第二章『皇製薬会社の闇』第一話
『……私は悲しい。
あのロスト・クリスマス事件を引き起こした責任として、私は姿を消した。
人々に秩序と自由を与える筈が、混乱と悲しみを皆に与えてしまった責任をとって、私はこの世界から姿を隠さねばならなかった。
一縷の望みを託して――自己保身しか考えない政治家どもが、私が引き起こした事件で諸君たちが住む世界を、より良くしてくれるだろうと願い、私は身を引いた。
だが……。
だが、どうだ!?
久方ぶりに見たこの世界は!?
何も変わっていない!!
強者が弱者を食らい、貧困が貧困を引き寄せている!
諸君らは、資本家たちに搾取され、正義を司る警察でさえも、犯罪に手を染める始末!
これが……これが皆が望んでいた世界なのか!?
私が思い描いていた未来とは、遠くかけ離れてる!
だから私は再び立ち上がらねばならなかった!
皆の悲鳴が、感情を押し殺す悲哀が、私を再びこの世界に立ち向かわせる勇気を与えたのだ!
諸君ッ! 時は満ちた!
私、ゼロは再びここに復活を宣言する!!
手始めに、腐敗した政治家どもに正義の鉄槌を下す!!
我々は同士を求めている!!
そして私とともに、新たな世界を創造しよう!!』
ゼロの復活は瞬く間に日本中を駆け巡った。
ネット、テレビ、新聞などによる、各情報媒体はゼロの情報を日本に、世界に配信した。
唐突な電波ジャックによるゼロの演説により、その手の悪戯の可能性が低い事が示唆され、ゼロの復活は信憑性を高めた。
某雑誌ではゼロのこれまでの軌跡を書いた特集記事が販売され、テレビでは犯罪を専門に扱う専門家たちが、自説を交えて好き勝手に論争している。
ネットの匿名掲示板では、ゼロの復活を喜ぶ発言もあり、犯罪予告の書き込みまで行われる始末。
ゼロを名乗る偽者まで続出し、軽犯罪が多発。
ゼロに共感する者たちが集まり、テロ行為を警察に未然に防がれるという事件も発生し、日本はいま一種のお祭り状態にあった。
竜ヶ峰高校も他人ごとではない。
先日、学校を『トライブ』と名乗る連中が占拠したばかりで、傷はまだ癒えていない。
だが不安を感じているのは結維だけのようで、周囲の生徒達からはそういった空気を感じない。
まるで皆、先日の出来事を忘れてしまったかのように……。
(何だろう、この違和感……。まるで私だけ、世界に弾かれてるみたいな……)
結維が自席で考え事をしていると、詩音が教室に入ってきて、声をかけた。
「おはよう、結維。……ってどうしたの? 辛気臭い顔して」
「あ……しぃちゃん。実はね……」
結維は詩音に自分が感じてる違和感をそれとなく伝えた。
ナーバスになっている結維を、詩音は明るく笑い飛ばす。
「アハハッ! なにそれ結維! おっかしー!」
「ちょっ! もう! 私、これでも真剣なんだから!」
「アッハッハ! だってさー、〝世界から弾かれてる〟なんて、ポエムじゃん! アンタ、ポエマーにでもなるのかっつーの!」
ゲラゲラと笑う詩音に、結維は「もういい!」と言う。
「ごっめーん! 結維、怒んないで!」
「ムスッ……」
むくれる結維に、詩音はなだめるように頭を撫でてくる。
「ゴメンゴメン。許してっ。ね?」
「……もういいよぅ」
結維は机に突っ伏してうなだれる。
「……あれから石杖君、学校には全然登校してこないし、事件の事も聞けないし、これじゃ生殺しだよぅ……。ゼロの件もどうなってるのか分かんないし、もう嫌だニャー」
ゴロンと顔を結維は転げる。
すると、詩音の怪訝そうな表情があった。
「? どうしたの、しぃちゃん?」
「結維……。石杖って人、誰? 男? アンタ、恋に興味ないとか言ってたけど、まさか抜け駆け!?」
ガクガクと結維の肩を揺さぶる詩音。
「お、男の子だけど、別に彼氏とかじゃないよ。しぃちゃんだって、そんな事知ってるじゃん」
「? 私がぁ?」
「うん」
詩音は目を閉じ、黙考する。自らの記憶を吟味するように。
しばらくして目を開けると、詩音は首を振った。
「いや、やっぱり知らないわ。誰、石杖って?」
「え――?」
結維は先日の事を詩音に説明する。
転校生、石杖裁也の事を。
そして彼が、学校の占拠事件を陰ながら解決したことを。
だが説明すればするほど、詩音の表情は曇っていく。
「……結維。それ、アンタの夢?」
「ち、違うよ!」
「だって学校占拠された事件なんて、あたし知らないもん。それにそんな事があったら、もっと皆がざわついてるんじゃない?」
「そ、それはそうだけど……」
クラス内を一望する。
事件前からあった、クラスの風景がそこにはあった。そう学校の占拠事件など、なかったように、今まで通りの風景が……。
(まさか……違和感の正体って……?)
答えに辿り着きそうな瞬間、ガラッと教師が入ってきた。
ロゼの副担任だった、若い男性教師。
「おーう、じゃあホームルーム始めるぞ。席付けー」
クラスメイトは各々の席に戻る。
教師は、面倒くさそうに名簿を机に投げ出すと、その前に知らせがある、と言った。
「あー、唐突だが、本日より転校生が我がクラスに入る事になった。野郎どもは残念、女性陣は拍手で出迎えてくれ」
ファンキーな紹介で、転校生が教室の扉をあける。
彼の姿を確認して、結維は目を見開いた。
「どうも。石杖裁也って言います」
ニコッと笑う彼は、紛うことなき如月結維が追い求めていた少年だった。
第二章開幕です。
諸事情により、更新頻度、上がるかもしれません。
宜しくお願いします。




