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転生平民レティーナの婚約事情  作者: 月森香苗


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レティーナ 前編

 生活に不自由なく生きたい。

 心からそう願っていた私は、何の因果か異世界にレティーナという女の子として生まれ変わった。それも愛憎と権益、政略の渦巻く貴族社会ではなく、王都に本店を置く大商会であるミルシア商会の愛娘として生まれた。

 平民ではあるけれど、下位の貴族よりも裕福な資産を持ち、国内の至る所に別荘を持つ家に産まれたおかげで、蝶よ花よと大切に育てられた。

 二歳下の妹と五歳下の妹を持つ私は、この商会の跡継ぎとしてそれなりに厳しく育てられたけれどね。

 算術、商法をはじめとした多くの法律、語学。それだけでなく貴族向けの礼儀作法や各地の特産品など、本当に多岐にわたる勉強を詰め込まれた。

 それでも生活の全ては高い給金で雇われ、徹底的に教育を施された使用人のおかげで最上級の生活を送っている。

 勉強に集中出来るのは良いことだ。

 それに、休憩だってきちんと取れるので可愛い妹達を構うことだって出来る。

 前世で好んで読んでいた欲しがり妹はこの家にはいない。

 欲しいものがあれば両親に強請るだけで手に入るのだ。わざわざ中古品の姉のものを欲しがる乞食みたいな妹はいない。

 わがままに育ちそうな環境だけど、欲しいものは買ってもらえる代わりに、それがどれだけの価値を持ち、手に入れるためにどれだけの金銭がかかり、その金銭を得るためにどれだけ働かなければならないかを教え込む父は中々に厳しいと思う。

 そのおかげで私たちは良識を持っている、と断言出来る。

 おかげで欲しいものは厳選することを覚えたし、手に入れるための金銭を思うとひとつの物を大切にすることだって理解した。


「ねえ、姉さん、私、出版社の社長になる人と結婚したいなぁ。そうしたらいつでも最新の本を一番に読めるでしょう?」

「それはそうだわ」

「ラナはねぇ、お菓子屋さんの人と結婚したーい」


 と、可愛い二人の妹が望む結婚相手を聞いたりしていた私には婚約者がいなかった。

 これだけ大きな商会なので、支えるための婿は大歓迎だけど、我が家の資産を使い放題と勘違いする馬鹿からの求婚がやたらと多いのだ。

 次男や三男を送り込もうとする貴族からのらりくらりと逃げ回っている父を応援していた私だけど、ある日この世の終わりのような顔の父に呼び出された。


「すまん……すまん……見合いだけ、受けてくれ……」

「お父さん。水揚げしたばかりの魚を活け締めにしたような顔でどうしたの?」

「お前は俺をそんなふうに思っているのか!? じゃなくて。我が家で最も身分の高い客人が誰か覚えているか?」

「王家でしょ? 御用達だもんね」

「その王家……いや、はっきり言おう。国王陛下からの御下命でお前の婿にどうか、と……。デヴォン公爵家の三男でいらっしゃるクルーゼス様と顔合わせをせよ、と」

「はぁぁぁん?? なんでぇ??」


 いや、ほんとなんで。

 前世の記憶を持とうが、この世界で生きている私は身分社会を叩き込まれて来た。

 貴族と平民の間には大きな隔たりがある。

 我が家は商人の家で、物を手に入れて売るのが基本的な仕事だけど、この労働を貴族は卑しいと考えている。貴族は汗水流して働かないからだ。

 恐らくは貴族でないものは人間ではないとでも思っている人はいる。

 国の成り立ちからして、そんなことを言えば首を切られるような暴言だけどね。

 それはさておき、貴族の跡取りではない子女は貴族身分の方と結婚しないと平民になる。それを嫌がってどうにか家に残れないかを模索するのが普通であり、大商会と雖も平民の家に婿入りなんて普通はありえない。

 しかし、国王陛下からの御下命ともなれば断ることなんて出来るわけがない。


 王家御用達の看板を頂いている我が家は後暗いところの無い、入念に調査されて問題無しとされている優良商会だけど、それが何故、公爵家の三男との見合いに?


「お前には説明しても良いと許可が出た。口外すれば処刑となる程のことが起きた」

「聞きたくないけど聞かないといけなさそう。何が起きたの?」

「ある伯爵家の庶子の娘が『コールディアの涙』を使って多くの令息たちに服用させ、籠絡しようとした」

「は? え、嘘でしょ……え、お父さん、嘘よね?」

「クルーゼス様も被害者であったが軽微で済んだ。しかし、その薬を望まずしても服用させられたことは瑕疵となった。公爵家の方々はクルーゼス様を大切に思っているから、平民でも苦労しない我が家の……歳が近いお前を、と望んだ」

「信じらんない……」


 話の中に出てきた『コールディアの涙』は惚れ薬、とか媚薬とか言われているけれど、その実態は中毒性の高い危険な麻薬のようなものだ。

 その効果は絶大なもので、だからこそ禁薬指定をされている。精製、所持、使用は許可がない限り禁止されている。

 これの使用を許されるのは限られた状況でのみ。

 とはいえ、闇市で流通している代物でもあり、手に入れられないこともない。

 露呈すれば死刑となるそんな危険物を、それでも求める者はいないでも無い。ただし、この国では手に入れられないはずだ。

 というのも、この国にあるアングラ組織、闇ギルドの長がこの薬を心の奥底から憎みきっているからだ。

 これは商人ギルドにも伝わるほどの有名な話で、闇ギルドの長には妻子がいたのだが、彼女たちはこの薬で廃人にされたのだ。

 長の妻に横恋慕した男が惚れ薬だと言う表向きの謳い文句を信じた結果のことである。悪どいことはいくらでもする男の唯一の逆鱗、それが『コールディアの涙』であり、怒りと憎しみのまま体を血に染め、己の妻子を壊した憎き男の遺体を引き摺りながら彼は全ての者に命じた。

 この国に『コールディアの涙』を入れることは許さない、と。

 それが二十年程前の話で、貴族の中には手に入れようとした者がいたが、それらは気付けば命そのものが失われていた。

 そんな話があるのでこの国では手に入れる術がないのに、どうやってその女は手に入れたのだろうか。

 他国の闇市にでも赴いたのか。

 闇ギルドが徹底的に排除しているものを商人ギルドが持ち込むなんてことはしない。持ちつ持たれつの関係ではあるけれど、この薬に関してはあちらの殺意が向けられかねない。

 利益を求める商人がそんな損になることを選ぶはずもない。

 今頃、この情報を入手した闇ギルドが動いているかもしれない。怖っ。


「デヴォン公爵令息様は軽微で済んだの……?」

「ああ。俺も詳しいことは知らない。そこは触れると恐ろしいからな」

「ふぅん……でもさ、瑕疵があったとしても公爵家の令息なら貴族の中で婿入り先は見つかりそうなのに」

「言っただろ? 不自由のない生活が出来る、ってやつだ。うちなら国内はもとより他国にだって支店があるからなぁ」

「平民になるのはいいの?」

「それなんだが……公爵様いわく、クルーゼス様は気にしていない、と。元々平民になるつもりであったらしい」

「はぁ? 下位貴族の方々ならわかるよ? でも、公爵家の方でしょ? 婿にと求める人はいくらでもいたでしょ!? なんで私なのよ!?」

「俺が知るか!! 貴族の考えなど分かるか!」


 あ、しまった。怒らせた。

 父の怒りはもっともで、なんで平民になるつもりだったのか、なんて聞けるはずもない。しつこくしすぎたことは私が悪い。全部が全部分かるわけないのに。


「ごめんなさい、お父さん」

「ああ。お前は昔から何でなんで、と聞いてくる。それを悪いとは言わない。だが、立場を考えろ。お前のその聞きたがりは自分の欲を満たす為だけだ。お前は俺が貴族の方に聞ける立場でないことまで考えたか」

「……考えてないです」

「聞いてはならないことだってある。お前にとって分からないことを分からないままにするのは気持ち悪いのだろう。だが、商人とはあらゆるものを取り扱う。その中に情報もある。深く知っておくものと、深入りしてはならないものを見極める目が必要だ。分かるか?」

「はい……」

「今のお前は深入りしてはならないものにも足を踏み込む危険性がある。知らないからこそ逃げられることも知ることで逃げられなくなる。弁えろ」

「はい……ごめんなさい……」


 好奇心は猫をも殺す。それは前世の言葉だけど、本当にその通りだ。

 知りたがりの私に対して、両親も祖父母も昔から教える情報をかなり選別していたのだと思う。

 踏み込んではいけない領域に飛び込もうとする私は余程危なっかしいだろう。ああ、恥ずかしい。

 今回のことだって、公爵家の方が貴族に婿入りしないのには何か理由があるとして、それを平民が知るべきではないことなのに、私は気にしてしまった。

 政治的な理由があるのかもしれないし、他にもいくらでも理由はある。

 公にしていないだけで、上位の貴族の間では知られていることかもしれない。

 でも、それを知る必要がないから父は知らなかった。つまりは、私だって知らなくて良いことなのに。本人から語られるならまだしも……。ああ、恥ずかしい。

 久々に怒られてしょげてしまった私に、父は怒りを引っ込めた。


「とにかく、こちらは国王陛下の御下命がある以上拒否は出来ない。十日後に公爵家に赴き顔合わせとなる。お前に作っているデイドレスの中で袖を通していないものの中から最上品を出せ。針子を総動員してレースなどを追加する」

「分かりました」


 私の気持ちがどうであれ、既に国王陛下からの御下命がある以上は逆らえない。

 仮に婿にとるとしても、商会を切り盛りするのは私になる。たとえデヴォン公爵令息でなくともそれは変わらない。

 公爵家がこの商会に干渉して好き勝手に使おうとしないのであれば、悪くはない話のはず。多分。分かんない。どんな人か分からないのがきっと私は不安なんだ。


 父の仕事用の部屋から出た私は足取り重く部屋に戻った。

 十六歳を間近に控えた私は、怒られたことと見合いという名のほぼ結婚が決まったような話にダメージを受けていた。


「せめていい人でありますように」


 夕食の時間まで気もそぞろになりながら勉強していた私は、そんなことを祈るだけだった。


▽


 この世界に生まれて私は貴族に何度も会ったことがある。

 上位貴族は自ら足を運んで買い物はしない。物が欲しいならば商会が招かれて買い物の為の部屋に赴き、商品を並べて見ていただくのだ。

 気に入ってもらえれば購入となるが、それも厳選した五十点の中から一つを気に入っていただければ儲けもの。そこから失礼にならないように、しかし自信をもって選んだ商品なのでプレゼンをして目に留めてもらうのが商人としての腕の見せどころだ。

 顧客は女性であり、傍に控えるのも侍女である以上、女性なので男性の父が触れるわけにはいかない。

 そこで、大抵の商会は必ず女性の商会員をつれるのがマナーとなっている。

 我が家の場合、次代が私であり顔見せも兼ねて幼い頃から顔繋ぎの為に連れ歩かれていた。

 とは言え、貴族向けのマナーを学んで合格が出てからのこと。

 平民で十歳は既に働いている子供も多い。

 小綺麗な格好をして、同じ年頃の貴族のお嬢様方の望む商品を侍女に運び、侍女が受け取ってお嬢様の手に渡すのがルール。

 それを幾度も繰り返していくと、中には高貴なお嬢様から命じられることもあるのだ。


「レティーナ、あなたが私に直接運ぶことを許すわ」


 と。

 大変光栄に存じます、と頭を下げ、そこからお嬢様の望むリボンやブローチから最新の物語など、数多のものを直接渡すことが出来るようになる。

 ドレスのような外出着はない。

 フルオーダーメイドのドレスは御用達のドレスメーカーがあるので、その領分は犯さないのが商業関係の決まりだ。

 ただし例外があり、それが室内着と呼ばれるものだ。

 貴族の令嬢は用途に応じて服を何度も着替える。

 部屋の中でのみ許される部屋着は、子供の頃は屋敷の中までは許されるけれど、外に出ることは出来ない。それが庭の散歩であってもだ。

 室内着で使う布地はドレスとは異なるし、デザインもかなりシンプルなものになる。なので、多忙なドレスメーカーは室内着の販売を決まった商会にであれば許可している。



「レティーナ、聞いたわよ。ヘルデン王国から新しく作られた布地が入ってきたんですってね」

「流石お嬢様、流行の最先端を飾る淑女でいらっしゃいますね」

「わざとらしいのはやめてちょうだい。それで、あなたの事だから当然持ってきているわよね?」

「はい。生地はヘルデン王国のサンディア伯爵領で作られた『カムリア織』と名付けられた大変に軽く通気性の良いものです。こちらが仕立て前の生地でございます」


 今私の目の前にいるのが、私がこれまでに最も顔を合わせてきた貴族のご令嬢である。鮮やかな金の髪の毛は未婚の令嬢らしく背中に流されている。毎朝きちんと鏝で巻いているのだろう、美しい巻き毛となっている。

 透明度の高いアメジストのような紫の目は大きく、まつ毛がばしばしと縁どっているし、ピンクのつやつやの唇は厚みがあってぽってりとしていて羨ましい。


 貴族のご令嬢には最初から室内着を見せることはしない。

 染色前のただの布地を切り分け、商会名を隅に刺繍した真新しいサンプル品を手渡す。


「刺繍はしやすそうね。手触りもいいわ。色はどうなの?」

「十色お持ちしました」


 無染色の布は触り心地と刺繍のしやすさを診てもらうためにそこそこに大きいが、次は色染めの具合を見てもらうのでハンカチサイズのものを用意している。


「どの色も問題なく染まりますが、想定よりも深い色味が出ます。お嬢様のお色である紫は赤が強いもの、青が強いもの、短い時間で淡く出るようにしたもの、長い時間で濃く出るようにしたものに分けてみました」

「あら、良いわね」

「それと、これは新しい技術で作りました。大変美しくなりましたのでお持ちしました」


 新たに取り出したのは濃い青から青紫、紫、赤紫にグラデーションとなっているフェイスタオルサイズの布だ。

 この世界ではグラデーションに染めることはほぼない。そもそも布そのものを染めるという考えが無かった。

 糸の時点で染めたものを織るので、美しい柄を作ることは出来ても、このように滲む色合いは出来ない。

 私はそれが不思議で仕方なく、工房に頼んで染めてもらったのが三年前。無地から染めることでお客さまの好みに合わせられるようになって人気が出た。色から布を選ぶのではなく、布から選んで色を決めるなんて考えもなかったらしい。よく分からない。

 それでもグラデーションの生地はなかった。中々上手く染める職人がいなかったのだ。けれど漸く三年かけて試行錯誤して美しいグラデーションが出来た。


「まあ! まるで空の色ではないの」

「はい。それと、お嬢様の大切なお方のお色でもあります」


 私の目の前にいるのは侯爵令嬢キャスリーン様。

 デヴォン公爵家の嫡男と婚約をされている。年の差は五歳だけど、貴族社会では常識的な範囲の年齢差らしい。

 そう。私が四日後にお見合いをするクルーゼス様のお兄様と婚約をされているのだ。

 濃い青はデヴォン家の色。濃い赤色はその婚約者様の目の色。中間の紫がお嬢様の目の色。

 この色は、嫁がれるお嬢様に私から捧げる祝福の色なのだ。

 私は父から見合いの話を持ってこられるまで、デヴォン公爵家は、私を何かと構ってくださり、気に入ってくださるキャスリーンお嬢様の婚約者の家、としか認識していなかった。あの家には女の子がいないからね。行くことはなかった。


「レティーナ。少し休憩しましょう。お茶の用意をして」

「畏まりました」


 本来、貴族のご令嬢が平民と席を共にすることはない。有り得ない。

 しかし、お嬢様はそんな私と時々お茶の時間を設ける。

 大抵は平民の生活についてだったり、流行りそうな種であったりなのだけど。


「ジャリエル様から聞いたわ。あなた、クルーゼス様と結婚するそうね」

「ぶっ……失礼しました」


 お茶を口に入れた瞬間に切り出したのはわざとだろう。

 お嬢様の大変美しく麗しいお顔は、面白い獲物を見つけたと言わんばかりに輝いている。


「あなたの所に婿入りらしいわね」

「まだ、顔を合わせる前です。お気に召されなければこの話は無かったことに……」

「あら。ジャリエル様からは、クルーゼス様が婿入りに乗り気ですでに商法を学んでいると聞いたわよ?」

「ひぇ」


 貴族に商法は不要だ。いや、必要だけど、それは専任の補佐官がいるはず。

 専ら使うのは商人達だ。法の抜け穴を見つけ出していかに有利に契約を結ぶか。というのは商人では当たり前のことなので、無知な人間は交渉の場には出されない。迂闊に契約をしたら最後だからだ。

 他の法には詳しくなくても、商法に関しては法律専門家よりも詳しいというのは常識だ。


「更に言えば、平民なら料理や洗濯もするだろうとか言い出したらしいわよ。流石にミルシア商会では使用人がいるから婿がする必要はないと止めたらしいけれど」

「の……乗り気なのですか?」

「ええ。まあ、わたくしから言わせてもらえば、あの方は貴族社会よりもあなたの家で婿をしている方がいいと思うのよね」

「それは、どうしてなのでしょうか……」


 父には怒られたけれど、恐らくキャスリーン様は私に聞かせるつもりで話を振ってきたので問い掛けても問題は無いはずだ。


「クルーゼス様はとてもお顔がよろしいの。驚くほどにね。それがあの方の不幸で、その美貌に惚れ込んだとある未亡人が家庭教師として公爵家に入り込んで、クルーゼス様を襲おうとしたの」

「えっ」

「当時のクルーゼス様は十歳よ。その未亡人は二十三歳。かなり年上の夫の後妻に嫁いだ時は十六歳で恋も知らなかった彼女は、子供ながらに美しいクルーゼス様を見掛けて欲しくなったのですって」

「え、そ、え?」

「レティーナ、落ち着きなさい。嘆かわしいことに、このような事はないでもないの。幸いにしてすぐに助けが入ったのだけれど、クルーゼス様はこの時点で年上の女性に対しての不信感が生まれたの」


 そりゃトラウマになるだろう。私が父に連れられて貴族の家に同行出来るようになった年齢でも、親には甘えたい気持ちが強かった。

 貴族の子供だってそうじゃないのかな?


「やがて貴族の子供たちの社交が始まると、クルーゼス様を巡って争いが起きたわ。誰が隣の席に座るか。話し掛けられればその子は虐められたり。服を掴み合い、頬を叩き合う喧嘩にまで発展した回数は数え切れずよ」

「う、わぁ……」

「その頃には既にわたくしとジャリエル様は婚約をしていて、クルーゼス様はわたくしが一番身近な他家の娘だったから、わたくしが基準だったの。いくら美しい顔をお持ちでもわたくしはジャリエル様の婚約者ですから、適切な距離を保っていたわ」

「そうだと思います。はい」

「あまりの違いにショックを受けると同時に、貴族社会怖い、が刷り込まれたの。何せ、保護者の夫人達もクルーゼス様の顔を見ると宝石を見るような欲だらけの目で見ていたから」

「お、お可哀想……」


 傷付いた子供心にとどめを刺すような出来事で私のお見合い相手はトラウマが出来たのか……。

 それで何故うち?


「ミルシア商会は下手な貴族よりも守りが堅いもの。商品を盗まれないようにするための施設の堅牢さは有名よ」

「あ、はい」


 これは本当の話。

 おじい様が若い頃、別荘のある村で火事が起きて火事場泥棒が現れた時に決めたのだと言う。

 大切な商品を扱うのだから、守りを頑丈にしよう、と。

 その為に作り上げたのが王都西区に作った専用倉庫だ。商会もある地区で、いくつかの買い手のなかった土地を購入し作られた倉庫には王城にも負けない頑丈な警備が敷かれ、更に鍵という鍵は用途に応じて使用出来るものが決められている。

 他にも様々あるのだけど、私はまだ全てを教わっていない。商会長にならないと教えて貰えないことは山ほどあるのだ。


「そしてもう一つ有名なのは、商会長は身内に甘い。だから手練の護衛を常に愛する家族につけている。不審者は近寄らせない。たとえ貴族相手でも、ね」

「おはずかしい話です……」

「今や国一番の大商会が国に納める税の額は馬鹿に出来ない。国から出て行かれて欲しくないと思うのは王家だわ」

「そうでしょうか?」


 確かにうちの売上はとんでもないけれど、国家に影響を及ぼすほどのものだろうか。


「他国からも常にアプローチされているらしいではないの?」

「お嬢様……お詳しいですね」

「当たり前だわ。流行の最先端は常にミルシア商会からと言われているのよ? 敵に回すのは無知か愚者よ。わたくしは平民だからと蔑む者は愚かだと思うの」


 平民の中にも力をつけている者は多い。

 我が家の始まりは小さな物売りからだった。そしてある時代に嫁いできた女性が商売の天才で、一代で商会へとのし上がった。

 ミルシアとはその女性の名前で、夫が妻に捧げた愛の証と言われている。

 名を残すのは己ではなく妻であるべき。店を大きくして商会にしたのは君だから、という言葉が我が家には記録として残っている。

 ミルシアも平民だった。


 平民は学がなく無知だと思われているけれど、着実に変化している。

 計算が出来る方が得だから、と子供に字や簡単な算術を教える教会主催の青空教室みたいな場所に送り出す親が増えてきた。

 才能の目がある子供にきっかけを与えれば、平民からも神童が現れる。

 それに、産業の発展により印刷のあり方が変わり、出版社が出来たわけで。

 王家が力を持っているし、善政を敷いているから内乱が起きていないだけで、着実に平民は力をつけている。


「王家とデヴォン公爵家としては、ミルシア商会を国に留めるための枷としてクルーゼス様を使おうとしているわ。でもね、クルーゼス様本人の考えは違うと思うのよね」

「え?」

「わたくしの推測では語れないわ。あなたが直接聞きなさい。ひとつ言えるのは、あの方はあなたの婿になる気しかないわ。あちらから断られることは無いと思いなさい」

「はい……」


 大人の狙いと子供の考えが違うということなのだろうか。

 国王陛下が御下命をなさった理由は分かった。私でも納得出来た。

 分からないのはクルーゼス様ご本人の気持ちだ。


 休憩のお茶会が終わり、お嬢様へ部屋着の紹介を再開した結果、持ち込んだ商品から五点。それから部屋着用にグラデーション染めを依頼された。

 四日後のお見合いが本当に不安になって仕方がない。



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― 新着の感想 ―
父親の説教に、なんでそんな上から説教してくるんだ?って思う。 王命でこの婚約を断れない。 だったら娘が諸々の理由を知りたいのは当然のことだし、娘からしたら父親に「偉い人の言うこと聞かないといけないから…
たしかに主人公はいろいろ聞きすぎたかもだけど、父は自分が結婚するわけじゃないんだから受け止めろよと思う。父怒っているけど人生かかってたらそりゃあ聞くでしょうよ。
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