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30話:怖がり少女と絵の中のモノ(前編)

※分けて更新するので、短めとなっております。

 朝日が一つのキャンパスを照らしている。

 そのキャンパスの前には、男が無気力に座っていた。

 長く伸びた髪の毛に、無精ひげ、うす汚れて痩せこけた頬と体。

 その男は、キャンパスに描いた絵を、空洞のような黒い瞳で見た。

 とても可愛らしいとは言えない容姿の男の、よれよれの白いTシャツだけは可愛らしいカラフルな色で彩られていた。





「おはよう、バカリ。私、見ちゃったんだー」

 朝の挨拶をするなり、いきなり、そう切り出した友人に灯は首を傾げる。

「おはよう、ミイちゃん。ん?芸能人でも見たの?」


 友人は辺りをキョロキョロ見渡すと、灯に顔を近づけ、灯の耳の近くで静かに言った。

「違う。おばけ」

 友人のその言葉に、灯はサァーッと青ざめる。

「それは、ある夜中でした」

 いきなり語り始めた友人。なんとか聞かないように、耳を手で塞ごうと慌てる灯だが、友人はその灯の手をつかんで阻止する。

「部活で遅くなった私は、早歩きで帰宅しているところでした。肌寒く、辺りは真っ暗で、私はやだなぁ、やだなぁ、こわいなぁ、こわいなぁと思いながら歩いていました」

 この時点で、既に灯は恐怖で全身を震わせていた。

「その時、私はふと何気なく、近くにあるアパートを見上げました」

 そこで、意味深に区切る友人に灯は、息を飲み込んだ。


「すると、そこには!!女性が立っていたのです!!!」

 いきなり、叫んだ友人に灯は涙目で「ひぃぃ!」と情けない声で叫ぶ。

「その白い服を着た女性は!長い黒髪を垂らしており、顔が全く見えない状態でありました!その女性が!私を見下ろしているのです!!さらに!アパートの2階部分の手すりより、かなり高い位置に腰がありました!女性にしてはありえない高身長です!」

 何故か叫びながら語る友人に、灯は腰は抜けそうになっていた。

「そこから、この私は何とか逃げ切りました!!たいちょーーー!」

 意味不明な敬礼をして灯に向かって叫ぶ友人に、灯は完全に腰が抜け、その場に座り込み、体育座りでしくしくと泣いた。

 その後、友人の隣の席の男子が「お前、朝からうるせぇよ」と言って、友人を殴って窘めたことで、その場は収拾した。

 ちなみに、このような灯とその友人のやり取りは、小学校の頃からEクラスで度々見かける光景であるため、クラスメイト達は、欠伸したりゲームしたりと各々の朝の時間を過ごしていた。唯一、編入生である1人の男子生徒だけ、号泣している灯をおろおろと見つめていた。



「竜頭」

 朝から泣くという醜態をクラスメイトに晒して(クラスメイトは全く気にしていない)、机の上に顔を隠すように伏せっていた灯は、頭上から聞こえる美声に顔を上げた。

 そこには灯を心配そうに見つめる異様に顔が整ったイケメンがいた。

 彼は、運悪くEクラスに入ってしまった頭の良いイケメン編入生である。灯と席が近くないため、あまり話したこともない。その国外追放レベルのイケメンがあまりにまぶしくて、灯は目を細めた。

「これ」

 言葉少なにそう言うと、彼は灯になにやら紙を差し出してきた。灯は首を傾げながら、その紙を見る。

『平井海 絵画展』と書かれた青いチケット。

「これさ、俺の叔父の絵画展なんだけど、一応有名な人でさ。なかなか手に入らないチケットらしくてさ。俺はこういうの興味ないから。もし、竜頭が興味あるなら、これもらって」

 もしや、このイケメン。もしや私に気があるのではないだろうか。いや、でもこのイケメンが?まさか……いやでも……なんて、灯が心の中で葛藤していると、灯の目の前のイケメンが輝かしく笑った。

「竜頭、朝から苛められて泣いてだろう。それが、俺の姉貴に苛められてる俺の弟を重ねて見えたんだよ。弟が泣いてる時はいつも俺が慰めてたから、竜頭も慰めなきゃって気持ちになってさ。こんなんで、慰めになればいいけど」

 そう言う優しいイケメンに、灯は遠くを見るように微笑んだ。そして、ありがたく、そのチケットをもらうことにした。

 自慢じゃないが、灯はO型である。自意識過剰な時がある。変な勘違いをして恥ずかしい思いをしたことが何度かある。しかし、これはO型だから、しょうがないことなのである。




 なるほど、どうやら本当に編入生の叔父さんは有名人かもしれない。灯は、そこにいる多くの人を見て、納得した。

 編入生の好意を素直に受け止めた灯は、早速その日の放課後に『平井海 絵画展』に行く事にしたのだ。都心より少し離れた場所にある一軒家を、その絵画展として使っているようであった。そこには、夕方だというのに、多くの人が訪れていた。


 灯は人の動きに流されるまま、飾られている絵を順番に見ていた。

 その絵は、何気ない普通の生活感のある庭であった。とても細かくリアルに描かれている。しかし、その庭は海の中にあった。通常なら何もない空間に、熱帯魚やウミガメが浮いているのだ。花壇には綺麗な珊瑚がある。とても美しく、魅入られる絵であった。

 他の絵も、このような生活感のある普段の光景が、海底に沈んでいたり、空から落下していたり、活火山の真上にあったり、と様々な場所で描かれていた。いわゆる、シュルレアリスムという芸術形態であるが、灯はもちろん知らなかった。しかし、知らない灯でも、とても楽しく見れるような綺麗で、面白い絵達ばかりであった。


 一つ一つを自分のペースで見ながら、ゆっくりと移動する灯だったが、部屋のある一角で立ち止まり、絵のもの以外のものに着目した。

 白い扉である。

 いや、正しくは白地の扉である。その白地の扉には、パステルカラーで様々なものが描かれていた。ピンクの桜の花びらにイエローの向日葵、ブルーのイルカにグリーンのウミガメ、パープルのパンプス。


 その絵を見た灯は吸い込まれるように、扉に近づいていった。

 そして、躊躇いもなくドアノブをひねり、灯は、静かにその扉の部屋の中に入っていった。

 その少女の姿に、気づく者はだれ一人いなかった。


 灯は、何もないその部屋の真ん中に唯一存在するキャンパスの前に立っている。

 その絵は、見覚えのあるものだった。水色の海に、白い雲。その海の真ん中に、複雑ならせん状で描かれている黄緑色の建物(モニュメント)がある。その建物には、窓が一つだけあった。

 あ、これ、前に夢で見た光景だ。と灯が気付いた時に、ぷつんと意識がそこで途切れた。











 波の音が聞こえる。

 優しいさざ波の音だ。

 灯は、そっと目を開く。またパステルカラーの世界にいた。

 灯が横たわっていたのは、以前の夢で立っていた白い円柱の上だった。水色の海がその円柱の周りを囲っていた。その海には、白い雲が映っている。


 ゆっくりと起き上がると、水色の海の中からピンク色の通路が現れた。

 灯が、その通路へ足を延ばす。

 ぽよん。ぽよん。と柔らかくて不思議な踏み心地だった。

 灯はその踏む感触が面白くて、ゆっくり歩き出した。


 しばらく歩いていると、黄緑色のらせん状の建物が見えてきた。灯は建物に近づくと、その建物を見上げた。夢と同じで窓が一つあった。しかし、夢と違ったのは、あの柔らかい雰囲気の美人がいないことである。

 灯は、ここからどうしようかと悩んでいた時。

 海の中から巨大な白い蛇が現れた。その白い蛇は、建物ににゅるにゅると絡みつく。蛇は、その一つだけの窓まで頭を持っていき、らせん状に絡みついた後、灯の足元にしっぽを置いた。

 そして、瞬く間に、蛇は、ただの白いらせん状の階段へと変化(へんげ)した。


 灯は、迷うことなく、その階段を上って行く。その灯は、まるで何かに誘われているかのようであった。


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