20話:怖がり少女が訪ねるモノ(後編)
高村が家に泊まることになった。
帰ってきた兄は、居間で灯と一緒にゲームをしている高村を見て、顔をしかめた。
母が笑顔で兄に言った。
「おかえり。この子はね、高村君よ。灯の彼氏。今日はうちに泊まるの。仲良くしなさい」
母の言葉に、兄は鼻で笑った。
「嘘つけ。灯には絶対彼氏は出来ない。もし、本当に彼氏だったら、裸で逆立ちして近所を歩き回ってやるよ」
そこまで言う兄に、灯は少し泣きそうになった。
「つまんない子ねぇ。少しは騙されて慌ててみなさいよ。誰に似たのかしら」
そう言って、母は料理の準備を始めた。
紛れもなく、兄は、母の性格に似ている。
しかし、灯は面倒だったので突っ込まずに、高村とまたゲームを再開した。
「誰だ!貴様は!」
今度は父が帰ってきた。父は、帰ってくるなり、高村を見て叫んだ。
料理をテーブルに並べている母が笑顔で、父に言った。
「おかえり。この子はね、高村君よ。灯の彼氏。今日はうちに泊まるの」
父は拳を強く握り、身体をわなわなと震わせて、また叫んだ。
「認めん!お父さんは認めんぞ!おい、お前!表に出ろ!!決闘だ!男なら拳と拳で語り合おうではないか!」
一昔前の少年漫画のような、意味不明な事を言う父に、母は、満足したように笑って頷いていた。
父には高村はただのクラスメイトである説明をして、皆で夕食を食べた。
そして、夕食を食べ終わった後に、父と兄に高村の事情を話した。
「自業自得だな」と兄が言う。
高村は恐縮した様子で、正座して縮こまっている。
「それで、お母さんはどうするつもりなんだ?」父が母に尋ねた。
「マンションに何がいるか、大体予想はつくけど・・・念のため、明日の午前中にマンションについての情報収集をしてみる。それで、その後に、私と灯と高村君の3人でマンションに行くわ」母が答えた。
「え!私も行かなきゃダメなの?」と灯が顔を白くして、尋ねた。
「うん。灯と高村君には居てもらわないと」母が淡々とそう返した。
「俺も行く」と、兄は、高村の首をチラリと見てそう言った。
「うーん・・・。別にあんたは来なくていいんだけどね。じゃあ、私と情報収集を一緒にして欲しいわ。それで、マンションに私達が行ってる間は、マンションの前で見張りしてて」
その母の言葉に兄は不機嫌そうな顔をした。
「見張り?なんでだよ」
「人数的にそうしないと都合が悪いのよ。もし嫌なら来なくていいわよ?」
兄は黙り込んだ。そして、「見張りでもいいから行く」と、低い声で呟いた。
「お父さんは行かないぞ?」
誰も聞いていないが、父がそう言った。
全員が無視した。
父が「だ、だって怖いんだもん!」と言い訳をするが、皆、無視してテレビを見始める。
高村だけが、灯の父を哀れんだ目で見ていた。
朝が来た。
灯は、部屋をノックする音で起こされた。
「はい」と返事だけをして、そのまま、また寝ようとした灯だったが、「バカリ、まだ寝てんのか?朝ごはんだってよ」と、ドアの方から聞こえた声に驚いて起きた。
声の主は、高村だった。
あの後、高村は兄の部屋に泊まり、寝ることになった。
灯はすっかり高村のことを忘れていて、驚いたのだ。
相変わらず、白い手が高村の首を締め付けていた。しかし、昨日に比べて、高村の顔色は良かった。
父は仕事に行き、母と兄はマンションの情報収集をしに出かけてしまった。
灯と高村はおとなしく留守番だ。することのない2人は、やはりゲームをすることにした。ゲームしながら、2人は会話をする。
「昨日は変な夢見たの?」と灯。
「いや、見なかった。久々に熟睡出来た。イビキかいてないか不安。バカリのお兄さんに申し訳ないわー。ってか、バカリのお兄さん、かっこいいな。バカリに全然似てない」
昨日の怯えている様子と打って変わって、いつもの高村の調子に戻っている。
それに、灯も安心して、「似てないでしょー?」と、嬉しそうに笑った。
12時が過ぎ、母と兄が帰宅した。
昼食を食べながら、高村が母と兄に「どうでしたか?」と尋ねた。
母は「予想通りだっだわよ」と答えた。
そして、昼食を食べ終わったら、母はマンションに行ったらどうするのか、を高村と灯に説明し始めた。
「いい?絶対にボロを出しちゃダメよ」
その母の言葉に、高村と灯は顔を引き締めて頷いた。
そして、灯と母と高村は、噂の207号室の前にいた。
兄はマンションの前で待機をしている。灯に「なんかあったら絶対に俺の携帯に連絡を入れろ」と、何度も言っていた。
灯は「お母さんがいるから大丈夫だよ」と言うと、不機嫌そうな顔になり、何も言わなくなった。
そのまま兄をそこに置いてきて、今に至る。
「役になりきるのよ。灯はいつも通りでいいけどね。さあ、行くわよ」
母の言葉に、灯と高村は青ざめながら頷いた。
「ただいまー」そう言い、母が207号室に入って行く。
灯と高村も「ただいま」と言って、母の後について行った。
最初、ビクついていた灯だが、207号室は生活感あふれていて、高村の言っていた血のシミなどはどこにも見当たらなかった。
母はエプロンをかけて台所に行き、高村は居間にあるテーブルの椅子に腰をかけて持参していた新聞紙を読み始める。
灯は、カメのぬいぐるみを抱いて、テレビの前に座り、テレビの電源を入れて、アニメを見始めた。
「ねぇ、今日のご飯何がいい?」
母が台所から、灯に声をかけてきた。
「うーん。・・・ハンバーグ!」
灯は元気良く答えた。
「ハンバーグね。お父さんもハンバーグでいい?」母が高村に声をかける。
高村は新聞紙から顔を上げずに、「ああ」と答えた。
母はまた台所に戻る。
「今日ハンバーグだー。やったー!」
灯がそう言うと、カタンッと物音がどこかから聞こえた。
スタ スタ スタ
そんな足音が聞こえる。
灯と高村は、恐怖で身体を固まらせた。
スタ スタ スタ
足音が、灯の近くまで来た。
白い足が見える。
灯は、恐る恐る顔を見上げた。
そこには、血だらけの女ではなく、可愛らしい小柄なお姉さんが立っていた。
「お姉ちゃん、ただいま。お留守番ありがとう。今日はハンバーグよ」
台所にいる母が、その可愛らしいお姉さんに声をかけた。
可愛らしいお姉さんは、静かに涙をこぼした。
何故、私は1人なんだろう。
私の家族は何処に行ってしまったの?
寡黙なお父さんに優しいお母さん、そしてわがままだけど可愛い妹。
その家族が、家に帰って来ない。
何故か家族ではない、あかの他人が時々うちに来るので、私は押し入れに隠れる。
その中でも、男の人は特に嫌だ。
男の人は怖い。何故か、怖いのだ。
男の人を見ると、恐ろしい場面が頭に浮かんでくる。
血だらけの寡黙なお父さんが居間で倒れている。
血だらけの優しいお母さんが台所で倒れている。
そして、わがままだけど可愛い妹が押入れで血だらけに・・・。
私は逃げる。痛い。逃げる。痛い。痛い!痛い!みんな、起きて!早く逃げて!
そんな想像をしてしまうから、男の人は怖いし、嫌いだ。
ある日、男の子がやってきた。
男の子はこう言った。
「君の家族は帰って来ないよ。君の家族は殺されたんだ」
嘘!嘘だ!
「本当だよ。このままだと君も殺される。明日、その殺人鬼は君を殺しにやってくる。殺人鬼の特徴は短髪の男だ。報復のチャンスだ。君の家族を殺した殺人鬼を殺すんだよ。そうすれば、君は救われるよ」
救われる・・・。短髪の男・・・。殺人鬼・・・。憎い憎い憎いにくいにくいにくい!
「そうだ、その調子だ。殺人鬼を殺すんだ」
許さない許さないゆるさない。殺してやる。
次の日に、男の子が言うように、短髪の殺人鬼が来た。
死ね死ね死ね死ねシネ!
あともう少しで殺すことが出来る。家族の報復が出来て、私は解放される。
そう思った矢先に、短髪の殺人鬼が消えてしまった。
私はどうしようか悩んでいた。
どうやったら、あの短髪の殺人鬼を探し出して、殺すことができるのか。
悩んでいるその時だった。
「ただいまー」と優しいお母さんの声が玄関から聞こえてきた。
その後に「ただいま」と元気な妹の声と寡黙なお父さんの声。
え?みんな、帰ってきたの?殺されたんじゃないの?
私は押し入れの中から外の様子を窺った。
「ねぇ、今日のご飯何がいい?」と優しいお母さんの声。
「うーん。・・・ハンバーグ!」とわがままな可愛い妹の声。
「ハンバーグね。お父さんもハンバーグでいい?」
「ああ」と寡黙なお父さんの声。
「今日ハンバーグだー。やったー!」嬉しそうな妹の声。
みんな、本当に帰ってきたの?
私は押し入れから出て、声がする方へ向かう。
わがままで可愛い妹がぬいぐるみを抱えながら、アニメを見ている。
優しいお母さんが台所で料理をしている。
寡黙なお父さんが、新聞紙を読んでいる。お父さんの首には私の手があった。
ああ、殺人鬼じゃなくて、お父さんだったんだ。間違えてごめんなさい、お父さん。
私は手を外した。
ああ、いつもの平和な光景だ。
幸せな、いつもの光景。
「お姉ちゃん、ただいま。お留守番ありがとう。今日はハンバーグよ」
優しいお母さんが、私にそう声をかけた。
おかえり、待ってたの。ずっと待ってたの。
みんな、おかえり。
私は久しぶりに泣いてしまった。
その後は、ハンバーグを皆で食べて、一緒にテレビを見た。
優しいお母さんがテレビを見ながら、思いついたように言った。
「そうだ!今からお出かけしましょうよ。どこか良いところに」
「行く!どこに行くー?私、ウサギーランドに行きたいなぁ」わがままで可愛い妹が言った。
「私は、皆で静かで綺麗な場所に行きたいなぁ」私が言う。
お父さんは静かに「久々にお姉ちゃんの行きたい場所に行こう」と行った。
「静かで綺麗な場所?それってどこ?」わがままな可愛い妹。
「とりあえず、外に行ってから考えましょう?」優しいお母さんが笑いながらそう言った。
皆で旅行の準備をする。
妹は相変わらずで、まともに準備をしようとしないので、私が手伝ってあげた。
そして、戸締りを確認して、皆で荷物を持ち、玄関へ向かった。
荷物の少ない私が、先頭になって玄関を開ける。
玄関の外は、光で眩しく輝いていた。
眩しすぎて、目を細める。
外には、優しいお母さんと寡黙なお父さん、わがままな可愛い妹が笑顔で立っていた。
あれ?なんで先に外にいるの?
家族は私の後ろにいるはず。
私はびっくりして、後ろを振り返った。
そこには、30代くらいの女性と、高校生くらいの女の子と男の子が立っていた。
え?だれ?
私が混乱していると、外にいる家族が私に声をかける。
『お姉ちゃん、早く行きましょう』
優しいお母さん。
『行くぞ』
寡黙なお父さん。
『お姉ちゃん、おそーい!早く行こうよ!』
わがままな可愛い妹。
『うん!今、行く!』
私は慌てて家族の元に行く。
ちらりと後ろを振り返ると、見知らぬ3人組は、「いってらっしゃい!」と言って手を振ってきた。
それを見て、私たち家族は『いってきます!』と笑顔で手を振りかえした。
そして、私たちは家族で、静かな綺麗な場所へ旅立った。
「旅行に行っちゃったねー」と灯は呟いた。
マンションの前で待っていた兄と合流して、4人で帰っている。
母の考えというのは、血だらけの女と家族ごっこをして、207号室から出してお化けをあの世に送る、というものだった。
しかし、灯からしたら、そもそもお化けの血だらけの女なんか居なくて、普通の人間の可愛らしいお姉さんが居るだけだったので、驚いた。
話が違う!と思ったが、予定通り、家族のふり(といっても、いつもの灯だったのだが)をして、お姉さんを騙した。
無事にお姉さんを外に出すことに成功したのだが、外に、まさかの本物の家族がいたのだ。
騙していたのを怒られる!と灯は思ったのだが、お姉さんは優しくて、怒らずに本物の家族と旅行しに行った。
灯は自分が何しに行ったのか、よく分からなくなっていた。
そもそも、幽霊マンションだと言っていたが、全然幽霊なんかいなかった。207号室は普通の部屋だったし、可愛らしいお姉さんがいただけだ。お化けをあの世に送るとか言っていたが、お姉さんは普通に本物の家族と旅行に行っただけだ。
つまり、灯達がしたことは、オレオレ詐欺(家族だと偽って騙す)や不法侵入なのではないかと灯は思った。
高村の首についていた白い手も、気がついたら無くなっていた。
もしかしたら・・・お化けの仕業だと見せかけた、高村のたちの悪いイタズラだったんではないか?
灯は段々そう思えてきた。
この高村という男子生徒は、高村孝太郎と言う名前なのだが、あだ名はドーテーだ。
そのあだ名のせいか分からないが、モテたい願望が強くて、女子の気を引くことに命をかけるようなところがある。
もしかして・・・怖がりな私の気を引くために・・・?
そして、イタズラだと言えなくて、後に引けなくなり、騙された灯や灯の母は、こんなこと(オレオレ詐欺や不法侵入)をすることをするハメになったのではないか?
そこまで思いつき、灯はふつふつと怒りが湧きあがってきた。
「本当に怖かったー。バカリとバカリのお母さんは演技力すごいな。バカリとか、血だらけの女と壊れたテレビを笑いながら見てて、本当にすごいわー。俺、怖くてチビりそうだった。けど、成仏してくれて本当に良かった」
しみじみとそう言う高村に、灯はギッと睨んだ。それに気付いた高村は、きょとんとした顔をした。
「もう騙されないから!
この、ドーテー!!!」
そして灯はフンッと言い、前をドスドスと歩く。
灯の母と兄は、灯と高村を交互に見て、爆笑し始めた。
「え?・・・え?」高村は呆然している。
灯の兄は、高村の肩をポンと叩いた。
「どんまい、どんまい。あいつ、意味わかってなくて適当に罵ってるだけだから、本当にそうでも気にすんなよ」と良い笑顔で、意味不明な慰めをしてくる。
高村は泣きそうになっていた。
そんな灯が
蛇みたいに動く黒髪と
高村の首についていた白い手と
可愛らしいお姉さんの足音に
ビビッた2日間の話。
次回は閑話でアク会の話にする予定です。
自分では見直してますが、誤字脱字たくさんあるかもしれません・・・。
もしあったら、報告してもらえたら修正しますm(_ _)m




