第二章『皇製薬会社の闇』第十四話
扉を開けた先は夜の闇だった。
風は冷たく、裁也の頬を擦過していく。
「外……?」
四方はコンクリートのビルに囲まれ、砂利には腐臭漂う水溜まりが混じっている。
シーンと、誰も見当たらないのにたくさんの人の気配を感じる。
……どこにいる?
バタン、と扉が閉まる音。
気付いたのは女の店員がいなくなってからだ。
「――しまっ……!?」
バンバンバン、と結維が扉を叩き、ドアノブをガチャガチャと回す。
だがドアは動かず、虚しく空回りするのみだ。
「鍵……掛かってるよ~……」
泣きそうな声で結維は言う。
――どうする?
〝分子刀〟で扉を切断するのは簡単だが、手がかりを何も掴めていない。
このまま引き返すのでは徒労に終わる。
「――ッ!?」
裁也は驚いた。
如月結維が、急に自分に抱きついてきたのだ。
「ど、どうした……?」
「うぅ……、あ、あそこで何か動いた気がしたの……」
結維が指差す方へ、裁也は視線を向ける。
暗闇で見えづらいが、砂利を踏む音が聞こえる。
……誰かいる。
〝銀の眼〟を発動させ、〝分子刀〟を構える。
自身の脳内に埋め込まれたシステム――アクセラレータを稼働させておく。
――如月結維は必ず護る。
ギン、と暗闇を凝視し、
「誰だ! 出てこい!!」
と、裁也は叫んだ。
『フフッ。相変わらず、威勢はいいな。石杖裁也よ』
闇の奥から現れたのは、黒い外套を羽織った人間。
黒いマスクで顔を被い、変声機で声を変えて、誰をも圧倒するオーラを纏う今は亡き犯罪者。
「ゼロ……!!」
そう。
かつて世間を賑やかし、今もまたその高いカリスマ性ゆえに、真似をする者さえ現れる始末。
その伝説的犯罪者が、裁也と結維の前に再び姿を現した。
が――
「……さすがに、こう何度も偽者が出ると怒りを通り越して呆れるよ」
裁也は憮然とした面持ちで相手を見る。
ゼロは悠然と佇み、マスクの下は笑っているようだった。
『ならば、私は本物だと認識させとこう』
ゼロがスッと手を掲げる。
するとぞろぞろと人が現れた。
老若男女問わず、様々な人種の人間が、顔を半分覆ったマスクを付けて現れる。
その数、ざっと十人。
怪しい足取りで、瞳は正気を失っているようだった。
『さあ、トライブの諸君。カーニヴァルの始まりだ。――かかれッ!!』
ゼロの合図と同時に、多人数が波状となって裁也達に攻め寄せる。
チッ、と裁也は舌打ちし、結維を下がらせて自らは駆け出した。
――分子刀は解除。徒手で制圧。
瞬時にそう判断し、押し寄せる連中を手で捌く。
蹴りをブチ込み、一人の男を投げ飛ばして数人を押し潰した。
その間隙をついて、結維に二人駆け寄って行く。
裁也は即座に駆け出し、瞬時で距離を詰め相手の前に立ちはだかった。
アクセラレータ。
〝加速装置〟と呼ばれる能力を一から授かった裁也。
常人の身体能力の何倍も増幅した状態にある彼は、この程度の造作など問題ない。
五感は冴え、長年の戦闘経験で、相手がどう動くかを予測する。
――右か。
一人が動いた刹那、相手の首筋を締め上げもう一人に投げつける。
背後から一人の女が裁也の首筋に絡み、喉を締めあげていった。
裁也はそのまま背後のビルの壁に体当りし、女は、ゲホッと肺の空気を排出した。
締めた腕が緩んだ隙を逃さず、裁也は一本背負いで女性を背中から叩き落とした。
沈黙。
全員制圧出来たとホッとした瞬間、
「きゃあっ!」
と結維の悲鳴が聞こえた。
見ると、男がナイフを結維の喉元に突きつけている。
裁也の中で怒りが沸き起こり、柄を握り締め、横に薙いだ。
次の瞬間には、男は糸が途切れた人形のように、地面へとくずおれた。
爛々と〝金の眼〟が、裁也の双眸を支配する。
『フッフッフ。さすがはフィクサー。私がライバルだと認めただけの事はある』
場違いな拍手が巻き起こり、裁也は柄をゼロへと向けた。
「……もうお前の取り巻きはいなくなったぞ。そろそろ退場してもらおうか?」
周囲には気を失った人間が屍のように倒れている。
だがゼロは余裕の態度を崩さずに、王様のように裁也に振る舞う。
『なあ石杖裁也よ。あの時訊いたが、今再び訊ねよう。君は私と一緒に来ないか? 君となら、新しい世界をつくれると私は確信している』
「ふざけるな! 誰がお前と手を組むか、この偽者め! 正体を現せ!」
『やはり私が本物のゼロだと信じてもらえないか』
「当然だ! そして、ミカドを返してもらおう!」
『――なら、本物だと君に刻み込んであげよう!』
ゼロが駆け出す。
裁也は、偽者相手だと気が緩み、ゼロを軽くいなそうと思った。
「――ッ!?」
だがそれは間違い。
並みの接近速度ではなく、瞬時に間合いを侵食される。
「チッ……!」
懐に入られ、ゼロは手刀を繰り出した。
裁也はギリギリで避け、ゼロから距離をとるも、追撃される。
足を払われ、たたらを踏んだ。
体勢を崩した所に、顎へと掌底を打ち込まれる。
「クソ……!」
脳が揺れ、視界が振れる。
受け身をとるも、脳へのダメージは思った以上に大きく、片膝をついた。
「フッフッフ……。セントパレスチナタワーを思い出すな、石杖よ!」
「ッ!? お前ッ!!」
裁也の脳裏に二年前の記憶が再生される。
あの時も、裁也はゼロに苦渋を味わされた。
辛酸と苦痛、絶望と悲愴に追い込まれた。
大切な人を、失った。
だが――。
あの時は未熟だった。
甘ったれで、覚悟がなく、他人の意志に――運命に流されたままだった。
だが今は違う。
二年前とは、違う。
成長した石杖裁也は、二年前の亡霊に負けるわけにはいかない!
「――フッ!!」
呼気を吐き、コンクリートの壁を蹴りゼロに飛来する。
ゼロは裁也を受け流し、彼の頭上に踵を落とす。
後頭部を揺さぶれば、裁也は気を失うはずだ。
だが彼は予想に反し持ちこたえた。
裁也は奥歯を噛み締め、必死に意識を繋ぎ留める。
そして〝銀の眼〟を発動させ、柄を地面へと刺した。
瞬間、ゼロの地面が崩壊する。
『――これは!?』
足元が揺らぎ、ゼロはその場から飛び退いた。
そして着地を狙い、裁也は両手でゼロの鳩尾へと掌底を打ち込む。
――浅い。
ゼロは咄嗟に後方に跳ね、衝撃を殺した。
その判断に裁也は舌を巻く。
『……フッ、フフッ、ハハハ! さすが……流石は石杖だ! 我がライバルだ! 二年でここまで成長してるとは、私も驚いたぞ!』
「……それはどうも」
『この場で全てを終わらせるのは簡単だが、それでは余りにも惜しい! 君達二人は、我が城に案内しよう!』
「城、だと……?」
ゼロが裁也に一枚の紙を投げつける。
『そこに書かれてる場所に来い。そこにミカドが捕まっている。君達が知りたい真実も、そこで教えてあげよう』
「テメエ……! 何のつもりだ!」
『もちろん、歓迎パーティーだよ。そして私の復活祭もそこで兼ねる。君達二人は、ぜひ参加してくれ!』
ハッハッハ、と高笑いをして、暗闇へと紛れ消えていくゼロ。
裁也はゼロを追おうとするも、結維に止められた。
「離せ! 離してくれ、結維!」
「ダメだよ! 無理しちゃダメ!」
結維を振りほどこうとするも、予想以上のダメージで、裁也は両膝をつく。
心はゼロを追ってても、身体が言うことを聞いてくれない。
「クソ……! クソォォォォッッッッ――――!!」
裁也の雄叫びが夜空を切り裂く。
ゼロの高笑いは、いつまでも裁也の耳朶にこびりついて離れなかった。
続きのストックが切れました。
小畑健先生が描いた『All You Need Is Kill』の漫画版を読んでネタ出ししてみる。




