19話:怖がり少女が訪ねるモノ(中編)
灯は、高村の首を絞めている白い手を見ながら、高村に聞いた。
「そそそ、それ、苦しくないの?」
「・・・今はまだ苦しくないんだ」
涙目の高村がそう答えた。
その答えに灯は、青ざめる。
今はまだ苦しくない。だが、今後は?
灯も、涙目になった。
「やっぱり、バカリには見えるんだな・・・」高村は、呟いた。
そして、今までのことを語り始めた。
高村と友人、女子生徒3人が体育館の掃除担当だった。その5人でふざけながら掃除をしていた時に、1人の男子生徒が近づいてきた。
「君たちはEクラスか?」と男子生徒が聞いてきたので、高村達は素直に頷いた。
そうすると、男子生徒はいきなり、「怖い話は大丈夫か?」と、聞いてきた。皆、怪訝に思いながらも頷いた。掃除中だったが、彼らは暇を持て余していたからだ。
そして、男子生徒は、怖い話を話し始めた。
あるマンションがある。そのマンションは、今は誰も住んでいない、廃墟だ。何故、そこがそうなってしまったのか。
理由は30年前にある。ある殺人鬼が、そのマンションの207号室に入り込んだのだ。まずは、一家の大黒柱である父親を殺し、次に母親を殺した。そして、押し入れから、子供の泣き声が聞こえた。押し入れをあけると、そこには姉妹がいた。
妹は小学生で、姉は成人している、年の離れた姉妹だ。妹が泣いていたのだ。姉がそれを必死に宥めていたのだが、すでに殺人鬼は気付いていた。ゆっくりと押し入れを開けて、うるさい妹から殺した。
最後に、泣いて逃げる姉を、追いかけながら、少しずつ痛めつけて、殺した。
その家族が霊となって、マンションの住民を脅かすようになったのだという。祈祷師がお祓いをしたが効果がなかった。次々と悪いことが起き、住民は次々に減り、ついには誰もいなくなってしまった。
そして、幽霊マンションとして有名な廃墟となったのだ。
本題はここからだ。この男子生徒がその噂に興味をもち、実際に1人でそのマンションへ行ってみたのだという。
マンション自体は何も異常はなかった。何も出なかった。
だから、207号室に行ったのだ。
そこは確かに、薄暗く、寒かった。
壁には、血のシミのようなものもあり、殺人は本当だったようだ。
そして、物音が聞こえたような気がした。
彼は、物音が聞こえたほうへ、行ってみた。そこには押し入れがあった。
勇気を振り絞って、押し入れを開ける。
血だらけの女がいた。
彼は悲鳴を上げて、必死に逃げた。
しかし、今となっては、幻か、夢を見ていたんではないかと、自分を疑っているのだという。
「どう思う?」と彼は、高村達に尋ねてきた。
何故、高村達に尋ねるかというと、彼は秀才が集まるAクラスのため、非現実的な話をクラスメイトにしたら馬鹿にされそうだからなのだと言う。
しかし、高村達は実際に一緒に見たわけではないので、聞かれても答えようがない。
「じゃあ、実際に本当にいるか、見に行こうよ」と1人が興味本位で、言い始めた。
「そうだよな。もし、何もいなかったら、見間違いか、夢でも見てたんだろうってなるしな。よし行こうぜ!」と高村の友人が張り切った様子で言い出して、全員が頷いた。
眼鏡をかけた男子生徒は「本当にいいのか?ありがとう」と言って、笑った。
そして、その幽霊マンションに5人で行ったのだ。誰もいない廃墟は確かに恐ろしい。
しかし、特にこれと言って何があるということはなかった。
眼鏡の男子生徒が血だらけの女を見たと言っていた、207号室にも行った。
確かに男子生徒が言う通りに、壁に血のようなシミがあり、薄気味悪い場所だった。
だが、物音も何もしないし、何かがいるわけでもない。試しに押し入れを開けてみるが、血だらけの女がいることなんてなかった。
やっぱり、男子生徒の見間違いか夢だったんだろう。そういう結論を出して、皆で帰ろうとした。
そこで、1人の女子生徒が、ある提案をした。
「ねぇ、ここに来た証拠の写メを撮って、あの眼鏡の男子に見せようよ。そうしたら、あの男子も納得するんじゃない?それに心霊写真が撮れるかも」
皆、面白半分に、その提案に了承した。
そして、提案した女子生徒が撮影者になり、207号室の部屋で4人はピースをして写真撮影をしたのだ。
撮った画像を皆で見るが、特に何も写っていない。残念な気持ちになりつつも、皆、解散した。
その幽霊マンションに行った翌日、写メを撮影した女子生徒が、「これって心霊写真じゃない?」と、その時に撮った画像を見せてきた。
確かに、高村の首に光の粒のようなモノがある。
その後、灯にその画像を見せて、灯が気持ち悪くなってしまったのだ。
高村は、その光の粒なんて、特に気にしていなかった。
しかし、その日を境に、あの幽霊マンションの夢を見るようになった。
最初は幽霊マンションの前に立っていただけだったのだが、夜寝る度に、夢を見て、あの部屋ーーー207号室に近づいて行く。
そして、昨日の夢で、ついに、207号室に、入ってしまったのだ。
207号室に入ると、そこには誰もいない。
押し入れから、泣き声が聞こえた気がした。
高村は、押し入れの方へ向かう。
行くな!行くな!行くな!
そう自分に言い聞かせるが、身体は言うことを聞かない。
押し入れの前に来た。
高村は、押し入れを開ける。
誰もいなかった。
高村は帰ろうと、振り返った。
血だらけの女が立っていた。
女は、高村に白い手を伸ばして来て、
高村の首を絞める。
く、苦しい!
それにハッとして、高村は夢から覚めた。
なんて恐ろしい夢を見たんだろう、と、自分の首を撫でた。
そして、サァッと血の気が引く。
首には、自分の皮膚とは違うモノがくっついていた。
慌てて鏡を見ると、あの、血だらけの女の、白い手が、高村の首を絞めていたのだ。
苦しくはないが、恐ろしい。
高村は白い手を外そうと試みたが、ビクともしない。
家族に、「白い手が!白い手が!」と首を指して、訴えかけても、家族には見えないようで、「頭がおかしくなった?」と言われるだけだった。
とりあえず、学校に行くような状態ではないので、風邪と嘘をついて休んだのだ。
それでも、1人で部屋にいるのは恐ろしかった。
だから、人が多い街中を歩いていたのだ。マフラーを巻かずに出てみたが、誰も高村の白い手に気づく様子はない。高村の家族だけではなく、外にいる人間達にも見えないのだ。
近くのお寺にも行ってみたが、「うちではどうしようもできない」と門前払いをされてしまった。
とりあえず、白い手が見える状態では、自分自身が落ち着かないので、マフラーを巻き、また街中をぶらぶら歩いていた。
どうしたらいいのか。
今は白い手は首を絞める力は強くないが、これが強くなれば、高村は確実に死ぬ。
血だらけの女に高村は殺されてしまうのだろうか。
あの、幽霊マンションにもう一度行って、血だらけの女に、面白半分で行って、すみませんでした、と土下座をするか。
しかし、それで許してもらえずに、殺されたらどうする。
高村は、ぐるぐると同じ事を考えながら、街中を徘徊していた。
そして、偶然、高村の前を歩く灯に気づいたのだ。
「お、俺、どうしたらいいと思う?」
半泣きで高村が灯に聞いてきた。
「わ、わからないよぉ」
何故か、灯も半泣きでそう答えた。
「そ、そんなぁ」と高村が本格的に泣きそうになるのを見て、灯は慌て始める。
「ち、ちょっと、その白い手が外れないか、私も試してみる!」
そう言って、灯は、高村の首に手を伸ばした。
しかし、その灯の手を、誰かが掴んだため、それは阻止された。
「あんたは、触っちゃダメ」
灯の母だった。
「話は大体聞いてたわ。私に考えがあるから、今日はうちんちに泊りなさい。ここなら安全だから。あなたの家には私が連絡するわ」
灯の母は、優しげな笑顔を浮かべながら高村に言った。
高村はその言葉に安心したのか、ついに涙をこぼした。
灯は、高村が泣きはじめたのを見て、慌てふためいた。自分が泣くことはよくあるが、人が泣く姿を見ることはあまりなかったからだ。
そして、偶然そこにコタローがやって来たので、灯は無理やり捕まえて、高村にコタローを差し出した。
「た、高村君!ほら、猫!アニマルテラピーってやつだよ!撫でてみて!きっと心が落ち着くよ!」
灯に無理やり抱きかかられたコタローは、シューシューと言いながら、毛を逆立てて怒っている。
しかし、灯はそれに気づかずに、「ね!コタローさん、いいでしょ?」とコタローに声をかけると同時に、コタローの怒りの猫パンチが灯の顔面に振り下ろされた。
「いったーい!!!」
せっかく、この前のコタローにやられた鼻の傷が治ったのに、また同じところに傷が出来た。
灯は泣きながら、母に手当てをしてもらっていた。
母は、灯の鼻に絆創膏をつけたら、吹き出して笑った。
それもそのはず、変な髪型(クラスメイトいわく○ビルマンレディ)だけでもおかしいのに、それに加えて鼻に絆創膏をつけているのだ。間抜けなその姿が母には面白かったのだ。
灯は、笑っている母にムッとした。
しかし、先ほど泣いていたはずの高村が、母と一緒に笑っていたので、何も言わないことにした。
コタローは素知らぬ顔をして、前足をぺろぺろと舐めていた。




