17話:怖がり少女を捕らえたモノ(後編)
『おい、人の子。何が目的で姫様に近づいた?』
灯はちっちゃいおっさん達に囲まれて、問いただされていた。
夕方だったのだが、気がついたら空が暗くなっている。そして、道路であるのに誰も通ることはない。相変わらず、灯は地面に這いつくばっている状態である。
「ええと、何が何だか・・・ただ、中に何が入ってるのかなぁって思って」
灯がそう答えると、「しらばっくれるつもりか!」とちっちゃいおっさん達が憤る。
そして、「皆のもの!やれー!」と1人が叫んだら、ちっちゃいおっさん達は手に持つ金槌を灯に向けて振り下ろす。
痛みを予想して、灯は瞼を強く閉じた。
ポテッポテッポテッポテッ
間抜けな音が聞こえた。そして、痛みは感じない。皮膚を刺激されているような感覚はあるが、全く痛くない。例えるなら、軽いデコピンを身体中の皮膚にされている感じだ。
灯は目を開いた。
ポテッポテッポテッポテッ
ちっちゃいおっさん達が、灯の頬や手や足に金槌を一生懸命振り下ろしていた。金槌が小さ過ぎて痛くないのだ。
痛くない灯は、とりあえず気が済むまでちっちゃいおっさん達の好きなようにさせる事にした。
そして、油断していたら左目を攻撃されて、灯は「目がぁ!うわああああ!」とのたうちまわった。
灯がゴロゴロとのたうちまわるので、ちっちゃいおっさん達は、サァーと安全な場所に逃げる。のたうちまわっている内に、手首を拘束していた糸のようなものがほどけた。
灯は解放された手で左目を抑えて、痛みを凌いでいた。
『我らの恐ろしさを知ったか!人の子よ』
そう言うちっちゃいおっさん達に、灯はムッとしたが、左目の痛みでどうする気にもなれなかった。
ちっちゃいおっさん達はまた灯に近づいてきて、攻撃をしようとしている。
『皆のもの、待て』
その声が聞こえたら、ちっちゃいおっさん達はピタリと止まった。
『その、人の子は害なさそうだ』
灯は声の主を見ようと、顔を向けた。
駕籠の扉が開いて、着物姿のちっちゃいモノが出てきた。手足はちっちゃいおっさん達と一緒で、黒かった。顔はやはり、蟻のようなのだが、ちっちゃいおっさん達と違って、目が異様に大きく、宇宙人みたいだ。
『姫様!危険でございます!中にお入りください!』
ちっちゃいおっさん達が喚くが、その姫と呼ばれた着物姿のちっちゃいモノは、『鎮まれ』と言うと、皆黙り込んだ。
『人の子、頼みがある』
姫はそう言った。
「ええー」と灯は左目を抑えながら、嫌そうな声を出した。灯は心が綺麗な人間(だと思っている)だが、さすがにいきなり攻撃されて危害を加えられたりしたら、嫌な気分になるのだ。
『今はこのような小さい姿だが、大きくなることも出来るのだ。そうすれば、金槌でお前を叩き殺すことなどたやすいこと。さあ、人の子、頼みを聞いてくれるか?』
姫の言葉に灯は血の気が引いた。無言でコクコクと頷く。気がついたら、左目の痛みは無くなっていた。
姫は語り出した。
ちっちゃいおっさん達や姫は見た目通り、元々は蟻だった。
いつしか力をつけて、このようなモノになったのだ。
彼らの祖先は身体が大きかったのだが、時代のせいかは分からないが、世代交代をしているうちに身体は小さくなり、今のような小ささになってしまった。しかし、灯を脅した言葉の通りに、力を蓄えることが出来たら大きくなることも可能らしい。
何故彼女達が異形のモノになったのか。姫の死んでしまった祖母いわく、人々にたくさん踏まれた蟻達の恨みつらみで、このような風に力をつけたらしい。
しかし、姫の死んでしまった祖父は、祖母と違うことを言った。昔の人々は蟻を信仰していたのだが、時代とともに信仰を忘れられてしまった。その恨みつらみで、このような風に力をつけたのだと言っていたのだ。
なので、実のところ、何故このような力をつけたのかは、誰も知らないのだ。
唯一、姫達が分かること。それは子孫を残すことだ。この姫がこの一族の長であり、次世代の産みの母になる。つまり女王だ。
次世代を産む準備をしようとしているのだが、なかなか安全な場所がない。彼らの小さい足ではそんな遠くにも移動出来ないのだ。
やっと場所を見つけたと思ったら、住処を掘られて灰色の泥 (コンクリート)を流しこめられる。
別の場所を見つけたら、今度は毒ガス(殺虫剤)を住処に入れられて、仲間をたくさん失った。
人間への報復を考えたが、人間の落し物を食事として貰っていることも多いので、それも出来なかった。
とりあえず、次世代を産むことを考えて、安全な場所を見つけるしかないのだ。
その安全な場所を教えて欲しい。そして連れて行って欲しい。
それが姫の頼みだった。
「ええー。私不動産屋じゃないから分からないよ。安全な場所ってどこかあるかなぁ」
灯は首を傾げて言う。
『もし、安全じゃない場所に我らを連れて行ってたら、お前を叩き殺す。逆に安全な場所に連れて行ってくれたら、お前にもし危険が及んだら我らが守ってやろう』
頼みを断ったら叩き殺す。だけど、安全な場所じゃないところに連れて行っても叩き殺す。
灯は、ことの重要性に青ざめながら、必死に考えた。
灯はひたすら歩いていた。考えても思いつかなかったので、どこか安全な場所はないかと探しながら歩いていた。
ちっちゃいおっさん達は灯の体操服入れに入れて運んでいる。姫はVIPなので、灯の制服の胸ポケットに入って貰っている。
歩いている途中に、おかしい、と灯は思った。ペットショップへ向かう途中の道路でちっちゃいおっさん達に出会ったのだ。
しかし、灯は今見知らぬ道を歩いていた。
完全に迷子である。
辺りは真っ暗で、何も見当たらない。
上を見上げたら、黒い空に大きな満月が浮かんでいた。
ここにちっちゃいおっさん達と姫を追いて逃げようかと思った。しかし、それだと叩き殺される可能性もあるし、何より逃げようとしても道が分からないので逃げようがない。
灯はとりあえず歩き回ることにした。
カーン
カーン
真後ろから、拍子木の音が聞こえた。まさか、と灯は顔を引きつらせる。
カーン
カーン
やはり拍子木の音が聞こえる。しかし、“火の用心”というかけ声は聞こえなかった。
灯は走り始めた。これは以前、遭遇した“拍子木を鳴らして追いかけてくる、いたずらっ子”である、と思ったからだ。
母いわく、悪いヤツじゃないと言っていたが、いたずらっ子が良いヤツのはずがない。だから逃げることにした。
灯が走ると、体操服入れが、前後にぐわんぐわんと振り子のように動く。その都度、『うおお!』『何事だ!』『敵襲か!』とちっちゃいおっさん達の声が聞こえたが、灯は無視をする。姫は胸ポケットから顔を出して、『なんだこの音は』と呟いていた。
カーン
カーン
あきらかに拍子木の音が近くなっている。
灯は闇雲に走る。
拍子木の音が背後まで迫ってきている。その時、ドンッと勢い良く何かにぶつかった。
よく見たら、人だった。前を見ていたはずだが、気づかなかった。
灯は慌てて、「すみません!大丈夫ですか?」とその人物に尋ねる。
「大丈夫だ」
着物姿の男性はそう答えた。暗闇で見えなかったのだが、よく見てみて灯は驚く。
その男性は、一度会ったことのある灯の叔父だったのだ。
初めて会った時と変わらず、彼はストイックで少し冷たい印象を持たせた。顔は似てないが、どことなく灯の兄に雰囲気が似ている。
拍子木の音は聞こえ無くなっていた。
「叔父さん、何でここにいるの?」
灯が首を傾げて尋ねる。
「拍子木の音が聞こえたから、屋敷から出て来たんだ。送り拍子木だったのか。珍しいな」
叔父は静かにそう言った。以前、従兄弟に初めて会った時も似たようなことを言っていた気がする。
さすが親子だ、と灯は思った。
「灯ちゃん、それは何だ?」
叔父が、灯の胸ポケットを目を細めて見た。その声色はどこか愉快そうだ。
「これは、蟻のお姫様。それでこっちは、ちっちゃいおっさん達」
灯は答えながら、体操服入れの中を叔父に見せる。ちっちゃいおっさん達は、先ほどの灯の走りで目を回して静かになっていた。まるで、ただのしかばねのようだ。
叔父は可笑しそうに口の端を上げた。
「安全な住処を探して連れてけって頼まれたの。頼まれたというかキョウハクだけどね」
灯の言葉に叔父は「脅迫?」と聞いてきた。
「うん。ちゃんとやらなきゃ、金槌で叩き殺すって言われた」
「なるほど、小さいから分からなかったが、金槌坊か」
叔父は何かに納得するように、そう呟いた。
そして、また愉快そうに灯を見て、言った。
「私が預かろう。うちの屋敷の庭なら安全だ」
叔父の声に灯は瞳が輝く。
「本当?」
「ああ。それを貰っていいか?」
「うん!」
灯は、ちっちゃいおっさん達が入っている体操服入れをそのまま叔父に渡した。
「姫は、申し訳ないが私の袖に入って貰おう」
叔父はそう言い、灯の胸ポケットの前に手のひらを見せる。
姫は『本当に安全なのか?』と叔父に聞いてきた。叔父が頷くと、姫は灯の胸ポケットから出て、叔父の手のひらに乗った。
姫は、灯の方を見た。
『人の子よ、恩に着る。約束は必ず守る』
そう言い、叔父の着物の袖に入って行った。
その後、灯は叔父に送ってもらい、無事に元の道に戻った。
「また、うちの屋敷に遊びにおいで」と言われ、灯は適当に頷いて、お礼を言って別れた。
結局ペットショップには寄らずに、そのまま帰宅することにした。
家についた時に灯はあることに気付いた。
体操服入れには、体操服を入れたままの状態だった。そこにちっちゃいおっさん達を詰め込んだ。そのまま、叔父に預けたのだ。
明日から着る体操服が無くなってしまった。
灯は頭を抱えた。そして、うーん、としばらく考えて、閃いた。
翌日、灯は体育の授業で、皆に爆笑されていた。教師までもが笑っている。
おしゃれな黒のジャージの集団の中、1人だけ、小豆色のジャージを着ていたからだ。ちなみに足首が絞ってあるタイプのジャージで、大変イモくさい。
これは灯の中学校の頃のジャージだ。
教室で授業中の窓側の生徒までもが、校庭にいる灯を見て笑っている。
灯は心が綺麗だから、気にしない。
気にしないのだ。
そんな灯が
怖い画像と
ちっちゃいおっさん達と姫に
びびった1日の話。
活動報告に、怖がり少女の“もののけ補足”をのせました。
送り拍子木や金槌坊がどのようなもののけか、気になる方は、見ていただけたら嬉しいです!




