると、結維は笑った。
「そう。そう怒ってるほうが石杖君っぽいよ」
「なっ……!」
裁也は呆れて、ため息を吐いた。
どうやら裁也を冷静にする為の演技だったようで、怒る気が失せた。
「……君は変わらないな。前もこうやって助けられた」
「『前も』って事は、やっぱり私と石杖君って昔会ってるんだね」
「昔ってほど、前でもないんだけどな」
結維を立ち上がらせ、二人は歩き出す。
裁也は結維の真剣な眼差しに気づき、観念したように言う。
「そう。君も察してる通り、君と俺は過去に何度か会ってるんだ」
「……やっぱりね。でも、何で急に話してくれるつもりになったの?」
「話すつもりはない。だけど、事態がそれを許してくれそうになさそうだ。巻き込んで何だが、ある程度事情は知っておいた方がいいだろ」
「ふんだ。偉そうにしちゃってまあ」
結維が呆れると、裁也が不敵に笑う。
「もうすぐ目的地に着くから、細かい説明は省く。質問は全て片付いてからにしてくれよ」
「解ったわ」
「ならいい。――俺と、君は二年前の『ロスト・クリスマス事件』で遭遇してるんだ」
「――ッ!?」
結維が息を呑む。
「君はそこでゲリラライブをしていて、俺は仕事でセントパレスチナタワーにやってきていた。事前にゼロが爆破計画を立てている情報を入手しててね。ミカドの事も、その時知ったのか」
「……そうだったんだ」
「だけど運悪く君は事件に巻き込まれ、俺は君と一緒に事件を解決した。終わり」
「終わり――って、え? それだけ?」
「それだけで十分だろ。大事な部分は話したぞ」
「全ッッ然話してないよっ!! 肝心な部分――私が知りたい事、教えてもらってないじゃん!」
「はぁ~……、分かったよ。何が知りたいんだ」
裁也の、『コイツ、どうしようもないな』という表情とため息に腹立ち、腹パンチを入れる。
「……痛いぞ」
「うるさい! それで、私が知りたいのは、どうしてその時の私の記憶がないのかって事! どうしてよ!」
「それは俺が記憶を消したからだ」
「なら、元に戻して!」
「それは出来ない。一度消した記憶は戻らないんだ」
首を振る裁也に、結維は激高する。
「そんなご都合主義、あるか!」
「そう言われてもな。俺だって、出来ないものは出来ないんだ」
ポリポリと、頬を掻く裁也。
その仕草からは、困った風には全く見えなかった。
「――それに、あの時の記憶なんて戻らない方が君の為だ。あんな辛い過去なんて、思い出すものじゃない」
「それは、私が決める事。石杖君が決める事じゃない」
結維がそう言うと、不意に裁也が悲しげな顔をした。
結維は思った。
石杖裁也は、まだ重大な事を隠していると。
その事を、彼は明るみに出さないだろう。
結維が追求しない限り、裁也は自分から切り出すつもりはなさそうだ。
「――石杖君。私はね――」
過去を訊ねようとすると、裁也がシッ、と指を立てる。
耳を澄ますと、少し離れた所から大きな地響きと、爆発音が風に乗って聞こえてきた。
方角は裁也達の目的地である『皇製薬第一研究所』と一致している。
裁也は結維を置いて、即座に駆け出した。
「あっ! 石杖君! ちょっと! 話はまだ終わってないぞっ! コラ――ッ!! 裁也――ッ!!」
「ゴメン如月さん! 君はそこで待っていてくれ! 後で事情は話すから!」
疾風の如く駆け去っていく彼を呆然と見送った後、結維は裁也を追いかけ始めた。
ロスト・クリスマス事件。
過去に起きた事件の残留が、ゼロを中心にして、再び集い始めた。
連載している好きな漫画が休載だと、テンション低くなります。
どうも、ペルソナ最新話です。
週末あまり書けなかったので、今週末頑張ります。




